第9章 刺客
ラフェールはハビット同様の特殊能力ホルダーだ。そう。希少な魔力が見える魔力透視能力と、魔力の影響を受けない魔力耐性持ち。
しかもその上、全属性とまではいかないが、それでも珍しい火と光の二種類の魔力を持っている。それもかなり強力な。
実のところラフェールはこの強力な魔力を持って生まれてきたために、まだ幼い頃に命を狙われて、王都を離れたのだ。
そして辺境の地に隠れ住んだのだが、それからも、度々命を狙われた。
それでも彼には魔力だけではなく魔力透視能力と、魔力の影響を受けない魔力耐性持ちだったので、容易にそれを逃れることができた。
しかし、もしその特殊能力を敵に知られていたなら、魔術ではなく毒によって暗殺されていたことだろう。
まあ今ではラフェール自らが発明した毒感知器があるから、その危険性もかなり小さくなったのだが。
この学院に入ってすぐに、ラフェールはハビットの熱い視線に気が付いた。
そしてそれは、天使のように愛らしいと言われる自分の容姿や、辺境伯の息子だからと近付いてきた者達とは違うとすぐにわかった。
何故ならハビットが尊敬や憧れの眼差しを自分に向けてくるのが、魔法学の実地授業の時が多かったからだ。
彼は周りに纏わりつく者達とは違って、少し離れた場所からラフェールを見ていた。嬉しそうというかとても楽しげに。
それでなんとなく気付いたのだ。ああ彼には自分の魔力が見えているのだと。
それからラフェールは注意深くハビットを観察した。彼は本当に全てにおいて平均的な少年だった。
容姿も座学や魔力量も家柄も。大勢の人間の中に紛れたら簡単に見つけ出せそうもないくらいに平凡だった。しかも、そもそもその魔力自体があまりにもありふれた魔力だったので、魔力透視能力を持つラフェールでさえ見つけ出せないかも……と思うほどだった。
しかし、そんなハビットを羨ましく思うラフェールだった。
もし、自分がハビットのような容姿で、無駄に強力な魔力など持たず、せめて普通の特殊能力ホルダーだったら、命を狙われることはなかったのにと。
そしてあの姉や両親を辛い目に遭わせずにもすんだのに……と。まあこんなことを言えばハビットに嫌われそうでとても言えないが。
それに、あの時姉が裏切らなかったら、自分が隣のキシリール伯爵領へ緊急避難することはなかったし、あの愛しい我が婚約者と出逢うことがなかったとのだと思うと、胸中はかなり複雑だった。
自分達はあの時でなくても、きっと出逢えていたとは信じたいが、もしミアと逢えていなかったらと思うとラフェールは恐怖で全身が震える。
『ミアがいなかったら、きっと僕は怪物になっていただろう。自棄になり、僕の存在を消そうとした連中に仕返しをして、彼らを地獄への道連れにしていたかも知れない』
とラフェールは思う。きっと愛も幸せも知らないまま闇に堕ちていたことだろう。
***
「どうしてそんなに震えているの?
迷子になったの?
大丈夫。わたしが必ずおうちへ連れて帰ってあげるから。
でももうすぐ日が暮れるから、今夜はうちに泊まっていってね。
さあ、このお菓子を食べて。甘い物を食べると元気が出るから。
あら? 食べないの? 毒なんか入ってないわよ。それじゃ、わたしが味見してあげる。ほら、平気でしょ。食べて。わたしが作ったのよ」
刺客に魔術攻撃を受ける直前、ラフェールは無意識に城から瞬間移動した。そして辺境伯領とキシリール伯爵領の境界線になっている森の中に蹲っていた。
もちろん何が起きたのか、そこがどこなのか分からずに、彼はただただ怖くて怯えていた。
ラフェールは両親が王都へ出かけて留守にしていた間に、突然侵入してきた数人の男達に襲われたのだ。
彼はすぐにその刺客が皆、かなりの魔力を持っていることに気付いた。
それ故に彼らが杖を振り上げて魔法を唱えようとした直前に、ラフェールは刺客達に向かって指を差し、素早く無唱魔法を掛けたのだ。
しかしその直後にラフェールは気を失い、気付いたら知らない森の中にいたというわけだ。
***
ラフェールから婚約者であるミアことミンティアとの出逢いを聞いて、ハビットは激しく動揺した。
これを自分が聞いて本当に良かったのかと。これ、普通の貴族の家の話じゃないと、世間に疎い彼にでもわかった。
強い魔力持ちや特殊能力ホルダーが、聖堂や国に狙われやすいということは理解したが、別にそれは身を拘束されるだけで、命まで取られるというわけじゃないはずだ。
それなのに、何故ラフェールはそんなに執拗に命を狙われたのか。
昔は、後継ぎになるのは魔力の高い者と決まっていたらしい。
しかし今では、たとえ貴族でさえも生活魔法くらいしか使えない者が増えた。そのため、高位貴族でもない限り、一番年上の男子が後継者になるのが一般的だ。もちろん、絶対というわけではないが。
ラフェールはラリウル辺境伯の三男だと言った。辺境伯は侯爵家と肩を並べるくらい高い身分であり、国の防衛を担っている家柄な訳だから、確かに魔力の高さは特に重要視されるだろう。
つまり、魔力の高い彼を後継者に担ぎ出そうとする者達がいて、それを阻止して正当な跡取りの嫡男を推す者達が、ラフェールを亡き者としようとしているってことなのか?
