第39章 候爵夫人の嫉妬
卒業を祝う会に最後まで残っていたのは、ラフェールとミンティアとハビットの三人だった。
おそらく他のメンバー達は、各自の部屋で二次会を楽しむことだろう。明日からは二か月にも及ぶ学年末の長期休暇に入るので、それぞれ故郷に帰ることだろう。
「それにしても、あのときほど自分が凡人で良かったと思ったことはありませんよ」
ミンティアの方を見ながらハビットがこう呟いた。
「あのとき?」
「カーギリス侯爵夫妻の調書の内容を聞かされたときですよ」
ハビットはあの王宮のサロンの断罪の場に同席していたのだが、まさかカーギリス侯爵夫妻の取り調べにまで立ち合うことになるとは思わなかった。
「いずれ君もこのような場に無縁ではなくなるだろうから、なんでも経験だよ」
と近衛第一騎士隊の副隊長を務めるシード二ー=モンドレイカー侯爵令息に、無理矢理参加させられたのだ。
間違っても近衛騎士隊になんか入らない。こう言ってはなんだが、自分は平和でのんびりした、日の目は見ないが縁の下の力持ちで国を支える部署がいい、そう思っているのに。
それを言ったら、今回の事件の舞台裏を見てしまった以上それは無理だろう、とラフェールに鼻先で笑われてしまった。
最初から自分を巻き込むつもりだったのだなと、彼は見た目天使の策士を睨みつけてやった。
しかも彼は用意万端だ。
「休暇中に君のご両親に挨拶をしに伺うと手紙を出しておいたからね」
と先手を取られていた。しかも、なんとただの友人ではなく、王弟としてそれを出したと言われてはお手上げだった。それは単なる手紙ではなく公式な通達だ。
「なんで皆様、こんな凡人の僕をそんなに引き入れたいんだろう? 僕はラフェールの恐ろしさを誰よりもよく知っているから、あの国を揺するがす事件のことなんて、死んだって話さないし、絶対に逆らわないのに。
それこそ契約してもいいよ。さすがに契約魔法は結びたくないけど」
「ストッパー役は一人より二人の方が安心なんでしょ」
ミンティアのこの言葉にラフェールはむくれた顔をして、二人のことをただのストッパー役だなんて思っているはずがないだろう、と言った。
すると、ハビットはため息をつきながら、
「たしかにぼくなら危険な嫉妬心や、無駄なコンプレックスなんて持ちようがないもんな。その点では安心要素かも」
「それは私にも言えるわね。
それにしても、たしかに私もカーギリス侯爵夫妻の調書読んで震え上がったわ。
子供のころからそんな黒い感情を持ちながら、それを隠し続けてきたなんて、ある意味凄すぎるわ。怖いわ。高位貴族って」
ミンティアは大袈裟ではなく本気で震え上がった。
カーギリス侯爵は学院時代からずっとミンティアの父であるカインツと、ラフェールの育ての親で伯父であるフーケッドに、酷く嫉妬し、並々ならぬライバル意識を持っていた。
多くの学生達のように彼らは別格だと諦めてしまえば楽だったのに、どうしてもその無駄なプライドを捨てられなかった。
しかし、二人と辺境の地へ行って顔を合わすこともなかったので、時たま彼らの大々的な武功の噂を耳にしてムカつきはしたが、それ以外では彼らを思い出すこともなくなった。
自分も結婚して子供を二人持った時点で侯爵の地位を継ぎ、まだ先代の父親からの援助をうけながらも、宰相の地位にも就いて毎日が充実していたからだ。
そして下の娘に、なんと王太子殿下との婚約の話が持ち上がり、侯爵は自分はあの二人に勝ったと、薔薇色の将来を夢見た。
娘のジャクリーンは魔力量があまり多くないことで、この婚約には仮がついていだが、殿下の弟であるエンドゥー殿下に強い魔力量の多い相手をあてがわなければ問題ないと安心していた。
ところが、なんと前国王が再婚して王子が生まれてしまった。しかも魔力無しだと安心し切っていた王太后は、なんと膨大な隠れ魔力持ちだった。
それ故に生まれてきた王子も信じられないほどの魔力持ちの赤ん坊だった。
その事実は密かに離宮に忍び込ませていた侯爵夫人の手の者から知らされた。
かつての敗北の苦い経験があり、侯爵よりも夫人の方が用心深く慎重な性格だった。そのために、早くから実家に繋がる者達を使用人として離宮へ紛れ込ませていたのだ。
つまり離宮における様々なラフェール暗殺未遂は、最初のうちは夫人主導で行われていたのだった。
✽✽✽
カーギリス侯爵夫人と王妃は、幼なじみで親友で、そして全てのことにおいてライバルでもあった。
どちらも勝ち気で負けず嫌いの努力家で、とてもよく似ていた。なんにおいても競い合っていたが、それを周りは微笑ましく思っていた。
二人はやはり同じ幼なじみの当時の王太子に恋をしていた。見目麗しい上に優しく、とても優秀な王子に。
世間ではこの二人のどちらかが婚約者に選ばれるだろうと噂をしていた。そして彼女達も互いに自分が選ばれるだろうと思っていた。
そして結果的に選ばれたのは侯爵令嬢だった。彼女の魔力がかなり強かったからだ。
公爵令嬢はその事実を受け入れられなかった。魔力以外は同等の力を持っている。
しかも気の強い彼女より自分の方が人気が高いし、最高位の公爵令嬢なのだ。魔力が高いといったって、平和なこの時代にそれほど重要ではないではないか!
