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第8章 親友

 直接的ではありませんが、少し残酷な内容が含まれます。

 苦手な方は注意して下さい。


「これ、食べろよ! 僕の奢りね」

 

 コトン、コトンという音がしてハビットが顔を上げると、目の前にアップルパイを載せた皿と紅茶の入ったカップが置かれてあった。

 

 どうやら彼が落ち込んで後悔の渦に呑まれているうちに、ラフェールが用意してくれていたらしい。

 

「今からじゃランチ食べてる時間はもうなさそうだから、それ、早く食べろよ。僕はもういつものAランチ食べ終わったから。

 次は魔術の実技だから、何かお腹に入れておかないと持たないよ」

 

「ありがとう、ラフェール。だけど、次の授業は休むよ。とてもそんなもの受ける気がしない」

 

 両親の思いも知らずに、今まで、借金返済もままならない、真面目なだけの駄目親だと思っていた自分に腹が立ち、情けなくて、ハビットは当分立ち直れないと思った。

 

「駄目だよ。生真面目な君がサボるだなんて。さらに後悔して落ち込むのが目に見えるようだよ。

 それにサボったら、それこそ高い授業料を払ってくれているご両親に申し訳ないじゃないか」

 

 ラフェールの正論に、ハビットはぐうの音も出なかった。すると、その時クゥーと腹の虫がなったので、彼は真っ赤になった。


「どんなに落ち込んでいようが、悲しんでいようが、体は正直さ。生物というものはいつも前を向いていて、そのためにエネルギーを欲している。恥ずかしがることはない。

 早く食べろよ。最後の一つをなんとかゲットしたんだから」

 

 ラフェールに急き立てられたハビットは、そのアップルパイをフォークで一口大に取り分けて、それを口にした。すると、彼は驚愕した。

 

「美味しい。こんな美味しいアップルパイは食べたことがない。ありがとう、ラフェール」

 

「そうか、良かったな。まあ、君の母上のものよりは味は落ちるだろうけど、気に入ったのなら良かった」

 

「君だって食べたことあるんだろう?」

 

 ハビットが最後の一口をフォークに刺しながら尋ねると、いいやとラフェールが答えたので、ハビットはフォークを持ったまま固まった。

 最初に聞けば良かったと。まさか自分のフォークに突き刺した最後の一切で味見をしてもらうわけにもいかなくて。

 

「僕のことは気にしなくていいよ。今僕は甘い物は禁止されているってこの前話しただろう」

 

「あっ、そうか。でもこんな美味しいのが食べられないなんて、気の毒だなあ。僕と違って買えないわけじゃないのに」

 

 ハビットが同情するような目でラフェールを見た。しかしラフェールは珍しく嬉しそうに微笑みながらこう言った。

 

「ああ。だけど、あと少しで甘味がようやく解禁になるから大丈夫なんだ」

 

「そうなの? いつ?」

 

「魔術対戦終了後かな。僕の婚約者が優勝したら甘味禁止は解かれる予定なんだ。そもそも、そのために彼女は出場するわけだし」

 

「なにそれ」

 

 ハビットは笑った。それからまた真面目な顔に戻って、特殊魔術についてもっと話を聞きたいから、いつでもいいので時間を作って欲しいと頼んだ。

 すると、二日後の休日ならいくらでも付き合えるよ、と応じてくれたので、ハビットはホッとしたのだった。

 

 

 その二日後、ハビットはラフェールの部屋を訪れた。同室のラタンはいなかった。

 彼は父親に呼ばれたために王都にある彼の屋敷へ帰ったらしい。そこで泊まるらしいから、今日は戻らないよとラフェールは言った。そして、いつもの小型の魔道具を机の引き出しにしまった。

 

「だからこの盗聴防止具を使わないで済むね」

 

 それを聞いて、ハビットが目を見張った。

 

「君、自分の部屋でも盗聴防止具を使っているの?」

 

 するとラフェールが首を振ったので、まさかそうだよねと言いかけたが、彼の次の言葉で固まった。

 

「大切なことは、この部屋では話さないし、誰に聞かれても構わないことしか喋らない。だから盗聴防止具を使う必要はないんだ」

 

『つまりラフェールは、ラタンには大切なことは話してはいないということか?

