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第2話 花の奇跡

 私はこの人を知っている。

 以前からよく、この泉水に訪れては、私にいろいろな話を聞かせてくれていた人だ。

 彼は泉水の縁に座り、星空を見上げる。

 私は水面から出て、縁に上がり、星空を見上げる彼の隣でその顔を見上げる。

 すると、彼は視線をこちらに向けて、優しく微笑み、


「やぁ、また会えて嬉しいよ、僕の小さなお友達」


 と、言う。

 私は白ヘビのアーティー、言葉は話せない。

 なので、返事の代わりに彼の顔を見つめる。


「また城から逃げ出してきてしまったよ。キミの隠れ家に少しお邪魔させてもらってもいいかな?」


 と、言い、彼は笑う。


「城では皆、礼儀正しくにこやかに話してくれるが、本心では自分や自分たちの勢力の利益のことばかり考えている。誠実さなどというものは欠片もなく、ライバルを追い落とすことに罪悪感がないどころか、快感まで覚えている始末……。正直、城にいると息が詰まりそうになるよ……」


 彼は苦笑いをして、少し溜息をつく。


「ああ、すまない、つまらない話をしてしまったね」


 と、優しい表情に戻り、また星空を見上げる。


「今日はなんの話をしようか……。今日は雲ひとつなく、空気が澄んでいて星がよく見える……。そうだ、せっかくだから星座の話でもしようか、あの星が見えるかい? あのひときわ大きな赤い星」


 と、彼が星空に指をさす。

 私はその指先を目で追う。

 大きな赤い星がキラキラと輝いていた。


「あの星を基点に、下にあの星と、あの星と、あの星……」


 彼が指で星をなぞる。


「そして、横に行ってあの星と、あの星……、その星々を結ぶと人の形になる。わかるかな?」


 そう言われると、人の形に見えなくもない。


「その人の形が星座ルビーアイだよ。これから話すのは、ダーレー・プロネサイア神話最終章、海賊王ルビーアイの伝説、僕が一番好きな物語。ルビーアイは神となり、星座となったが、元はひとりの人間だった。それも女性だったんだよ」


 星座を見ながら、彼の言葉に耳をかたむける。


「彼女は名も無き奴隷の子として、海賊船の最下層でその生を受ける。彼女は能力が低く、また容姿も醜かったことから、奴隷としてひどい扱いを受けて育った。でも、彼女は心が優しく、自分と同じように、ひどい扱いを受けている仲間の奴隷たちがひとり、またひとりと死んでいくたびに、目を真っ赤に腫らして泣いていた。そう、彼女の名前、ルビーアイは仲間のために泣き腫らした赤い目からきているんだよ」


 落ち着いた優しい声色で語られる物語に引き込まれる。


「やがて仲間の奴隷たちがすべて死に去り、海賊船の最下層にひとり残された彼女は孤独の中で初めて自分のために涙を流した。そして、願った、みんなから愛されたい、みんなから必要とされたい、と……」


 悲しいお話だね、と、少し視線を落とす。


「その願いは天に届き、奇跡は起きた。誰からも愛されるために、誰よりも美しい容姿を、誰からも必要とされるために、誰よりも高い能力を、その二つを女神ディアドラより授かる……。素敵なお話だよね、そうは思わないかい?」


 と、そこで言葉を切り、私を見て微笑む。


「そして、そこからルビーアイの快進撃は始まる。手始めに海賊船の船長となり、他の海賊団を配下に治め、大兵団を組織し、戦乱の世だった大陸の国々を次々と併合していき、やがて赤い瞳の海賊王と呼ばれるようになり、ついには巨大な帝国まで築き、初代皇帝となった。ちなみに、その帝国がここ、我がジェーダス帝国だよ」