彼女は憤ったが長老委員会の決定を今さら覆せるはずがない。
泣きわめく娘に公爵夫妻はこう囁いた。
「ここでただ泣き喚いているだけでは、ただの負け犬だ。そんな娘に育てた覚えはないよ。
勝負は最後までわからない。これからじっくり計画を立てて、あの侯爵の娘に吠え面をかかせてやろう」
その後彼女は、カーギリス侯爵の嫡男と結婚した。王太子妃になるつもりだった彼女が、自分より格下の侯爵家に嫁ぐことに、些か対抗はあった。しかし宰相といえば、実質上この国を支配しているのも同然だと思えば溜飲も下がった。
そして王家と姻戚関係になるためには子供が必要だと、夫に尽くし、従順な振りをした。そのために夫婦関係は円満で、二人の息子と待望の娘をもうけた。
しかも娘のジャクリーンは王太子殿下の第一王子と同じ年に生まれたのだ。これは天啓に違いないと侯爵夫人は思ったという。
その後の取り調べでわかったことだが、そもそも娘を王太子妃にしたいと言い出したのは、やはりカーギリス侯爵夫人の方だったらしい。
ジャクリーンの魔力量が少ないことを危惧する声もあったが、今は平和な世の中であり、騎士団や辺境伯によって国の守りも強固であるのだから問題はないという、王妃と宰相に国王が押し切られたのだった。
しかし宰相である侯爵は、その平和を守る辺境伯領内に自ら暗殺者を送り込んだり、元王弟であるグスタフが内乱を企んでいたこも見抜けなかったのだから、この国をいったいどうしたかったか、全くもって理解できない。
たとえ国が潰れても、そのときまで好き勝手ができればいいという、享楽主義だったのだろうか?
国王アスラードは末弟のラフェールの命が狙われていることに心を痛め、密かに調査を続けていた。
しかしそのことを妻である王妃や宰相には秘密裏に進めた。王家の中に関与する者がいるかもしれないと案じたのだ。
しかし、その後辺境伯城襲撃事件が起こり叔父グスタフの容疑が固まったことで、彼の中で叔父以外の身内を疑う気持ちが薄れてしまった。
だからこそ自信を持って誓約魔法を結んだのだ。たしかに王家には叔父以外の裏切り者はいなかった。
しかし身内同然の者の中に悪魔がいつの間か巣食っていたことに、国王は気付けなかったのだった。
「王妃様のことなんて、一度も親友だなんて思ったことはなかったと、侯爵夫人に言われて、さすがの王妃殿下もその場で気を失ったんだって?」
「ああ。鬼の霍乱?」
ラフェールの言葉に流石にそれはひどいんじゃないかと、ミンティアとハビットは思ったが、それは口にしなかった。
なにせラフェールは今回の最大の被害者なのだ。王妃が私的な感情など捨てて、冷静に俯瞰的に物事を判断できていたら、こんな最悪なパターンにはならなかったかもしれないのだから。
そう彼らは思った。
そしてそれと同時に、侯爵とは違い、夫人の方には友人に対して情みたいなものが、僅かでもあったような気がしたミンティアだった。
もしそうでなかったら、これまで友人の演技を完璧にこなしてきた彼女が、わざわざ相手の怒りを増幅させるような物言いはしないだろうと。
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