 僕と話す時はよく盗聴防止具を使っているのに? それは僕のことは信じているということ?』

 

 一瞬ハビットは、自分はラタンとは違ってラフェールにとって、信頼できる友人だと思ってもらえているのか、と舞い上がりそうになった。

 しかし、彼が盗聴防止具を使ったのは、ハビットの秘密が人に聞かれないようにするためだったことを思い出した。

 いつのまに自分はこんな思い上がった考えをするようになったのか、とハビットは急速に落ち込んだ。しかしラフェールはこう言った。

 

「僕にとってラタンはただの同級生で、ルームメイトってだけなんだ。

 だから大切なことを話さないだけで、別に彼を嫌っているという訳でも疑っているわけでもないよ。

 ただ期待外れだったのは否めないけどな」

 

「期待外れ?」

 

「彼ね、代々ラリウル辺境伯に仕える執事の次男なんだ。

 彼の父親の子爵もその嫡男も立派な人物でね、彼らのような人間なら将来僕のパートナーになってもらおうと思っていたんだ。

 僕はミアと結婚してキシリール伯爵家に婿養子になる予定なんだけど、ぼく個人としても商売をするつもりだったから。

 でも、残念なことに、ラタンは僕の望んでいた人物じゃなかった。だから余計なことは話さなかった。

 なんかまた勝手に落ち込んでいるみたいどけど、ラタンには話さなかったことを君には話しているのだからそろそろ察して欲しいな。

 君は僕にとって信頼のできる大切な人間だってことを」

 

 それを聞いてハビットはまた嬉しくなったが、今度は有頂天にはならず、冷静にこう確認した。

 

「それは僕が君の能力を見抜いてしまったから仕方なく? 

 それとも君の能力を無効化できるから、そのストッパー役として必要だと思っているのかい?」

 

 それを聞いたラフェールは瞠目した。ハビットの優秀さはよく分かっていた。だから友となったし、パートナーとなってもらいと願った。

 しかし、こちらの本音をここまで見抜くとは思いもよらなかった。

 最初の質問はともかく、二つ目の質問については。

 

 

「僕が君に能力を見抜かれたから仕方なくっていうのはないね。だって君に知られて困るというのなら、サッサと君を始末してしまえばいい事だから。

 君に魔法が効かないといっても、殺す方法は別に魔法以外にもたくさんあるしね」

 

 ラフェールが平然とこう言ったので、ハビットはゾクッとした。

 目の前にいる友人は相変わらず天使のような顔をして微笑んでいるが、何故か修羅場をくぐり抜けてきたような、そんな刹那的な凄みがあった。

 そしてその彼の直感は正しかった。

 

