第44章 感謝と祈り
この章で完結となります。
少し長めになります。
領地に帰ったミンティアとラフェールは、伯爵夫妻から領地経営を学んだり、定期的な魔物討伐をしたりと、相変わらず忙しい日々を過ごしていた。
しかもそれに加えて、結婚の準備も並行して進めなくてはいけなかったのでさぞかし大変……かと思いきや、そちらは母であるキシリール伯爵夫人が自分の妹達や、ラリウル辺境伯夫人の協力を得てどんどん進めていたので、そこは問題がなかった。
いわゆる辺境地の強力な自助グループ網だ。
ウェディングドレスは姉のモードリンのときと同様に、母娘でデザインを決め、夫人の学院時代の友人である有名デザイナーに依頼した。
そして料理はマルモン医師の妻でミンティアの師匠であるビィーナにお願いした。彼女は王都の一流レストランの娘だったので、貴族向きの料理も得意だった。
もちろん地元料理や魔物肉を使ったメニューも加えてもらうことになっていた。
そしてウェディングケーキについては、ミンティアが自分で作ろうと思っていた。
本当は親友のハニー=キュラリスに作ってもらいたかったのだが、突然学院の食堂を辞めてしまったようで、その後の行方がさっぱり掴めないのだ。
(ハニーさん以外の人にケーキをお願いするのは嫌だから、自分で準備するしかないわ)
そう考えていた。そんなある日、ミンティアはラフェールやハビットと共に領地の見回りをした帰りに、久しぶりに師匠の食堂へ寄った。
その際に師匠に勧められてケーキを注文した。すると師匠が作ったにしては、珍しく洒落たケーキが出てきて彼女は目を見張った。そして一口食べて、そのあまりの美味しさに驚嘆した。
師匠が作ったものではないことが丸わかりだったので、新しくパティシエを雇ったのかと尋ねた。
すると彼女は首を横に振ってこう言った。
「今度この町でケーキ屋を開く予定の子がいてね、店舗兼住宅を建てている間、この店の二階に居候させてあげてるの。それで家賃代わりに、この店を手伝ってもらっているのよ。
ハニー、ちょっと来て!」
(ハニー?)
師匠に呼ばれて奥の調理場から姿を現したのは、なんと行方知れずになっていた親友のハニーだった。
「!!!!」
「どうですか、さっきの新作のケーキは。ラフェール様から依頼された、ウェディングケーキの試作品なんですけど」
ニコニコしながらこんなことを言った彼女に、ミンティアは、
「最高に決まってるじゃない!」
と泣き笑いしながら抱きついたのだった。
こうして多くの人々の協力を得て、着々と結婚式の準備は整えられて行った。
そして式の前日には、前国王陛下夫妻に、国王陛下夫妻、大叔母、姉の侯爵一家、宰相見習いのあるディーン王子、孤児院の教師になったジャクリーン。
そしてミンティアの姉のモードリンの嫁ぎ先のモンドレイカー侯爵一家や、休みを取って帰省する妹のメイシャの王都組が、途中でハビットの両親と合流して、大きなまとまりになって到着した。
モードリン夫婦と子供二人、そしてメイシャは当然実家に帰ったが、キシリール家の屋敷は伯爵家とはいえそれほど大きくはない。
それ故彼女達以外の招待客の宿泊先は、彼らが自ら用意した、この領地に調和するように建てられた宿だった。
外観は質素だが、その造りは頑強で、内装はそれなりに立派だった。
そしてそこには王族が泊まる貴賓室まで数室造られてあったのだが、その部屋の存在を知る者は限られていた。そう。安全性を保つために。
王城で留守番となったのは、ラフェールの甥のエンドゥー王太子や、彼のすぐ上の兄にあたるネビルス=ブラビッシュ公爵だった。
彼らはいい年をして不貞腐れたが、自分達のやらかしを思えば、致し方ないと諦めるしかなかった。
そして当然養子先のラリウル辺境伯一家も家族総出でやって来た。
その中に、十一年振りに姉のキャロルを見つけたラフェールは、思わず駆け寄って彼女の手を握った。
彼女はまるで別人のように、心穏やかで落ち着いた雰囲気の修道女になっていた。
触れたその手は、綺麗に手入れされた傷一つない手ではなく、立派に働いている誇り高い手だった。
「結婚おめでとうございます。お二人の幸せを遠い地から、これからも毎日祈り続けます。
今日はご招待していただいて心から感謝します」
「こちらこそ来ていただいてありがとうございます。嬉しいです。ずっとお会いしたかったのです、姉上」
ラフェールが涙を溢れさせながら言った。すると一瞬瞠目しながらも、キャロルはすぐに優しい微笑みを浮かべると、つま先立ちをしながら手を伸ばし、ラフェールの頭を撫でた。昔のように。
