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第9話 あの泉水へ

 あれから丸一日が経った。

 ソクラリスさまは眠ったまま、静かな寝息がし、起きる気配はまったくない。

 私は布団に包まってソクラリスさまが起きるのをずっと待っている。

 私が今いる場所はソクラリスさまの寝室の天蓋付きの大きなベッド。

 それはもう大きなベッドで3メートル四方くらいある。

 そして、この寝室自体も広大で、例えるなら、ダンスホールの真ん中に3メートル四方の大きな天蓋付きベッドが置いてある感じだろうか。

 お布団もふかふか、すべすべ。

 天蓋から伸びるモスキートネットが幾重にも降り注ぎ、優しく外界から隔絶してくれる。

 開け放たれた窓から、心地いい風がそよぎ、レースやネットが楽しそうに波打つ。

 まだ夜中で、あたりは薄暗い。

 でも、モノトーンな世界ではなく、薄い青い世界が広がり、不思議な感覚にとらわれる。

 私はもぞもぞとベッドから這い出す。

 そして、光を求めて窓辺へと向かう。

 窓から外をみると、大きな青白い月が輝いていた。


「月が青い……」


 小さくつぶやく。

 風に運ばれてやってくる、草花の匂い。

 背伸びをして、新鮮な空気を吸い込む。


「んー」


 ずっと丸まって寝ていたので気持ちいい。

 少し気が晴れた。

 ずっと不安だった。

 せっかく人間になれたのに、しかも、世界一美しいお姫さまになれたのに、あの人のそばにいけない。

 それどころか、宣戦布告をし、酷いことをたくさん言った。

 嫌われてしまったかもしれない。

 ずっとモヤモヤして、不安になる。


「会いたいなぁ……、あの人に……、ナヴィス・ローゼアさまに……」


 口に出して言ってみる。

 自分でもびっくりするくらい綺麗な声。

 風にレースのカーテンがなびく。

 窓が開いている……。

 もしかして、私が住んでいた、あの白亜の泉水に、あの人がまた来ているかもしれない。

 ふと、そう思った。

 会いたい。

 会って謝りたい、誤解を解きたい。

 そう思ったら止まらない、窓からバルコニーに出て、下を覗き込む。


「ちょっと高い……」


 たぶん、二階だと思うけど、5メートルくらいありそう……。


「うーん、うーん……」


 宮殿の前に木がある。

 5メートルくらい先。

 ここからジャンプして、あの木の枝に掴まって降りられないかな……。


「よし」


 他に方法はなさそう。

 思い切って飛んでみよう。

 私はバルコニーの手すりに乗り、そして、


「たぁ!」


 と、掛け声とともにあの木に向かってジャンプする。

 それはすごく軽やかだった。

 青白い月が見える。

 月を見ているあいだに、掴まろうとしていた木の枝を飛び越えてしまっていた。


「あっ!」


 そして、そのまま放物線を描き地面に着地。

 それも、なんの衝撃もなく、ふわりと、タトンという小気味のいい音を立てて地面の上に降り立つ。

 びっくりするくらい普通に。

 私は振り返り、今まで居た宮殿を見る。

 たぶん10メートル以上は飛んでいると思う……。


「まるで魔法みたい……」


 それが、私の率直な感想。


「そんなことより、侍女の人たちに気付かれる前に早くいかなくちゃ!」


 私は周辺の地形や、遠くの丘陵を目印にして、私が昨日まで住んでいた白亜の泉水を目指して走り出す。

 青白い月明かりの下、綺麗な花々が咲き誇る広い庭園を駆け抜ける。

 後方から背中を押すように風が吹く。

 すると、花びらが舞う。

 白、黄、オレンジ、ピンクの色とりどりの花びらが舞い、甘い蜜のような香りが私の鼻をくすぐる。

 後ろから吹いた風は、私を追い越して、草花をまるで波紋のように揺らしながら進み、無数の花びらを空に舞わせていく。

 すごく鮮やかで幻想的な光景に、何か楽しいの気持ちになっていく。

 体も軽く、跳ねるように走れる。


「ふふ」


 と、自然に笑顔になっていく。

 走るたびにふわりと舞う長い銀色の髪が月明かりに照らされキラキラと光を反射するのが視界の端に見え隠れする。

 とても綺麗な髪。

 私は花びらが舞う中を駆け抜けていく。

 ところで、あの白亜の泉水はどこにあるのだろう? こっちの方向だとは思うけど、細かい場所まではわからない。

 その時、リン、という鈴のような音がした。

 音がした方向に視線を向けると、そこには一匹の蝶が飛んでいた。

 淡いピンク色をした蝶。

 その蝶がキラキラとした黄金色の鱗粉を振りまきながら、私の少し前をまるで先導するかのように、ひらひらと飛んでいく。


「こっち?」


 と、私は先導する蝶を追いかける。

 ほどなくすると、見覚えるのある景色が見えてくる。

 そう、私が昨日まで住んでいた白亜の泉水の近くだ。

 私は走るのをやめて歩きにする。


「やっぱり道を教えてくれてたんだね、ありがとう」


 と、歩きながらピンク色の蝶にお礼を言う。

 やがて、視界が開け、美しい白亜の泉水が見えてくる。

 蝶がひらひらと泉水に向かって飛んでいく。

 その先には、あの人がいた。

 まばゆい太陽のような金色の髪と、透きとおる海のような青色の瞳、表情は優しく、憂いを帯びた美女を思わせるような整った顔立ち。

 そう、エメラルド公ナヴィス・ローゼアさまだ。

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