「まあ、君を僕のストッパー役にしたいというのは、まあ、当たらずといえども遠からず、ってところかな。

 僕の力を恐れている連中がいたんだ。僕はそいつらに幼い頃から命を狙われてきた。返り討ちにしてやったけど。

 何せ僕には彼らには知られていない特殊能力があったからね。

 だけど僕はまだ幼くてそれを自由に操れたわけじゃないから、暗殺者に襲われる度に、そいつらを間違って殺しやしないかって不安だったよ。

 でもそんな僕の苦労も知らないで、奴らは辺境伯の父が強力な魔術師軍団を揃えたと勘違いしたらしく、懲りずに何度も暗殺者を送ってきたよ。

 ただしそいつらが全員返り討ちにあって、誰一人戻って来なかったから、そのうち僕を狙うのは止めたようだけど。

 だって手持ちの駒が全部なくなったら、自分たちが困るだろう?」


 あまりにも凄まじい話に、ハビットは思わず尿意をもよおしそうになり、話の途中でトイレへ逃げ込んだ。そして用を足してから呼吸を整えて部屋へ戻った。


「随分とビビっているね。この続きはやめておくかい?」


 ニヤニヤしながらラフェールがこう尋ねると、ハビットは首を横に振った。


「気になってモヤモヤしそうだからやめないで。

ただ、気なることがあるから先に確認させて欲しい。

 結局その暗殺者たちは最終的にどうなったの? 聞くのが怖いけど」


「怖いことなんかないよ。別に殺してなんかいないから。

 ただしまさか無罪放免にはできないし、かといって無駄な人間を牢獄に入れておく余裕もないから、記憶を消して、容姿を変えて、労働者として働いてもらっているんだ。

 彼らは体を鍛えていたから、肉体労働者としてとても役に立っているよ」


「容姿を変えるって、魔法か何かで?」


「まさか! 万が一でも解呪されたら困るじゃないか。

もちろん、物理的にだよ」


『やっぱり怖いじゃないか!』


 口には出さなかったが、ハビットはこう思いながら身震いした。

そしてその後で、またラフェールの話を聞くことになった。


「それで最終的には、僕が十二歳の時に、隣の領地の伯爵家に婿入り前提の婚約が決まったことで、やつらは完全に僕から手を引いてくれたみたいなんだ。

 辺境のそう豊かでもない伯爵家に婿入りするくらいなら、大した人間じゃないと思ったのだろう。自分達が恐れを抱く人間ではなかったと。

 伯爵の思惑通りだったよ。キシリール伯爵は僕の身の安全のために、態々厄介な僕を婿に選んでくれたんだ。

 というか長女のモードリン嬢がぼく達に跡継ぎの座を譲るために嫁いでしまったんだ。そしてミアが跡取りになった。

 愛するミアの婚約者になれて僕はこの上なく幸せだけど、これは義姉の犠牲の上に成り立っている。だからまるでキシリール伯爵家を利用され、見下されているようで今でも凄く腹立たしい。

 それでも、魔力が少し強いだけで他に何の能力もない、ただの凡人だと思われていた方が安全だと伯爵に言われた。そしてここに入学してからもそう演じているよ。まあ、今でも監視され続けているみたいだしね。

 

 だけど、人間って誰でも多少なりとも、自分を分かって欲しい、認めて欲しいという承認欲求があるだろう? 時々僕も自分の本気を出したいっていう衝動にかられて困るんだ。

 二年前まではミアがいたから、僕のソレは十分過ぎるほど満たされていてそんなことにはならなかったんだ。

 だけど、二年前に彼女が王都の学園へ入学してからは、僕の膨れ上がるソレは段々大きくなっていったんた。

 そしてここへ入学してからはさらに大きくなったよ。だって、ミアは近くにいるのに相変わらず遠くて、僕は彼女に甘やかしてもらえなかったから。

 

 でも、君を見つけた。僕がどんなに隠そうとしても本当の僕の姿を見つけてしまう君を。そしてキラキラして僕の魔法を見てくれる君を。

 ホッとしたよ。もう無理に隠さなくてもいい。だって君は僕のことを誰にも話しやしない。何せ同類なんだから、僕のことを話したら、君も自由ではいられなくなるんだからって。

 もっとも君と親しくなってすぐに、君は自分の能力に気付いていないことがわかって、僕は自分の勘違いに笑ってしまったが。

 それでもその頃には君が僕の秘密を話したりはしないと確信していたから、君を排しようとは微塵も考えなかったよ。

 君が僕をどう思っているかは知らないが、僕の方は君を親友だと思っているからね」

 

 ハビットは入学してからずっとラフェールに憧れ、彼の親しい友人になれたらどんなに幸せだろう。そう思っていたし、そうなりたいと、本人はこれでも努力を続けてきたのだ。

 しかし、その願望はとうに叶えられていたということを、彼は今知った。ハビットはそれが無性に嬉しかった。



 読んで下さってありがとうございました!

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