彼女は弟に激しく嫉妬していた。しかし、たしかに可愛いとも思っていたのだ。
「私も会いたかったわ。初めて、心から幸せそうな貴方を見られて本当に良かった」
彼女はこう言ってから、弟のすぐ後ろにいたミンティアに顔を向けて、頭を下げた。
「ミンティア様、この度は結婚おめでとうございます。
私のたった一人の大切な弟をどうかよろしくお願い致します」
その声がやはり涙で震えているのがわかった。
それを聞いたミンティアも涙を浮かべながら、「はい」と返事をしたのだった。
その夜、ラフェールがミンティアの部屋を訪れると、彼女はメイド達に磨き上げられて、頭のてっぺんから足の爪先までピカピカになっていた。
思わず彼は絶句して彼女を見つめた。
(もう十一年も一緒にいるのに、まだこんなに胸がときめいて、まるで出逢ったときのような新鮮な気持ちになる。
学院時代に別れ別れになっていたときも、久し振りに再会する度に同じことを思った。
逢う度に素敵になっていくミア。そんなミアへの思いが日々増していくばかり。
恋愛感情は三年しか続かないなんて噂、あれって絶対に嘘だ。年月が経つごとに、ミアへの愛はますます深まっていくもの)
まるでミンティアに引き寄せられるように、ラフェールがふらふらと彼女に歩み寄ろうとして、彼は侍女によって遮られた。
「ラフェール様、お気持ちはお察ししますが、いつもの理性を取り戻してくださいませ。明日は結婚式ですよ。王都からご両親様や親族の皆様も到着なさっているのですよ。
皆様大変多忙な方々ばかりなのですから、式を延期にはできませんよ。
それはおわかりになりますよね?」
二人にとっては実の祖母同然の侍女のハンナにそう諭されて、ラフェールはハッとして足を止めた。
ミンティアはまるで熟した林檎の実のように真っ赤になって、少し怒ったような顔をしてラフェールを見ていた。
それを見て彼も同じように真っ赤な顔をして平謝りした。
あまりにも貴女が素敵過ぎて、思わず理性が飛んでしまったと言い訳をしながら。
「もういいわ。貴方が本気で私を女性として見てくれているのか少し不安だったけれど、杞憂だったとわかって、正直安心したわ」
「不安だって? 僕は初めて会った七歳のときから、ずっと貴女が好きだったのに? これまでも何度も深いキスをして、柔らかい貴女の身体に触れてきたのに?
それ以上のことだって本当はしたかったのに、どんなに僕が我慢してきたかわかる? カインツ様に黒焦げにされる自分を想像して、どうにか堪らえてきたんだよ」
「止めて!」
「ラフェール様!」
ミンティアは完全に涙目になり、ハンナは呆れた顔でラフェールの顔を見ていた。しかし、二人の制止などお構いなしに彼は言葉を続けた。
「ミアの婚約者になれたときは最高に幸せだった。幸せな夢を見ているのかと思った。だってそれって、一生ミアの側にいられるってことでしょう?
あのとき、魔物の森でミアに見つけてもらえなかったら、僕は今どうなっていたんだろうって、時々考えてた。
たとえ生き延びられていたとしても、きっと誰も愛さず、誰にも愛されず、誰も信じず、誰からも信じてもらえない、そんな寂しい人間になっていたと思う。
僕を見つけてくれてありがとう、ミア。人を愛し愛される幸せを教えてくれてありがとう。
そして僕の心の中にずっと刺さったまんまだった、氷の棘を溶かしてくれてありがとう。
これで本当になんの憂いもなく、明日貴女と結婚できるよ」
ラフェールは、ハンナに許しを請うように目をやってから、ミンティアをギュッと抱きしめた。彼女のお気に入り石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。
遠い修道院で暮らしている姉のキャロルを今日ここへ連れ来てくれたのは、ミンティアから依頼を受けたハビットだった。
さっきそのことを彼から聞かされたのだ。内緒にして欲しいと頼まれたが、夫婦が秘密を持つのはまずいから、と教えてくれたのだ。
✽
「キャロル様が今どんな暮らしをしているのか、様子を見に行ってもらえないかしら。
そして彼女が以前とは変わっていたら、ラフェールが申しわけなく思っていることを伝えて欲しいの。
そしてもし許してもらえるのなら、姉として結婚式に参加していただきたいと。
もちろん、無理強いをするつもりはないのだけれど」
ミンティアは、ラフェールがハビットには全てを話していることを知っていた。だからこんなことを頼めるのはハビットしかいないと思ったらしい。
