第41章 親友の進路
「ねぇ、そんなに二人でイチャイチャしたいのなら、なぜ僕まで馬車に乗せたのさ」
車窓の風景を仕方なしにずっと眺めていたハビットが、隣同士に座って抱き合っているラフェールとミンティアの方に顔を向けて言った。
正面に座っていたハビットはそれこそ丸二日もこの状態に置かれていて、さすがに辟易していた。
というのも、卒業式の後、新学期が始まるまでの二か月間は学院の寮は閉鎖されるので、生徒達はそれぞれ家に帰っていた。
ただしラフェールは王城の仕事があったので、生まれて初めての王宮暮らしをしていた。
実際のところ彼はミンティアとともにキシリール領に戻り、そこから瞬間移動で王都に通っても良かったのだが、いくら魔力量が多いとはいえ、肉体的負担は大きい。
なにせ馬車なら途中休憩を入れながら一週間、馬による早駆けだって四日はかかるほど遠い距離なのだから。
「ただでさえ仕事が大変なのにそんな無茶な真似は止めて」
と、ミンティアに泣かれて渋々彼は諦めたのだ。
いくら治癒魔法やポーションがあっても、魔力の使い過ぎによる疲労は地味に体に蓄積していって、やがてをそれが大きなダメージとなって体を壊していく。
普段はかなり大らかな性格をしているミンティアだが、ラフェールの健康については、あの虫歯事件以降異常なほどに気にするのだ。
彼にしてみれば、虫歯に関しては病気のうちに入らないとは思うのだが。たしかにのたうちまわるほど痛いことは事実なのだが……
そんなわけで仕方なく彼は休暇中、ずっと城の中で暮らして仕事三昧だったのだが、休みもあと十日というところで、ようやく彼は休暇をもぎ取った。
そしてハビットの実家に瞬間移動した。
彼はそこでハビットの両親に、にこやかに天使スマイルで挨拶をした後で、自分が特殊能力ホルダーであることを自ら暴露した。
そして、自分がハビットのことを守るから、もうなにも心配することはないと告げた。
その上、彼はとても優秀で王族や高名な高位貴族にも気に入られているので、将来は有望だと力説したのだった。
息子が特殊能力ホルダーであることをひたすら隠し続けてきた両親は、王弟殿下が息子の後ろ盾になってくれることに、泣きながら感謝した。
そして、家のことは気にしなくていいから、王弟殿下に一生尽くすようにと息子に言ったのだった。
しかし、ラフェールは相変わらず天使の微笑みでこう言ったのだ。
「伯爵、夫人、僕達は主従関係ではなく、あくまでも友人であり対等な関係なんです。
ですから、僕は彼の人生を縛るつもりはありません。そのことはどうか誤解しないで頂きたいのです。
僕は彼が進みたいと望む道を、友人として応援していきたいと思っています」
それを聞いたハビットの両親は、さらに感極まっていた。
それを見ていたハビットは、あぁこれでもう自分は、平和でのんびりした生活を望めないんだなということを悟った。
ラフェールに対して言いたいことは一杯あったのだが、ハビットは何も言わなかった。
というのも今回のハビットの活躍? いや口止め料だろうか、おもいもよらなかった報奨金を授与されることになったと聞いたからだ。
なにせその報奨金で祖父の代からの借金がチャラになるのだから。つまり、両親がもう借金取りに悩まされることはないのだ。
そしてなまじ貴族の肩書があるために、奨学金がもらえず、進学を諦めざるを得ない弟二人も、王都へ進学させてやれるのだ。
ハビットがラフェールに文句を言うのを止めて、感謝の気持ちを伝えたのは当然のことだったろう。
その後ラフェールがハビットの家に一泊することになったので、一家はてんやわんやだった。
そんな中でハビットは、自分の兄がこんなキラキラ王子様の親友だと知った弟達から、初めて尊敬の眼差しを向けられて、むず痒い思いをしていた。
その翌日、予定通りにキシリール伯爵家の馬車が到着し、ラフェールとハビットはそれに乗って王都へ向かった。
そして、冒頭の馬車の中のシーンとなったのだった。
✽✽✽
始業式まであと七日残っているというのに、なぜミンティアとハビットが実家をあとにしたのかというと、モンドレイカー侯爵家のタウンハウスへ招待されていたからだ。
本当なら休みに入ってすぐ遊びに行く予定だったのだが、主にラフェールの都合により二月近く遅くなってしまったのだ。
