紫の靄
油断していたら、僕の周りに紫色の靄がかかってきた。
周りがよく見えなくなってくるのも時間の問題だと悟り、一生懸命靄を消そうと駆け出したが、靄がついてくる速度のほうが速い。どんどん周りが見えなくなり、壁に何度も激突した。僕は本気で走っているので、激突時に痛みで息が吸えなくなる瞬間があった。しかし、2回目からはもう痛みを感じなくなってきたので、無我夢中で走ってはぶつかりを繰り返していた。気が付いたら木の枝が僕のみぞおちに刺さっており、抜こうと思った瞬間壁に激突して背中まで貫通してしまった。胸に赤黒い穴が開いてしまい、チャンスとばかりに紫の靄が僕の胸の穴から僕の中へ入り込んでしまい、僕は僕の中から追い出された。なので、今僕に成りすましているのは紫の靄だ。これで晴れて自由の身だが、紫の靄が操作する自分が、やけに上手く立ち回るから気に食わない。僕は必死で僕の悪口を言うが、紫の靄の評価は下がらない。僕の評価が下がるだけだし、一体どうすればいいのかわからなくて悲しい。竹内君も僕の言葉に取り合ってくれないし、まるで見下すような目線を僕に投げかけてくる。これは多分、竹内君の中にも紫の靄が入ってしまっているんだなと気付いた僕は、竹内君に穴を開けて中身を取り出してみたら案の定、別の人間が出てきた。誰かと思えば水口君だった。水口君に対して必死に僕の悪口を言うが、紫の靄の評価は下がらない。水口君も僕の言葉に取り合ってくれないし、まるで見下すような目線を僕に投げかけてくる。これは多分、水口君の中にも紫の靄が入ってしまっているんだなと気付いた僕は、水口君に穴を開けて中身を取り出してみたら案の定、別の人間が出てきた。そうやってどんどん出てくる人間に穴を開け、さらに人間を取り出しているとついに紫の靄が出てきた。いったい何重に隠れていたのか。激昂しながら紫の靄を掃除機で吸い込む。これで部屋が綺麗になったかと思うと僕の体の中からコンコンとノックの音がする。まだ隠れていたのかと思い、1、2の3で胸に穴を開けると紫の靄が出てきた。僕の中身を操作しているのも紫の靄だったということに驚愕を覚えた。とにかく壁に頭を打ちつけ、自分の意思とはいったい何処にあるのかを忘れようとした。妙にすっきりした頭で中からどんどん人間が出てくる玩具を作成して楽しんでいたら、それが大ヒット。マトリョーシカはこうやって生まれたのです。そんな今週の特集コーナーにテレビの前の人間は冷や汗。でも中身は紫の靄。