第37章 逆恨み
カーギリス侯爵は幼いころから神童だと呼ばれていた。その上名門侯爵家の嫡男で見目麗しく、いずれは王太子の側近としてこの国を支える重鎮になるだろう。そう周りの者達から囁かれ、本人もそうなれるという自信を持っていた。
そろそろこの国を魔力や武力ではなく、知力と交渉力で守るべきだという父親の考えに賛同し、自分の時代でそれを達成してやると意気込んでいた。
ところが学院に入学してみると、自分は神童でもなく、選ばれし者でもなかったことを知った。
彼は魔術や剣術だけでなく、勉学においても何一つ一番になれなかったのだ。いや、次席にすらなれなかった。
まあそれは生まれた年回りが悪かったともいえるのだが。なぜなら同じ学年に、滅多に現れないだろう超人的な人物が、よりにもよって二人も在学していたからだ。
それがカインツ=コーシング(現キシリール)とフーケッド=ラリウルだった。
どれくらい優秀だったのかというと、彼らの在学した三年間、学院の四大イベントの全てにおいて、その一位と二位は彼らのどちらかがなっていたほどだ。そしてそれは試験も同様だった。
つまり勉学や運動能力、魔力、音楽、芸術、そして容姿においても彼らは特出していて、彼らを追従できる者など誰一人存在しなかったくらいだ。
カーギリス侯爵が唯一勝てたのは、爵位くらいなものだった。フーケッドは名門辺境伯家の嫡男だったので同等だったが、カインツは貧乏子爵家の次男だったからだ。
しかし腹立たしいことに、カインツは爵位などに全く興味を示さなかった。侯爵家を含む高位貴族家からの養子の話を全て断り、卒業した途端にど辺境の貧乏伯爵家の跡取り娘と婚約してしまったのだから。
しかも王家や王城の大臣達からも目をかけられ、残留を希望されながらも、婚約者の卒業とともにわずか二年で官職を辞めて、辺境地へ行ってしまった。
そう。自分が望んで止まなかったものをいつも簡単に手に入れておきながら、それをあっさり手放して目の前から消えてしまった。
これから先たとえ社会的に高い地位に就けたとしても、それではあの男に勝ったことにはならない。いつまでも敗北したままなのだ。
そう思うとカインツが憎くて憎くてたまらなかった。そしてそんな男に唯一認められているフーケッドのことも。
それでも父親の爵位を継ぐとともに、宰相の地位にも就き、娘が正式な王太子妃になったことで、ようやく二人への劣等感が薄まってきた。そのとき、あのエンドゥー第二王子の爆弾発言があったのだ。
「何をやっても私はあの男には勝てなかった。しかし私は宰相となり、いずれ娘が王妃になってその子が王位に就けば、外祖父としてこの国を牛耳ることができる。そうすれば、あの男の上に立つことになれる、そう思っていた。
それなのに、その地位まであいつは私から奪おうというのか!」
彼は頭に血がのぼり、冷静な判断ができなくなった。そしてこれまでも時々愚痴を言い合う仲間を呼び出して怒りを吐き出した。
すると彼らもそれに同調し、カインツに恨みを持つ他の人物を紹介してくれた。それがミンティアを狙撃した三人で、彼らもやはり元同級生の騎士クズレだった。
カインツは下位貴族の自分達の憧れで希望だったのに、あっさりと約束されていた地位や名誉を捨てたことに腹を立てていたのだった。
カインツとフーケッドは彼らに対して酷いことなど何一つしていなかった。いじめたことも、からかったことも、蔑んだことも、無視したことも。
それ故に、自分達が恨まれ憎まれているなんて思いもしなかったし、容疑者リストの中に彼らの名前は一人も入っていなかった。
だからこそ、ミンティアを狙った暗殺者達から依頼人とその犯行に加わった理由を訊いたとき、二人は驚きを隠せなかったのだ。
そして自分のせいで何も罪のない娘が殺されかけたのかと思うと、カインツは胸が張り裂けそうになった。もちろんカインツにもなんの罪もなかったのだが。
口を塞ぐモノが外された途端に、カーギリス侯爵は学院時代からの積もり積もった恨みごとを、これでもかというように吐き出した。
その全てがお門違いで独りよがりなものだったが。
喚き過ぎて苦しいのか、ゼーゼーという侯爵の荒い呼吸がサロンの中で響いていた。床に蹲っている王太子妃の嗚咽声とともに。
「皆さんのことですから、全ての証拠や証人は揃えているのですよね?」
全て確認済だと思いながらも、形式的に王太子が尋ねると、近衛第一騎士隊副隊長のシード二ーが「はい」と返答した。
「昨日の実行犯三人だけでなく、彼らに直接指示した侯爵の友人数名、離宮に入り込んでいたカーギリス侯爵夫人の親族、そして侯爵夫人を逮捕して身柄を拘束して自白剤を飲ませ、証言をとりました。それらは全て魔道具で録音してあります。
また、使用人からの聞き取りもすでに終了しております」
王太子はそれを聞いて頷くと、今まで誰も耳にしたことのない冷たい声で義父にこう言った。
「最初にあなたは私のためにやったのだと言いましたよね? 叔父への度重なる襲撃だけでなく、今回のミンティア嬢の襲撃も私のためだと言うのですか。
おぞましい。私の身内や大切な後輩を殺すことが私のためだなんて、よくそんな世迷い言が言えますね? ふざけるな!
