第6章 偽りの噂
投稿遅れました。完結目指して、時間がかかっても書いていくつもりです。
そして、今年度最後の賭け対象を決めた後、ハビットは今回とても前向き思考というか、賭けに勝った時のことを想像してワクワクしていた。
超現実主義者で、もしも〜したらなんて夢想することなど今まで一度だってしたことのなかった彼にしては珍しいことだった。
もっともハビットの野望は学生食堂のデザートを全て制覇してやろうという、かわいいものだったが。
最近彼は、もしかしたら食べられるかもしれないデザートメニューを眺めることを楽しみにしていた。どれから注文しようかなぁ~と。まったくもって取らぬ狸の皮算用だったが。
そして今日も食堂のメニューのイラストを眺めに向かう途中ハビットは、食堂の職員入口の近くでとある会話を耳にした。
「ねぇ、ハニーさん。そろそろ決断して下さったかしら? ずいぶんと時間は差し上げたでしょう? 今日こそは良いお返事を聞かせえもらえるわよね」
「ボルディン侯爵令嬢様、お誘い頂いたことは光栄に存じますが、そのお話は最初からご辞退申し上げています。何度お尋ねになられても、変わりません。
私はまだ修行中の身ですから、侯爵家などで雇って頂ける人間ではありません」
「あまり謙遜し過ぎると、却って嫌味に聞こえるわよ。あなた、去年の春の芸術コンクールの優勝者じゃない。
それに生意気にも王家や王城の話も断ったというじゃないの。一体何様のつもりなの、平民のくせに」
「仰る通りです。私は礼儀も知らない平民です。ですから、恐れ多いので身分の高い方からのお話はお断り申し上げているのです。
私は自分の分を弁えておりますので、こちらで修行させて頂いているのです」
「まあ、ああ言えばこう言う。なんて生意気なの。
ボルディン侯爵家で雇ってやると言っているのだから、素直に言うことを聞けばいいのよ。
こんな所で働くより楽だし、お手当だって倍の額を支払うわ。それで文句ないでしょ」
「お断りします。私はここでまだまだ腕を磨きたいのです。これは菓子職人としてのプライドの問題です。私はまだ職人としての腕を磨きたいのです」
「だから、どうしてその腕を磨く場所がここなのよ。あなたより腕のいいパティシエや料理人なんてここにはいないでしょ!」
ボルディン侯爵令嬢はご令嬢の仮面を外してカッカしながら言った。すると、そのハニーと呼ばれていたパティシエが言った。
「この学院には菓子作りにも参考になる本が王都で一番揃っていますし、素晴らしいアドバイスを下さる方や、色々ためになる感想を下さる生徒さん達もたくさんいらっしゃるので、とても勉強になるのです。
それに、ここで働いてお金をためて、いずれ自分の店を持つのが夢なのです」
「まあ、自分の店を持ちたかったの? ならそう最初から言えば、いくらでも援助したのに。すぐに、我が家へいらっしゃい。お父様に支援して下さるようにお願いしてあげるから」
ボルディン侯爵令嬢はどうも人の話は聞かないタイプのようで、どう考えても仕事中であろうパティシエの女性の腕を掴んで連れて行こうとしたが、彼女はやんわりとその手を振り解いた。
「ですから私はここを辞めるつもりはありませんし、自分の力で店を持つつもりなので、有り難いお話ですが、支援のお話は丁重にお断り申し上げます。
それと、まだ仕事中ですので、どうかお引取り願います」
すると、とうとう侯爵令嬢は大声でこう言い放った。
「第二王子の婚約者であり、ボルディン侯爵令嬢である私の誘いを断って無事でいられると思っているの。ここをクビにしてやるわ。
後で泣きついてきても雇ってなんかあげないわよ! だけど、そうなったからって、もしカーギリス侯爵家の援助なんか受けてお店を持ったらただじゃおかないんだから、それを覚悟しなさいよ!」
カーギリス侯爵家とは、この国の王太子妃ジャクリーン殿下の実家のことである。
第二王子の婚約者であるシリカ=ボルディン侯爵令嬢が、王太子妃殿下と仲が悪いという噂は本当だったんだなとハビットは思った。
そしてそれと同時に、シリカ嬢が妃殿下に虐げられているという噂がデマだということが分かった。
