第4章 追っかけ
「だけどさ、四大会のうち、最後の魔術対戦の予想が一番難しいらしいぜ。
選手の魔術量や学院の成績なんて、実践ではほとんど役に立たないっていうし。
それで、一体誰を選べばいいの? やっぱり第二王子殿下?」
「第二王子殿下は二位だな。彼は王族だから魔力量が多いし、アウトドア派で森へ魔物狩りに行くのが好きだというから、実践経験も豊富みたいだし」
いつものこととはいえ、ラフェールの情報力にハビットは目を丸くした。
「それならやっぱり殿下が優勝するんじゃないの?」
「いや。王子より凄い人物が参加する」
ラフェールにそう言われて、食堂の壁に貼られた冬の魔術大戦のポスターに目をやった。
しかし参加者の名前は全て上級生で、まだ一年生のハビットには一体誰がその凄い人なのかさっぱり見当がつかなかった。
「ねぇ、焦らさないで教えてくれよ? 誰が凄い人で優勝候補なの?」
「二年生のミンティア=キシリール嬢だ」
「ミンティア=キシリール嬢って、生徒会役員で才女だと有名なあの塩令嬢?」
ハビットのその言葉にラフェールは眉を釣り上げた。
「確かに才女だということは間違いない。しかし、塩令嬢だなんて失礼なことは言うな。
大体君が要望した魔物の森の中に家庭菜園ならぬ学院菜園を造るっていう件が容認されたのは彼女の尽力のおかげなんだぞ!
名門校に菜園なんて貧乏くさいものを造るなんて品位が下がるって、学側院やOBからも苦情が殺到したんだ。
そんな中で君の要望のために動いてくれた生徒会役員は彼女だけだったんだからな。それなのになんて恩知らずなんだ!」
「そ、そんなに怒るなよ! 知らなかったんだから。要望が通ったことにはそりゃあ感謝しているさ。
だけど、夕方までしか作業しちゃ駄目だなんて厳し過ぎるよ。
自分達で野菜を育てて腹を少しでも膨らませるために、もっと収穫量を増やしたかったのに」
「何言っているんだ! あそこは夜になると魔物が出るんだぞ!
だから危険だから夕方までに制限しているんじゃないか」
「魔物?」
ハビットは喫驚した。確かに学院の西側に広がる広大な森は『魔物の森』と呼ばれているが、それは大昔に魔物がいたからであって、今はもういないものだと思っていたのだ。
「確かにあの森にいた魔物達は百年ほど前に絶滅されたよ。
だけど、十年くらい前から、比翼魔物の寝所になったんだ。だから、日が暮れると戻ってくるんだよ」
知らなかった真実にハビットは今更ながらに震えた。確かに夜間はあの森には侵入するなと、舎監からは注意されていたが。
「確かに君は優れた魔力感知能力を持っているから、危険から逃れられるかも知れないが、君以外の生徒達は危ないだろう!」
「いや、僕だって危ない。僕は攻撃魔法なんて使えないもの。重ね重ねごめん。僕って本当に無知過ぎる」
「僕に謝ってどうするんだよ」
「それはそうなんだけど、本人に謝りに行ったら寧ろ失礼じゃないか。
ミンティア=キシリール女史は命の恩人だ。今度は絶対に彼女に賭けるよ」
「それじゃ詫びにならないだろう? 却って君が得するだけなんだから」
ラフェールにこう言われてハビットはしみじみと彼の顔を見ながらこう尋ねた。
「ねぇ、何故そんなに君はミンティア=キシリール女史推しなの?
というか、どうしてそんなに女史について詳しいの?
彼女は先輩だし、君は生徒会に入っているわけでもないし、接点なんかないよね。
それなのに色々と情報を持っているなんて、彼女の追っかけでもしているわけ?
あはは、自分で言って何だけど、そんなことあるわけないよな。引く手あまたの学院一のアイドルが、一人の女性を追い回すなんてさ」
自分で言っておきながら、自分の考えをすぐさま否定したハビットだったが、ラフェールはニッコリ笑ってこう答えた。
「よく分かったね。その通り!