 と、軽く笑う。


「それから彼女は幸せに暮らし、死後、神となり、星座となった。これが海賊王ルビーアイの伝説」


 彼が星座を見ながら言う。

 私も星座を見ながら思う、誰からも愛されるために、誰よりも美しい容姿を、誰からも必要とされるために、誰よりも高い能力を、その二つを女神ディアドラより授かる、か……、うらやましいな、アーティーもそうなりたいな、と。


「曲がヴェイルニースの花飾りからヴァナティーエの祝福に変わったね。そろそろ主催者の登場だ、僕は戻るね」


 彼は立ち上がり、


「またね、僕の小さなお友達」


 と、言い、軽く微笑み去っていった。

 少し寂しくなった。

 私は先ほどの神話を思い出しながら、星座ルビーアイを見上げる。

 本当にいいなぁ……。

 私もみんなから愛されたい、みんなから必要とされたい。

 ほろり。

 涙が一粒こぼれる。

 涙がこぼれると同時に、足音が聞こえてきた。

 こちらに向かってくる足音だ。

 あの人が戻ってきたのかとも思ったけど、どうやら足音が違う。

 私は音を立てないなように、そっと水の中に戻る。

 足音はどんどんこちらに近づいてくる。

 好奇心から、おそるおそる水面から顔を出し、足音のする方角を見る。

 私の目に飛び込んできたのは若い女性、それも信じられないくらい綺麗なひとだった。

 少し青みがかった銀色の長い髪と、淡赤紫色(たんせきししょく)の瞳。

 肌は白く透き通り、まるで磁器のようになめらかで、目鼻立ちも美しく、一切無駄のない顔立ちで、世界でもっとも美しい人と言われたらそのまま信じてしまいそうなほどの綺麗な顔をしていた。

 また、身にまとう白色と淡い紫色のドレスは清楚で透明感があり、彼女の優雅でなめらかな動作に合わせてひらひらと揺れている。

 信じられないくらい現実離れした、まるで神話から出てきたかのような美しさに目を奪われる。

 私の思うことはひとつ、あの人が話してくれた星座のルビーアイみたい、だった。

 彼女が噴水まできて、その縁に腰掛ける。

 ちょうど、あの人が座っていたあたりだ。

 私は彼女の顔を見る。

 淡赤紫色(たんせきししょく)の瞳で心ここにあらずといった感じでぼうっと前方見ている。

 その視点が定まらない感じがかえって神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 私はじっと彼女を見続ける。

 でも、彼女はぼうっと前方を見続けて動く気配がない。

 私は泉水の縁に上り、彼女の横にいく。

 それでも、彼女は私に気付かず、ぼうっとしている。

 その横顔を見上げる。

 本当に綺麗だなぁ……、そう思うばかり。

 もし、私もこの人みたいに綺麗だったら、あの人のところに行けるのかな? 

 その横顔を見続けても、なんの反応もない。

 星でも見ているのかと思い、その視線の先を見る。

 その視線の先には星座ルビーアイがあった。

 なんとなく、星座にお願いする。

 アーティーもみんなに愛されるようにしてください、アーティーもみんなに必要とされるようにしてください、と。

 そして、最後に、泉水に縁に置かれた彼女の手の甲にそっと口付けをした。

 その瞬間、光に包まれた。

 辺りが真っ白になり、なにも見えなくなった。

 そして、声が聞こえる。


『あなたの身体は無数の鎖によって繋がれている。あなたを愛する人が亡くなるとき、その人は、あなたに感謝を捧げ、その無数の鎖のうち一本を切って天に召されるだろう。そうやって、一本一本切られていき、最後の一本が切られたとき、あなたは――』


 とても美しい声でそう言われた。

 光が収まり、周囲が見えるようになるとすぐに気付く、視界が違う、体が違う、と。

 はっとして、私は泉水を覗き込む。

 水面に映るその姿は、そう、先ほどまで私の隣にいた女性だった。

 私の体が白ヘビからこの上なく美しいお姫さまのような姿になっていたのだ。

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