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幻想

作者: 血路誘拐
掲載日:2025/11/09

私は最近ずっと、「世界が本当に存在しているのか」「確かなものが一つもないのではないか」と考えている。自分の目で見ているこの現実は、VRゴーグルの中で見せられている幻想のようなもので、実体などどこにもないのかもしれない。まるでスイッチが切られたら、あらゆるものが闇に沈み、概念すら残らないような、そんな空虚な感覚がある。


私の親も、友達も、学校も、地球も宇宙も、全部この意識の内側で生まれたものだとしたら?じゃあ、なんでこの意識だけがぽつんと存在しているんだろう。どうしてこんなに広大で意味のない幻想世界が作られたのか、誰が何のために?


世界を成り立たせている「現実」は、結局は脳を通してしか見られない。今見えている世界は他の人には見えていない、つまり私の脳内にひとつあるだけかもしれない。人間の脳がなかったら、この世界は存在しないのか?そもそも「存在」という概念すら成り立たないのでは?私というフィルターを外したら、そこには何もない。あるいは、何も「ある」と言えない。


VRの中で私たちは「これは仮想現実だ」と知っているのに、なぜこの現実の外側に関しては疑わずに信じていられるんだろう?「現実の外側がある」という証拠はない。でも、「ない」という証拠もどこにもない。じゃあ、なぜみんなは「世界は確実に存在してる」と思って平気で生きていられるの?


私は、何を考えても、結局「わからない」というところに行き着いてしまう。この深さに意味はあるのか?正解が存在しないのなら、思考の深さにだって価値はない。


今、科学が信頼されているように昔それは神であったから、時代によって正しいとされる物は変わる。未来では科学も人間の幻想にすぎなかったと言われるかもしれない。つまり絶対に正しいことなんてないと思う。


大きな単位で見ると太陽も天の川銀河も高速で動いていて人間が知れない領域が無限にあるように、今正しいとされている地動説も、この幻想の中のただの設定にすぎないかもしれない。こんな不確かでループのような世界に、突き詰めるという行為は無力すぎると思う。


私は、昔よりも考えるようになった。今はただ、「確かなものが一つもない」ことに疲れているだけ。脳なんて、こんなに考えさせるためにあるんじゃなかった。思考なんていらなかった。確かな事実に行き着くことは絶対にないんだから。ただ幸せに楽しく生きられればよかったのに。


でも、もしこの不確定さと虚無感と孤独を、美しく表現できたなら、それが救いになると思う。今あるこの意識は確かだと思うし、表現できれば、「わからなさの中にいた」という事実だけは、この世界に刻み残せる。答えがないなら、せめて問い続けたという痕跡だけでも。


だから私は、この思考を残したい。私が存在したという証拠として。たとえ幻想であっても、何もなかったわけじゃない。確かなものなんてなくても、私は確かに、ここで問いを重ねていた。


もしこの文を読んでいる意識が確かに存在するなら、それだけで救われるのかもしれない。しかしその事実が存在したとしてもそれを享受することは絶対にできない。例え私がそれを知ったとしても、それが私の中の幻想でないと証明するすべがないのだから。

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― 新着の感想 ―
 現実の世界の外側が、書籍などのなかの空想とかでなく、実際にあるかいなか、ですか。  それは地に足つけて生きている間は知りようがないでしょうが、色々考えさせられる興味深いお話でした。
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