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不器用な母の贈り物

作者: 松本 凪

母が死んだ。

お葬式の日、お線香の煙が龍が天に昇るように伸びてゆくのを見つめながら、私は母との思い出を思い巡らせていた。母が私に遺したものは何だったのたろうか、と。

 親戚の人や近所の人、母の友達は、口々に「周囲に気を遣える優しく立派な人だった」と言った。確かにその通りだと思った。母は貧しいながらも私を育て上げ、決して愚痴をこぼさなかった。けれど、私に優しく微笑みかけてくれたということは、思い出す限りではない。夜、急に何とも言えない恐怖心に襲われ声を上げて泣いていた時も、母は私に背を向け寝息を立てて寝ていたし、書道で「金賞」をを取った時も「うん」と頷くだけだった。お友達のお母さんが、膝の上に乗せた子供の頭を愛おしそうに撫でているのを見て、何とも言えない気持ちになったのを今でもハッキリと覚えている。

 母が私のことをどう思っているのか分からないまま私は大人になった。一度母に「私のこと好き?」と聞いてみたことがあった。すると母は「子供を愛さない親がどこにいるんだい?そんな当たり前のこと聞かないの。」と言われてしまい、もやもやした気持ちのまま、子どもながらにこの話を二度としないと誓った。私はただ母から笑顔で「大好きだよ」と言って欲しかった。

 大学に進学するための資金はうちにはなく、高校卒業と同時に働き始めた。それを知った母は、「立派だね」とだけ言った。それが本心だったのか、それとも私を励ますための言葉だったのか、結局確かめることは出来なかった。

 葬儀が終わり、母の部屋を整理していると、タンスの奥に古びた桐の箱が入っていた。私は何か大切なものが入っているのだと感じ、母の許可なく開けてしまうのを躊躇ったが、母に許可を得ることはできないので、パンドラの箱を開けるような気持ちで桐の箱を開けた。そこには何十枚もの手紙が桐の箱にびっしり入っていた。宛名を見ると全て私に宛てたものだった。

 震える手で一通の手紙を開けた。「お誕生日おめでとう」。母の達筆な文字が並んでいた。続く文章を読み進めるうち、胸の奥が熱くなってくる。そこには、私が産まれた日の事、はじめて立った日の事、小学校に入学した日の事、、、母が私にかけたかったであろう言葉が綴られていた。

 「あなたをいつも抱きしめたかった。あなたが求めてきたときにしてあげられなかった。でもどうしても上手くできなかった。」

思わず、他の手紙も手に取った。中には私が、高校受験に失敗し、第一志望の高校にいけなかった時のものもあった。「あなたは良くやった。頑張った。お母さん知ってる。でも悔しかったね。お母さんも悔しい。でもあなたならまだ頑張れるって信じてる。」

あの日、母は何も言わなかった。ただ夕飯の味噌汁を少し濃くしただけだった。その理由を今さら知る。

 他にも私が高熱を出した日のこと、遠足でお弁当を全部落としてしまい、泣きながら帰ってきた日のこと、、、はじめてのお給料で母に財布を買った日のこと。そんなひとつひとつが手紙として残されていた。

 私は、母にとってどんな子どもだったのだろう。そんな疑問を抱えながら、読み進めていたが、一通の手紙を開いた瞬間、息が詰まった。「ごめんね。あなたが小さい頃もっと優しくしたかった。でもどうやったらいいかわからなかった。

  まるで懺悔のような言葉が、震える筆跡で書かれていた。「お母さんは、あなたを愛してた。でも、愛し方が分からなかった。」

それだけの言葉が、私の胸を締めつけた。

私は何を思っていたんだろう。母は私を愛していなかったのではないか、そんなふうに思っていたのか。

 私は母の遺影を見つめた。母は少しだけ微笑んでいた。私は、そっと封筒を閉じた。そして、手紙の束を胸に抱いた。

 母は、不器用な人だった。でも分からないながらも私を愛していた。そのことが分かってどこかでもやもやしていた長年の胸のつかえが消えていくのが分かった。

 それが、不器用な母の最後の贈り物だった。


「© 2025 nagi matsumoto. All Rights Reserved.」

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