それに塩令嬢に虐められているという噂も。
こんな様子を見せられたら、彼女が人に苛められて泣くような性格はしていないとまるわかりだと、僕だけでなく多くの学生達が思ったことだろう。
そう。彼女は大声を出し過ぎていたので、周りにはたくさんの生徒達が集まっていたのだった。
怒り狂ったご令嬢の姿が見えなくなった後で、
「あれで侯爵令嬢とは家でどんな教育をしているのだ。というより、あれが第二王子の婚約者だと? 本当にお妃教育をしているのか?」
と、その場にいた者達の気持ちを代弁する言葉を発言した人間がいた。よく言ったとは思いつつ、よくそんな恐ろしいことよく言えたものだと皆が思った。
しかしハビットは、その発言者が誰だか分かって、他人事ながらホッとした。
確かに彼なら身分的にも何か咎められることはないだろうと。
しかし、彼女は一応王族の婚約者だし、目を付けられたまずいだろう。
ハビットは慌てて注目を浴びている男子生徒の腕を引っ張って、食堂へ向かった。そして、
「あの侯爵令嬢に腹が立つのはわかるが、目を付けられると後で面倒だぞ。いくら辺境伯のご令息だって」
ハビットがラフェールにこう言うと、彼は全く動じずに余裕な表情を浮かべていた。
「僕が腹を立てているとよく分かったね」
「ごめん。最初にぼくが君の勧める賭けに乗ろうとしなかったのは、ミンティア=キシリール嬢が悪役令嬢だっていう噂があったからなんだ。
それに、魔術研究で多大な功績を上げているのも、人の研究を盗んだんじゃないかって。
君の話を聞いて、そんな事をする人ではないと思い直したけどさ。
それにあれから寮の同室の先輩から聞いたんだ。
ミンティア=キシリール嬢の悪い噂はみんなデマだと、同級生ならみんなそう思っているって。
一体誰がそんな噂を流してるのか尋ねたら先輩は黙ったんだ。そう。知っているけど、口には出せないって感じだった。
それでああ、身分が高い人なんだなって察した。それでてっきり第二王子殿下かと思ったんだけど、違っていたことがさっき分かったよ」
「アレの本性は、二、三年生には既にバレバレだ。今更嘘は信じてもらえないと察して、一年生達をターゲットにしたんだ。
優しくて儚げな令嬢の振りをして、自分は悲劇のヒロインで、冷酷無情な悪役令嬢ミアに虐げられていると思わせるつもりたったんだ。
ミアが自分の婚約者と一緒に生徒会役員をしているのが生意気だっていう理由だけで、ミアにつまらない嫉妬して。
元々選民意識が強くて我の強い我が儘な女だから、どうせすぐに化けの皮が剥がれると思ってたけれど、案外よくもったよな。
まあ結局、アレが思っていたほどミアの悪評は広がらなかったし、婚約者との仲も改善しなかったみたいだけどね。
それに、さっきのことで彼女の芝居も終演だろう」
「終演?」
「ああ、『甘味の女神』をクビにするって喚いていたんだから、ここの学生全てを敵に回したのも同然だ。
彼女がここを辞めて、もし一流レストランとか、貴族のお抱えパティシエにでもなったら、もう簡単には彼女の最高に旨いデザートが食べられなくなるんだからな」
「確かに……それは僕も困る。まだ一度も食べたことないのに。
でも、あの人『甘味の女神』って呼ばれているんだね」
「君は本当に世間に疎いよね。そんなんだから僕のミアを悪女だなんて思い込むんだよね」
「ごめん! 本当に悪かった」
「いやもう怒っていないけど、本気で君の将来を心配しているんだよ。
噂なんてくだらないし、一々信じる必要はないけれど、一応知らないと将来社交する時に困るよ」
自分の欠点をズバリ言い当てられた。ラフェールの言う通りだとハビットも思った。
彼の両親が未だに祖父の作った借金を返せないのは、世間に疎いからだ。
そのせいで何度も人に騙されたり、せっかくのチャンスを逃したりしている。だから自分はこの学院に入って社会性をつけ、人脈と知識を増やそうと考えていたのだ。そして、借金を返済する手立てを見つけようと。
それなのに一体今まで何をやっていたんだと、彼は自分を歯痒く感じたのだった。
読んで下さってありがとうございました!




