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第1話 あの、抱きしめてくれますか?

 森砂。もりすな。


 あの、抱きしめてくれますか?


「ねえ。もし、明日、世界が終わってしまうとしたら、どうする?」

 森砂は(あんまりにも暇だったから)そんなことを海風に聞いた。

 なんでそんなことを風に聞いたかというと、昨日の夜にそんな内容の映画を見たからだった。

「どうするって、どうもしないよ。いつも通りにしてると思うよ」

 風は話をしながらも、ずっと筆を持っている手を(いつものように)動かし続けている。

 砂はそんな風を見ながらじっとしている。なぜかというと砂は今、『絵のモデル』をしているからだった。

 風は画家だった。

 砂と風は同い年の十八歳だったけど、風はもう画家になっていた。

 風は絵の天才だった。

 子供のころから、ずっとそうで、みんなが風の絵の才能を知っていたし、いろんな賞を取って、中学生のころには風は画家としてもう絵を描いていた。

 そんな風のことをすごいなって思ったり、自慢の幼馴染だなって思ったり、それからちょっとだけ羨ましいなって、砂は思ったりした。

「絵を描いているってこと?」

「うん。きっとそうだと思う」

 風はじっと透き通るような大きな子供っぽい瞳で砂のことを見つめた。風と目と目があって、砂はとっても恥ずかしいと思った。もしかしたら、顔もすこし赤くなっていたかもしれない。(絵のモデルをしているだけでも、とっても恥ずかしいのに)

「砂はどうするの?」

 筆を動かしながら風は言った。

「私? 私は、えっと、……」

 風にそう聞かれて砂は困ってしまった。本当になんとなく、(ずっと動かずにいるのはやっぱり苦手だったから、なにか風とお話がしたかっただけなのだ)心の中に浮かんだことを聞いただけだったので、自分の中に答えのようなものがあったわけじゃなかった。

 もし明日、世界が終わるとしたら私はなにをするんだろう? もしかしてなにもしないのだろうか? 私がしたいことってなんだろう? 風がずっと絵が大好きなように、私にもそんなふうに大好きなものってなにかあるだろうか?

 そんなことを(眉を寄せて)難しい顔をしながら砂は思った。

 二人のいるところは放課後の美術室で、砂は白いシャツと紺色のスカートの高校の制服を着ていて、風はぶかぶかの大きめの白のパーカーとやっぱり大きめの紺色のデニムのズボンを履いていた。(風の服にはいろんな色の絵の具がいろんなところに、まるでわざとそんなふうに服に絵を描いているみたいにくっついていた)

 ここは砂の通っているとっても有名な名門の進学校の美術室で、画家の風は高校には通っていなかった。

 もちろん、勝手に美術室に忍び込んで絵を描いているわけじゃなくて、風が高校の先生にお願いをして、放課後に美術室を借りていたのだった。

 砂は美術室の木の椅子(卒業生の先輩の誰かが作った手作りの椅子らしい)に座って、じっとして風を見ていた。(そうしているようにって風に言われていた)

 風は同じように木の椅子(やっぱり卒業生の先輩の砂が座っている椅子とは違う別の誰かが作った手作りの椅子のようだった)に座って、手に筆を持って大きなキャンパスに砂の絵を描いていた。

 もうこんなふうに二人だけで放課後の時間に美術室で砂の絵を風が描くようになってから、一週間がたっていた。

 はじめのころは本当に緊張して、ずっと黙ったまで、大人しくしていた砂だったけど、いまは少しだけ慣れてきて(もちろん、まだ恥ずかしかったけど)こんなふうに風とお話をしたりしていた。

「わからない。なにをしているだろうね。もしかしたら、なにもしていないのかもしれない」

 ……、いまとおんなじように。

 砂がそう言おうとすると、ぽろっと砂の瞳から透明な涙がひとつあふれてこぼれ落ちた。

 泣くつもりなんてなかったから、砂は泣いてしまってすごくびっくりしたし、風は砂の涙を見て、ずっと動かしていた筆を持った手をはじめてぴたっととめた。

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