どう考えてもお家騒動としか考えられないよね。
こんな重要な話を本当に聞いて良かったの?と思いつつも、モヤモヤするいくつもの疑問を持ち続けているのも嫌なので、それとなくこう聞いてみた。
「ねぇ、辺境伯って、我が国の守りの要だよね? それなのに、夫婦揃って王都へ出かけて数日も領地を離れて大丈夫なものなの?」
「滅多なことじゃ領地を離れないよ。しかし、王家の命令となればやむを得ない。ただし、その場合、国の一小隊が警備の補強としてやって来ることになっている」
「えーと。ただでさえ強固な防衛体制の辺境伯の城に、さらに国の一小隊が守りを固めていたというのに、刺客が城内に入り込んだというわけ? 信じられないんだけど。
それってまさか……」
「君、鋭いね。その通り。国が送ってきた小隊の中に刺客が交じっていたんだよ」
「えーーーっ!」
ハビットは思いもよらなかった真実に大声を上げた。てっきり彼は辺境伯の家族の中、つまり身内に裏切り者がいたのだと思ったのだ。
それなのにラフェールの命を狙ったのが国だと知って、彼はますます訳がわからなくなった。
ラフェールが当主になることを国や王家が恐れているということなのか?
魔力が多い者が辺境伯になった方が国も安心なはずなのに。それとも彼が強過ぎて、もし隣国側に付かれたら困るとでも思っているのか?
「だけど、城内には君を守る護衛だっていたんだろう? それなのに、そんなにすんなりと君を狙えるなんておかしくないか?」
ハビットが思わずこう尋ねると、ラフェールはニヤッとした。
「さすがだね。その通り。
そもそも国から派遣されてきた小隊の騎士達は、城外を守っていたんだ。野営をしながらね。
いくら国から派遣された者達とはいえ、城内の造りや内情を知られるのは防衛上まずいからね」
「つまりそれって……」
ハビットは背中に冷や汗をかいてゾクッとした。
「そう。城の中に手引きした者がいるんだ」
ラフェールは淡々と答えたが、ハビットはもうガタガタと足が震え出した。身内に敵がいたなんて怖過ぎる。
いつ命を狙われるかわからない場所で生活するなんて、自分には耐えられそうもない。いくら魔力が強かろうと特殊能力があろうとも。
本来自分の家の中が一番安全な場所じゃないか。それなのにラフェールはまだ幼少期から、そんな恐怖に晒されながら暮らしてきたんだ。酷い。
「ねぇ、手引きした者は捕まったの? というか、君を襲った連中は? もしかして……」
恐る恐るそうハビットは尋ねた。さっきから彼は最後まで言葉を紡いではいない。恐ろしくて最後までとてもじゃないが口にできなかったのだ。
「もちろん手引きした者は判明した。僕を襲った連中に口を割らせたから。
普通貴族であろうと魔術を学ぶのは、七歳の誕生日の日に聖堂で成長の祝福を受けた後からだろう?
だけど僕は幼い頃からかなり強力な魔力を持っていたから、物心が付いた頃から魔術教育を受けていたんだ。
主に自分の魔力の制限の仕方だったのだが、僕が命を狙われているということもあったので、それに並行して防御魔法も教わっていた。
そう。それはあくまでも防御魔法であって攻撃魔法じゃなかった。子供だった僕を人殺しにはしたくなかったのだろう。辺境伯だっていうのに甘いよね、僕の父親は。
だけど、結果的には殺さずに済んだからこそ手引きした者を突き止められたし、刺客から主犯が誰なのかを聞き出せたんだけれどね。
普通刺客は死んだって口を割らないんだけど、僕の護衛が異変に気付いて部屋に飛び込んで来た時、奴らは既に僕の魔法で気絶していたんだ。だから、奴らの口の中に仕込んでいた毒薬を自白剤にすり替えておいたんだって。
奴らは目を覚ますと揃ってポロポロと白状したそうだよ。悔し涙を流しながら。大分後になってから聞いたんだけれどね」
ラフェールが人殺しにならなくて良かった、とハビットも思った。しかし、ラフェールを執拗に襲わせている輩のことは許せないと思った。だからハビットは怒りを含んだ低い声でこう尋ねたのだった。
「それで、君を殺そうとした者達はどうなったの? 君を裏切った家族も。
今も君がこうして元気だということは、ちゃんと処分をされたんだよね?」
と。