あなたはただ自分の野望を叶えるためだけにやったのでしょう?
傀儡政権を作って、自分の思うがままに国を操りたかっただけですよね?
さっきご自分で国王の外祖父になるのを邪魔する者は許さないと言ってしまったのだから、今さら誤魔化せませんよ」
「違います。たしかに権力を持ちたいとは思っていましたが、それは私利私欲のためではありません。
アルバート陛下とアスラード陛下のおかげで、我が国は平和になりました。
それ故そろそろこの国を魔力や武力ではなく、知力と外交による平和的な力で守るべきだと思うのです。そしてそれを実践したいと述べただけです」
「語るに落ちたとはお前のような人間を言うのだな。平和的な力でこの国を守りたいなどと綺麗事を言っておきながら、魔力持ちを利用して政敵を殺そうとするだなんて。
何が平和になったから文官が上に立つべきだだ!
この国が今平和でいられるのは、辺境にいる多くの騎士達が睨みを利かせているからだ。
そんなこともわからず、よく宰相になれたものだ。世襲制も考えものだ。これからはそれらのことも改革しなくてはいけないようだ。
それにしてもお前の劣等感の強さにはさすがに引いた。恐れを成したぞ。
キシリール伯爵が目の前からいなくなったとき、これは物怪の幸いだと喜べるくらいの図太さがないと上に立つべきではない。
それが見抜けなかった自分が不甲斐ない」
アルディン王太子に代わって国王アスラードがこう言い放った。
そして次に国王の父親であるアルバートが低い声で言った。
「私は、私の言葉を信じなかったお前を絶対に許さない。私ははっきりと宣言したはずだ。ラフェールには王位継承権を与えぬと。私はせっかく平和になったこの国を勢力争いなどで乱したくなかったからだ。
それなのに一人勝手に疑心暗鬼になって、王族の暗殺を企てるとは天をも恐れぬ所業だ。
お前のせいでどれほどの人間が命を落とし、人生を狂わせたと思うのだ。しかも自分の妻子や親族まで地獄に引きずり込んだのだぞ」
カーギリス侯爵はハッとして泣き崩れている娘を見た。そしてようやく我に返ってこう叫んだ。
「陛下、お許しを!
ジャクリーンは何も悪いことはしていないのです。あの子は何も知らないのです。
あの子はただこれまで、少しでもアルディン殿下の、この国の役に立てる人間になろうと、真面目に一生懸命に努力してきただけなのです。どうか、娘にだけはお慈悲を。お願い致します!」
するとアルバート陛下は言った。
「私の息子もそれこそ何一つ悪いことをしていなかったのに、生まれてすぐに生命を狙われたのだぞ。そして実の両親から引き離されたのだ」
「そう。そして私の娘はその煽りを受けて罪を犯して、家族と離れて暮らすことを余儀なくされた。その時の私の妻の気持ちがお前にわかるか? それを申し訳なく思う私やラフェールの切なさがわかるか?」
ラリウル辺境伯もこう言った。そして最後にキシリール伯爵が、
「私の娘のミンティアも婚約者のラフェール様を守るために強くなりたいと、ただそれだけを願って、学院で寝る間も惜しんで頑張っていたんだよ。お前の娘と同じようにね。それこそ何一つ悪いことなどしていない。
その娘をお前は殺そうとしたんだよ。なぜだ? 娘は王太子妃の座など望んだこともないのに。ただ、婚約者と家族と辺境地を愛して守りたかっただけなのに……」
こう言って、大粒の涙を零した。
そしてその後は誰も何も言えなかったのだった。
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