第40章 とある元夫婦の再出発
「あ〜。やっぱりミアの側にいると癒やされる。せっかく長期休暇になったのに、ミアと一緒に家に帰れなくてずっと辛かったんだ」
「お母様とメイシャもラルに会えなくて残念がっていましたよ。
でも、夏休みには帰省できるように、お仕事頑張ってね、と言っていました。もちろん無理して体は壊して欲しくはないけれどと。
そうそう、メイシャもずいぶんとたくましくなって、魔物狩りの腕も大分上がりましたよ」
「へぇー、あのロマンス好きの可愛いメイシャが?」
「ええ。ラルと私がいなくなってから頑張っていたみたいなんですけれど、お父様まで年がら年中王城に呼び出されるようになったでしょ? 自分がしっかりしなくちゃって思ったらしいの」
「そうか。ごめんね。王族が駄目過ぎるせいでメイシャにまで苦労をかけて」
ラフェールが凹んだ。彼が落ち込むなんて珍しい。しかも、本当にメイシャ嬢に申しわけなさそうだ。本当に可愛がっているのだろう。
近ごろ彼の口から身内の愚痴ばかり聞かされてきたハビットは少し驚いた。
ああ、ラフェールにとって心許せる本当の家族はキシリール家の人間だけなのだろうな、と改めて思った。
あの事件後ラフェールは、二月の長期休暇の間だけ本来彼が居るべきだった場所に身を置くことになり、両親や兄弟やその子供達、つまり一族と同じ空間で過ごすことになった。
なにせ代々宰相を務めていたカーギリス侯爵とその夫人の実家の公爵家、そしてその一門が一掃されたのだ。国の重要ポストの人手不足は深刻だった。
それ故に一度引退した者や嫁いだ者、その家族まで王家の血を引く者や姻戚関係にある者達は、王家の恩恵を受けてきたのだからという理由で、強制的に総動員されたのだ。
「王家の恩恵など、これまでなにも受けていない自分までが、なぜそれに含まれるのだ!」
ラフェールはそう主張した。恩恵どころか損害ばかり受けてきたのだから、彼からすれば当然のことだった。
しかし、そんな理屈が通じるわけがなかった。なにせラフェール繫がりでキシリール伯爵まで引っぱり出されたのだから。
そこで仕方なく彼は、条件を出した上でいやいやそれを受け入れた。
その条件とはまず学院生活を優先させること。次に手伝うのは二年限りで、絶対に延長は認めないこと。
そして最後の条件は、彼が卒業するまでの間、国の騎士団の騎士五十名を領主カインツの穴埋め要因として派遣し、しかもそのうち半分は魔術師にすることだった。
大臣達はそれでは王都の警備が手薄になると難色を示したが、
「そもそもキシリール領が隣国や魔物から襲撃を受け、それを防御できなければ王都どころかこの国は終わりだ。
本来ならキシリール伯爵の代わりを務めるのならば、その五十人でも足りないのだぞ。
それをこちらが譲歩してやっているのに、そんなこともわからないのか、愚か者め!」
ラフェールはそう一喝すると、謁見の間を一瞬で凍らせ、ついでに彼らの足元を氷漬けにした。彼らは年甲斐もなく泣きながら彼に謝った。
それを見ながら国王は、
「だから逆らうなと言ったのに。炎で焼かれなかっただけでも有り難く思え」
と、呟き、その父親である前国王はただ苦笑いをしていたのだった。
ラフェールは天才の上に非常に努力家だった。
学院に入学する前から将来領主になるために、政治や経営、土地管理など多岐に渡って猛勉強し、隣国とも魔物の素材の取り引きなどで、多くの伝手を持っていた。そのため王城でもあちらこちらから助言を求められた。
しかし、彼のメインの仕事は宰相の補佐だった。
いずれその任には、元王太子のアルディン第一王子が就くことになったのだが、すぐさまそれを一人でこなせるはずもない。
そこで、前国王アルバートがとりあえず宰相を務めながら、孫を次期宰相として育てることになったのだ。
つまりラフェールはその宰相の手伝いをするというわけだ。そのために彼は、朝から晩まで父親と顔を突き合わせることになった。
しかもそこへ母親や年の離れた兄や姉、そして年上の甥や姪にその子供達まで、ひっきりなしに顔を出すのだ。
癒やしを得るために会いに来るのだと、彼らはわけのわからないことを口にしていたが、そのせいでラフェールは仕事のハードさより、むしろその親族の相手をすることに神経をすり減らしていた。
彼らに悪気はない。それがわかっているからこそ、めんどくさい年配の大臣達より厄介だった。なにせ脅すことができなかったのだから。
当初アルディン王子だけでなく、父親のアスラード国王や大臣、その他官僚までもが、内心ではラフェールがいずれ宰相の地位に就いてくれることを望んでいた。
しかし、実際には誰もそれを本人の前では口にしなかった。氷漬けされてからというもの、みんな身の程を弁えたのだ。
「元妻の責任を取って廃嫡されようなんて甘いよ。本気で責任をとるつもりなら、ちゃんと国のために働いてね。貴方にはそれができるだけの能力もちゃんとあるのだから。
弟の下で働くなんて屈辱かもしれないけど、名より実を取る方が良くないか?
