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第一章 三

 私たちは刑事たちとの話し合いを終えて、研究室に戻ってきた。

 二人の刑事はその後、追加情報が出てきたらこちらに連絡をするから、何か聞きたいことや、伝えたいことがあれば連絡してくれ。と彼らの連絡先を残して去っていった。

「さてと、ひとまず今の状況をまとめるか」

 会議の準備が整い、神田主任が音頭を取る。

いつもは私がメモを取っているのだが、今日は自然と水無月さんがホワイトボードの前に陣取っていた。

何故か水無月さんがいつもより張り切っているような気がしたが、そこは置いておこう。

「亡くなったのは浮舟歩佳さん、七十九歳。自宅で倒れているところを、お茶の誘いに来た大家さんに発見された。自宅には鍵がかかっておらず、部屋が荒らされた形跡もないらしい。しかし、被害者の――」

 そこで神田主任の口が止まった。一瞬何かに迷った様子だったが、すぐに気を取り直して続ける。

「まあいいか。ここでは便宜上、被害者と呼ぼう。被害者の爪の間に、人工皮膚片が挟まっていた。そして事件当日は、普段は見かけない女性型のアンドロイドが、浮舟さんと一緒に歩いているのを見かけられている。つまり、そのアンドロイドが浮舟さんを殺害した可能性があると警察は考えているわけだ。警察の方で、人工皮膚片が何の用途で使用されているものかを特定している。判明したらこっちに連絡が来る」

 刑事ドラマのワンシーンのように、ホワイドボードに書かれた情報が増えていく。

「捜査情報ってことで、必要最低限の情報しか聞かされていないが、俺たちが頼まれたのは、アンドロイドが人を殺せるかどうか、その調査だ。正式に調査依頼が研究所に届いていて、上の許可もとれているみたいだから、しばらくはこっちの調査に専念しても大丈夫だと」

 水無月さんがホワイトボードに書き終えるのを待って、神田主任は私たちに問いかける。

「とりあえず、お前たちの意見が聞きたい。話の焦点はさっき言った通りだ。前提条件で変わってくるとは思うが、現状で思っているままを話してくれ。年数順に行くか、まずは舞島」

「はい。私はアンドロイドが犯人ではないと思います。これまでアンドロイドが人に危害を加えたという話は聞いたことがありませんし、その可能性は非常に低いと思っています。既存の機種では考えづらいですし、人に危害を加えられるように改造するなんてことも、多少の技術があったところで不可能でしょう。偶然アンドロイドと会っていたと考えるほうが、まだ可能性が高いと思います。その辺りは警察が調べればわかるのではないでしょうか」

 舞島さんの意見は至極まっとうなものだった。この手の研究者に同じ質問をすれば、十中八九同じ回答が返ってくるだろう。

「仮にアンドロイドが犯人だとしたら、どういう可能性が考えられる?」

 神田主任の質問に、舞島さんは腕を組んで、小さく唸った。

「考えられるのは殺意があっての行動ではなく、偶然そうなってしまったパターンでしょうか。例えば、お婆さんにぶつかってしまって、打ちどころが悪かったとか。それでも、アンドロイドならお婆さんを放置するなんてありえませんし、やっぱり考えにくい気がします」

 舞島さんが話している間、神田主任はじっと机の一点を見つめていた。実験が上手くいかず、考え事をしている時の仕草だ。

「ふむ……。次、水無月」

「僕も舞島さんと同じ意見です。殺意があろうがなかろうが、アンドロイドがその現場にいた場合、人命を第一に行動するように設計されているはずです。アンドロイドの型がわかれば、その辺りもはっきりすると思いますが、少なくとも、既存のアンドロイドだけでの犯行は不可能です。どこかに人の手が加えられているとしか考えられません」

 舞島さんが肯定するように頷く。

「次、名雪」

「私は、アンドロイドにも犯行は可能だと思います」

 舞島さんと水無月さんが振り返って、私の顔を見た。さっきまで微動だにせず話を聞いていた神田主任も、目線だけをこちらに向けている。

「それはどうやって?」

「アンドロイドは人を傷つけられません。ですが、それは一般的な利用を想定した場合です。例えば、医療用に開発されたアンドロイドであれば、必要に応じて四肢の欠損を許容する場合があります。今回はそのケースではありませんが、アンドロイド全てが人を傷つけられないわけではないと思います。頭をぶつけたという話でしたから、例えば、何か薬を飲ませて昏倒を誘発させたとか」

 舞島さんが「医療用……あぁ、なるほどねぇ」と天井を仰ぐ。

「医療用ね、それは盲点だったわ。でも、それはそれで問題が出てこないかしら。名雪が言うような方法で、殺害をすることが可能だったとしても、そもそもその場に医療用アンドロイドを向かわせることが不可能じゃない? 医療用なんて大学病院とか、自衛隊くらいにしかないんじゃなかった?」

 舞島さんの言う通り、医療用のアンドロイドは治療・手術を目的として大学病院に配備されているものと、被災地での捜索・救助を目的として自衛隊に配備されているものしかない。

それに、そういった機体は、一般向けに販売されているもの以上に管理が厳しく、いつどこにいるか、分単位で管理されていてもおかしくない。さらに言えば、それら特殊な機体は、今やどこの現場でも引っ張りだこで、理由もなく外をうろつけるほど、自由な時間などとれないだろう。