もっともその訪問の最大目的である、モンドレイカー侯爵令息夫人への木苺のタルトは、すでに何個もお届け済みだったので、日延べしても大して差し支えなかったのだが。
いったいだれがミンティア特製の木苺のタルトをモードリンに届けていたのかというと、それはキシリール伯爵だった。
彼は王城へ召喚されるたびに、ついでにそのタルトを持って瞬間移動して届けていたのだ。
もちろん、ミンティア特製の木苺のタルトの最初の心酔者であるラフェールの分も。
「大魔術師であるお父様にタルトの宅配をさせるなんて、ラルはともかくお姉様は逞しすぎるわ」
と、ミンティアが呆れていた。
キシリール伯爵が突然サロンに現れるたびに、モンドレイカー侯爵夫妻とご子息は恐縮しまくっているらしい。
ただし伯爵本人は、初孫のマックスに尊敬の眼差しで迎えられるので、悪い気はしていないようだったが。
それに身重の愛娘が、もう一人の愛娘の作った木苺タルトしか食べられないというのなら、致し方ないと思っていた。彼はいくつになっても自分の娘達がかわいいのだ。
「悪阻はまだひどいのですか?」
「少しはよくなってきているみたいです。でも、匂いが今も気になるみたいで、食べるものがまだ限られているようなんです」
「生命を授かるということは、本当に大変なんですね」
「そうですね。だから、私達も両親には感謝しないといけませんよね」
「僕もラフェールのおかげで反省できました。これからは両親に感謝してして、親孝行したいと思っているんです」
ハビットの言葉にミンティアは目を丸くした。
「まあ、ラルが親子のあり方を人に諭すなんて驚いたわ。それならラルも、陛下はともかく、王太后様にはもっと優しくして差し上げてね。
たった一人の息子からあまりにも素っ気なくされていて、見ていてお気の毒だったわ」
「息子なんてみんなそんなものです。ミアが僕の代わりに甘えてやってください。あの人の娘になるんですから」
「ふふっ、わかったわ。それじゃあ不敬にならない程度で甘えてみるわ」
そう言って彼女は笑った。捻くれた物言いをしながらも、ちゃんと実母を思う気持ちがあるのだとわかって嬉しかったのだ。
「それにしても、なぜ僕までモンドレイカー侯爵邸で、残りの休日を滞在することになったんですか?
もしかしてその間、騎士団や近衛隊に勧誘され続けるのかな?」
ハビットの疑問にミンティアは首を振った。
「姉のモードリンが、私の命を救ってくれたハビット様に感謝したいのですって。
そして、これからも妹と義弟のことをよろしくと、直接お願いしたいらしいのです。
ごめんなさいね。本来ならこちらがお伺いするべきなのに」
「そんなこと……」
彼は一瞬言葉を飲み込んだ後、ラフェールの顔を見つめてこう言った。
「僕、ようやく進路が決まったんです。
僕は地方の役所あたりに勤めて、のんびり平和に暮らしたいなってずっと思ってきたのです。ところが、ラフェールと付き合ううちに、そんな刺激のない暮らしはもうできないと思うようになったのです。
そもそも平和なんて努力しなければ手に入れられない。しかもそんなに容易に得られるものじゃない。近頃僕はそんな当たり前のことにようやく気付いたのです。
ー口調を変えるー
そして、そんな刺激ある生活を送るためには、ラフェールの側にいるのが一番だって、この休暇でわかったんだ。
だからさ、卒業したら僕をラフェールの私設秘書にしてくれない? 探してたんでしょ?
僕は魔物退治はできないけれど、魔物の感知はできるし、君の大切な人を君が居ないときに代わりに守ることもできる。
君の元ルームメイトの、あのラタン=ソニアリキールよりは役に立つとは思うんだけれど」
ラフェールは大きな瞳をさらに大きく見開いて、親友の顔を見た。するとその親友はこう言葉を続けた。
「君は僕が進みたいと望む道を、友人として応援するって、僕の両親と約束してくれたよね?」
それを聞いて、ラフェールは、まさしく光り輝くような笑みを浮かべ、そして大きく頷いて、
「もちろん、採用だよ」
と言ったのだった。
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