僕はミンティア嬢の信奉者で隠れ追っかけだよ」
「えっーーーっ!」
ハビットは絶叫した。それは広い食堂中に響き渡るような大声で。
しかし、ラフェールが盗聴防止の魔導具を置いていたので、一切周りの人間に聞かれることはなったが。
「君が追っかけ? なんでそんなこと。君が申し込めば彼女だって付き合ってくれるだろうに」
ハビットの頭は混乱した。何故彼がそんな真似をしないといけないのかが全く理解できなかった。
すると、ラフェールはため息を吐きながらこう言った。
「いやね、僕だって本当は隠れ追っかけなんかしたくないんだよ。だけどバレたら彼女に怒られるじゃないか!」
「怒られるとかそういう問題じゃないよ。先生方にバレたら懲罰もんだよ。嫌がる女性を追っかけ回すなんて。
そんなことをされたら女性は怖くて堪らないよ」
「彼女は怖がりはしないよ。強いから。それに確かに嫌がってはいるが、最終的には僕を許してはくれると思うんだ。何だかんだ言って彼女は優しいから。
だけど、これがバレたら周りが五月蝿くなって、彼女に迷惑がかかると思うから、細心の注意を払って追っかけをしているんだ。
僕は君を信用しているから、君だけに話したんだよ。誰にも言わないでよね」
確かにラフェールほどの魔力持ちなら、周りに分からないように女性を追いかけ回すなんて簡単だろう。色々な魔導具も持っているし。
しかし、やっていることは犯罪だ。いくら友人だからといって、それを見逃していいものなのか?
命の恩人が危険にさらされているのに、見て見ぬ振りをしていいのか?
本当に友人だと思うのなら、やはり犯罪は止めた方がいいのではないか?
そしてもしそれが無理なら……
ハビットが苦渋に満ちた顔をして悶々としていたら、ジト目をしたラフェールにこう問いかけられた。
「ねえ、先生に通告するつもり?」
「えっ? いや、そんなことをしたくない。だから……」
「なんか変な誤解をしていないかい?
まさか僕のことをストーカーとか思っているわけじゃないよね?
勘違いされると困るから言うけど、僕の追っかけは半分ミアも諦めて承認してくれているんだぞ」
「えっ? 何故?」
「なぜって、僕達が婚約者同士だから」
「えーーーっ!」
ハビットは再び絶叫した。
「君は自分の婚約者の隠れ追っかけをしているのか?
というより、ミンティア=キシリール女史が君の婚約者だったのか?
てっきり君の婚約者は辺境の地で、君の帰りをただひたすらいじらしく待っているのだと思っていたよ」
「なんで?」
「なんでって、みんなそう思っているよ。君に婚約者がいると知ってから。
君が言ったんじゃないか、婚約者には滅多に逢えないから辛いって。だから毎週手紙を出しているって。
ああ、ラフェールの婚約者は年下で、また学院に入学していないから遠い領地にいてなかなか逢えないんだなって。
男子はみんな君に同情していたし、女子はチャンスとばかりに君に猛烈アピールしていたじゃないか」
「なんでチャンスだなんて思うんだよ。婚約者がいると言っているのに」
「いや、離れている婚約者より、いつも側にいる自分達の方が有利だと思っているのじゃないのか?
ほら、遠距離恋愛って難しいって言うし。僕は君ならそんな不誠実なことにはならないと思っていたけど」
「そうだとも。僕はミア一筋だし、ミアが先に入学した時だって、彼女が浮気するなんて一ミリだって疑ったことはなかったよ。
確かに彼女が他所の男に好意を持たれてしまうんじゃないかって、そのことだけは心配だったけれど。
週末ごとに瞬間移動してミアを見に行っていたのだって、別に浮気を疑っていたわけじゃなくて、ただミアに逢いたかっただけなんだから」
ラフェールのこの言葉にハビットは、今度は驚くよりも完全に引いた。
隠れ追っかけは、この一年じゃなく、入学前からやっていたのかと。
そしてあの遠い、そう馬車で五日はかかる辺境の地から瞬間移動って、どんだけ凄い奴なんだと。
「ねぇ、入学前はともかくさ、何で今も毎週手紙書いているのさ?
すぐ近くにいるのだから直接言えばいいじゃないか」
ハビットは至極真っ当なことを言ったのだが、ラフェールは分かってないなぁ〜という顔をした。
「それができるくらいなら、そもそも隠れ追っかけなんかしていないよ。
ミアはさ、僕と婚約していることを周りの奴らに知られたくないんだ。
誤解するなよ。それは彼女が僕を嫌いだからとか、いずれ婚約破棄するつもりだから人に知られたくないからって訳じゃないんだ。
僕と婚約していると分かったら騒がれるだろうって、それを嫌がっているんだ。
どうもミアが彼女の姉や妹につまんない恋愛小説読まされたみたいでさ」
ラフェールによると、ここ最近巷で流行っている悪役令嬢物と呼ばれる恋愛小説を読んだミアことミンティア女史が、都会のご令嬢方に恐れを抱いてしまったのだという。
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