「それに、どうにかして現場に向かわせて、被害者を殺害したとして、倒れている人を放置しているという問題は解決していません。医療用なんて、それが本職でしょう」

 水無月さんの意見に、神田主任がようやく顔を上げる。

「自衛隊の奴なら解決出来る可能性はあるな。確かあれは、被災地での救助活動時、生存可能性の高い人の保護を優先して行動させることが出来たはずだ。ただし、すぐに発見されていたら死ななかったかも、という話だったから、そのまま適用はされないが。それに、そういう機種は位置情報を共有しているから、それをたどれば一発でばれる。さすがに無理がある気はするなぁ」

 さすが、神田主任はこういった情報にも詳しい。過去にそういうプロジェクトに関わっていたのだろうか。

「一つ問題が解決しても、二つ問題が出てくるわ。やっぱりアンドロイドには厳しいんじゃない」

 舞島さんが愚痴をこぼしている間に、水無月さんがもう一枚のホワイトボードを持ってくる。いつの間にかメモでいっぱいになっていたようだ。

「大事なのは、犯行が可能なパターンがいくつあるかって話だ。再現実験は出来ないから、考えられるだけ犯行パターンを挙げて、それが実際に可能か試すしかない。今回の検証に百パーセントはありえないからな」

 神田主任がこちらを向いた。

「名雪に一応確認しておくが、一般用のアンドロイドに犯行は可能だと思うか?」

「それは不可能だと思います」

 理由は二人が話していた通りなので、言及しなかった。仮にアンドロイドの犯行だとしたら、それは一般的なアンドロイドなどではない。

「そこは全員の意見が一致したな。俺も大体の考えは同じだ。一般に普及している機種には不可能だ。医療用の特殊な機種なら、考慮に値する可能性がいくつか存在する。もしくは――」

 神田主任はそこで言葉を切り、三人の視線が集中する。

「人を殺すためのアンドロイドが、どこかで作られているか」

 私を含めて、誰もその意見を笑う人はいなかった。アンドロイド開発に詳しくない一般人なら、そんなものは荒唐無稽な陰謀論だと笑うだろう。

私たちは陰謀などこれっぽっちも信じていない。それでも、最も可能性が高いものを選べと言われたら、三人ともその意見を選んだはずだ。

「……ま、それが真実なら、解決するのは俺たちじゃない。下手するとあの刑事さんたちでもないだろうよ。自立型の殺人兵器を作ろうとしているやつらなんて、もはやテロ集団みたいなものだろ。だいたい、それなら試験なんかしても意味が無いしな。そういう訳だから、この意見は忘れてくれ」

 その意見を頭の外へと追いだすように、神田主任は手を振った。

「俺たちがやることは、当日に所在がはっきりしていない医療用アンドロイドがいたか、警察に調査を依頼する。で、待っている間に、一般用の機種が万が一にも犯行を出来ないか、うちの製品を基準に調査を行う。他に案か意見があれば挙手」

 神田主任は私たちの顔を一人ずつ確認したが、誰も手を挙げなかった。

「よし、それじゃあ準備を開始しよう。俺は試験に使えるアンドロイドがあるか確認を取ってくるから、三人は試験の準備をしていてくれ」

 神田主任は会議を締めて、研究室を出て行った。

実際のアンドロイドを調査に占有するのだから、色々と時間と手続きが必要だろうし、試験が始まるのは早くても明日以降になるはずだ。私たちはそれまでに、できる限り多くの調査パターンを抽出しなければならない。

舞島さんは今後の繁忙具合を予想して、若干煩わしそうに天井を見上げている。逆に水無月さんは、いつも以上にてきぱきと行動をしているように見える。今更ながら、刑事ドラマが好きだと言っていたのを思い出した。

事件に心が躍っているのではなく、事件の解決に一役買えることとに喜んでいるのだろうと思うことにした。

自分の席に戻って、事件の真相について頭を巡らせる。

 医療用アンドロイドであれば、犯行出来る可能性があるというのは、確かに私の正直な意見ではある。でも、舞島さんや水無月さんが言うように、その可能性が非常に低いだろうということも分かっている。私が言ったことは、あくまでも、人を傷つけることが出来るアンドロイドもいるということだけで、アンドロイドが人を殺せるという話ではない。

人を生かすことだけを目的に定められた彼らが、人を殺害することなど考えられない。誰か人間が仕組んだことだとしても、たった一人の人間を殺害するために、そんなリスクを負う必要はどこにもない。

よりにもよって、普段アンドロイドを見かけない地域で、アンドロイドを使って人を殺すなんて、手が込んでいるというレベルですらない。

神田主任は一つの案として、人を殺すアンドロイドが開発されていると言っていたが、はっきり言って、その意見も全く論理的ではない。既存のアンドロイドが人を殺した、と考えるよりは可能性は高い。ただそれだけのことだ。殺人マシンを作るよりも、人を殺せる人を雇ったほうが、圧倒的にコストパフォーマンスが良いのだから。

だから、人を殺せるアンドロイドの開発なんて、論理的に考えて無駄でしかない。

しかし、その論理性とは別に、いつかアンドロイドが人を殺す未来が来ることを、私たちは予見している。

倫理観をなくした科学者が、一線を超える日がいつか来ることを理解している。

それが研究者としての性だと肯定している。

 それでも今はまだ、そんな人間が存在しないと安心するために、私たちはこの事件の犯人がアンドロイドではないと証明するしかないのだ。

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