「私は決して許されない罪を犯しました。悔い改めなければならないのは私だけです。それなのに、まさか被害者であるラフェールにそんな罪悪感を抱かせていたとは思ってもみませんでした。
連れて行っていただけるのでしたら、ぜひ弟に会って謝罪したいです」
苦しげな顔をしてキャロルがそう言ったので、ハビットはこう返したという。
「謝罪の言葉など不要だと思います。
ラフェール様の命を狙った悪人どもは全員、すでに法の下で裁かれたのですから。
貴女は何も悪くないのです。ただ、少しばかりわがままで甘えん坊な少女だったに過ぎません。ですから、貴女の罪はすでに時効だと思います。
どうか謝罪のためではなく、ただ純粋に弟君の結婚を祝うために参列していただけませんか? それが貴女の義妹になられるミンティア様の願いなのです」
それを聞いたキャロルは、ただただ静かに涙を流していたという。
そして結局彼女は、自分が大勢の人前に出るとラリウル辺境伯の家族にも迷惑をかけてしまうからと言って、こっそりと結婚式にだけ参列をした。
そして三日ほどラリウル辺境伯の城に留まって家族との交流を持った後で、再び修道院へ帰って行ったのだった。
✽✽✽
そして二人が、いや彼らの家族や友人達が待ちに待った結婚式の当日を迎えた。
朝のうち魔物の森は濃い霧に包まれていた。それは、これから晴れ渡るという証だった。
ミンティアは母や姉や叔母達に支度を整えてもらった。本来なら花嫁はこの辺りで涙ぐむところなのだろうが、彼女の場合婿取りだったので、そういう意味での感傷はなかった。
ただし、大切な息子を奪われる王太后やラリウル辺境伯夫人に対しては申し訳なさが募った。
本当は彼を手元に置いて育てたかっただろう二人の母達を思うと、胸がギュッと苦しくなった。
そんな娘の思いを察したのか、最後に長いベールを彼女の頭に載せながら、キシリール夫人はこう言った。
「母親の幸せは自分の子供の幸せな姿を見ることなの。
もし貴女が、王太后殿下やラリウル辺境伯夫人の幸せを望むのなら、ラフェール様、いいえ、貴方達二人が幸せになればいいのよ。
そして私は、三人の愛する娘達がみんな素敵なパートナーを得られて、今本当に幸せなの」
「お母様、ありがとうございます。私、お父様とお母様の娘に生まれてこられて本当に幸せです。そしてモードリンお姉様の妹になれて、メイシャの姉になれて……」
「泣いてはダメよ、ティア姉様。お化粧をし直すのは大変なんだから! 今日は忙しいのだから手間をかけさせないでね!」
超現実的な末娘の言葉に、しんみりしていた女性達はみんな現実に戻って、思わず苦笑いをしたのだった。
✽
ミンティアは父親のカインツの腕に手を添えて、長いバージンロードを一歩一歩踏みしめるように進んだ。
よく似た美しい父娘に、みんな喫驚して息を呑んだ。そして二人は祭壇の前まで来ると静かに微笑み合った。
それから父親は愛しい娘を、これまた愛しい息子に手渡すと、最前列の愛妻の隣の席へと移動した。
新郎新婦はそこで誓いの言葉をはっきりした口調で、一言一句確かめるよう口にした後で見つめ合った。
その瞬間、濃い霧が晴れて天窓から光が差し込み、若い二人を照らした。
そのあまりにも神々しい美しさに、皆は目を細めながらも、幸せの涙を溢れさせながら口づけを交わす二人を見続けた。
そして全員が一様に天に感謝した。
無事にこの日を迎えられた奇跡に対して。
彼らは、新郎がこの日を迎えるまでいかに過酷な日々を過ごしてきたかを知っていた。
そしてそんな彼を新婦がどれほど支えてきたのかということも。
彼女がいたから、二人だったからこそ彼は耐えられ、今日まで生き延びてこられたのだと。
だからこそこの場にいる全員が、これからの二人の平穏な幸せを心から祈ったのだった。
「ミア、愛してる。やっと夫婦になれた。今日からはずっと一緒だよ」
「今までもずっと一緒だったでしょ。私の心はいつだって貴方の心の中にあるのだから。今までもこれからも。
愛してるわ、ラル……」
二人は光溢れる中で、さらに眩しい笑みを浮かべながらそう囁やき合ったのだった。
今年の始めに歯科医院へ行ったとき、そういえば異世界物に虫歯で苦しむ話ってあまりないなぁ、とふと思いました。病気や怪我、アレルギー、水虫の話はよくあるけれど。
それでこの話を思いついたのですが、思うように筆?が進まず、途中で別の話をいくつか完成させ、ようやく年内に完結することができました。
投稿初期から、ずっと応援してくださっていた読者の方々に感謝します。
また誤字脱字報告をしてくださった方々、ありがとうございました。