大概の国で国を仕切ってるのは、国王じゃなくて宰相の方だと思うし。
平民になったジャクリーン嬢も、修道院附属の孤児院で教師になるのだと張り切っているそうだよ。
今まで学んできた知識を子供達に役立てたいと意欲満々らしい。
僕のミンティアもそうだけど、女性は目標を持つと男よりずっと強くなるよね。貴方も負けないでくださいよ」
アルディンとジャクリーンは生まれながらの婚約者同士だった。
母親同士が親友であり、代々宰相を務める名門侯爵家の娘で釣り合いが良かったからだった。
もちろんまだ幼すぎたので、学院に入るまでは仮という文字が前に付く婚約関係だったが。
彼らは物心付く前から一緒で、まるで兄妹か幼なじみのように育ったために、恋愛関係にはなれなかった。
それでも互いを思い合い、助け合い、励まし合う同志だった。二人は一生添い遂げると信じて疑わなかった。
しかしジャクリーンの両親が大罪を犯した。国家転覆罪、王族である王子への度重なる暗殺未遂、及び高位貴族の令嬢の学院内での暗殺未遂教唆……
どれ一つとっても極刑を言い渡されるのが当然の重罪だ。いくら彼女本人に何一つ罪がなかったとしても、王太子妃でいられるわけがなかった。
ひと昔前のような連座制はこの時代にはもうなかった。
それ故にカーギリス侯爵家と夫人の実家の公爵家、そしてその親族の三つの貴族の家は取り潰しになり、それぞれの当主夫妻は極刑になったが、事件に直接関与していなかった者達まで罪を問われることはなかった。
ただこの五つの家の者達は、爵位や全財産を国に召し上げられて、皆平民に落とされたのだ。
これはある意味、犯罪者として大きな罰を与えられたのも同然だったかもしれない。
ジャクリーンもそうだった。
しかし彼女はそのどん底から立ち上がろうとしていた。年下の友人の手を借りて。
その友人は、自分にはもうなにもない、なにもできないと言って泣く彼女にこう言ったのだ。
「貴女になにもないわけがないでしょう。何十年ぶりかで女性として生徒会役員になり、立派にその役目を遂行しつつ優秀な成績であの学院を卒業したのですよ。
貴女の知識量に勝てる人などそうそういません。そんな方なら王太子妃でなくてもその知識や経験、能力を発揮できる場所がきっとあります。
でも、いつまでも泣いて目と耳を塞いでいたのではそれは見つかりませんよ。
貴女は私の憧れの女性で目標でした。
しかしそれは貴女が王太子殿下の婚約者だったからではありません。ジャクリーン様がジャクリーン様だったからです。
変わり者、塩令嬢と避けられていた私を、ありのまま受け入れて、みんなに溶け込めるようにさり気なく導いてくださった。
そして、私が魔術大会に参加しようとしたときも、貴女ならできる、信じてるわと応援してくださいました。
他の方は女のくせに生意気だとか、女なんかに魔物は倒せないとか、無謀だとか、死にに行くつもりかとか、笑ったり、侮蔑したり、憐れんでいたのに。
私の住む辺境地では、女性だって魔物と立ち向かわなければ生きていけない、その事実を彼らは知らないのです。
そんな辺境に住む者達によって、王都や他の土地の人々が平和に暮らせているのだということも。
でも、貴女だけはそれをちゃんとご存じでした。そして私がそのために日々の鍛錬をかかさなかったことも。
それらを全て知った上で応援してくださっていた。そのことが、私はとても嬉しかったのです」
「でも、私は知らなかったわ。両親のしていたことを。あの人達が考えていたことも。
まさか母が王妃殿下に嫉妬し、彼女に負けたくないがために私をアルディン様の婚約者にしただなんて。
そして私を王妃にするために、父がラフェール殿下のお命を執拗に狙っていたことや、貴女を殺そうとしたことも」
泣きながらそう主張するジャクリーンに、後輩の友人はこう言った。
「知らなくても当然ですよ。貴女は立派な王妃になるために、アルディン殿下のお役に立つために、お妃教育や生徒会活動、そして福祉活動に励んでいて、ご両親とは滅多にお会いできなかったのですから。
彼らの動向は自分が監視し、把握すべきだったと、王妃殿下はずっと後悔なさっているそうですよ。
実の娘のように思ってきた貴女を不幸にしてしまったと、泣いていらしたと聞きました。
それでも、自分の過ちから目を背けるわけにはいかない。重い罪を背負って、これからも王妃としての責務を全うするとおっしゃったそうですよ」
「私は王妃殿下にとても良くして頂きました。実の母より長い時間を過ごし、多くのことを教えて頂きました。
王妃殿下のせいで私が不幸になったなんてことは絶対にありません」
「それではジャクリーン様がお幸せになって、それを王妃殿下にご覧になってもらうしか、納得してもらえませんよね」
「でも私一人では無理だわ。助けてもらえるかしら?」
「ええ、もちろんですよ」
以前塩令嬢と呼ばれていた下級生は、本来のふんわり柔らかな微笑みを浮かべながら、そう答えたのだった。
✽✽✽
ラフェールから元妻の話を聞いたアルディンは驚愕し、涙を流した。
そしてその後、彼女の罪悪感を減らすためにも、彼女に負けないように自分も前向きに生きなければと決意した。
「叔父上の手を借りずに、早く任をこなせるよう頑張ります」
「そうしてくれると助かります。一応僕はまだ学生なので」
年下の叔父の言葉に、アルディンはようやく笑みを浮かべたのだった。
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