第36章 黒幕ーその2
近衛騎士のシード二ーが徐ろに立ち上がると、サロンの隅の方に向かって歩いて行き、クローゼットの扉を開けた。
するとそこには宰相のカーギリス侯爵が椅子に座っていた。
いやただ座っているのではなく、何か目に見えないもので体を椅子に縛り付けられているのは一目瞭然だった。そして言葉も発せられないように魔法をかけられているようで、唯一動かせる目だけをギョロギョロさせていた。
「お父様!」
ジャクリーン王太子妃が悲鳴を上げた。そしてアルディン王太子も慌てて立ち上がり、義父の下に駆け寄ろうとしたが、それを王妃の厳しい目で制止させられた。
「よくも私の娘と息子の命を奪おうとしたな。この報いはきちんと払わせてやるぞ。どうだ、その拘束具は。プライドの高い宰相様のために人目には見えないようにしてやった。感謝しろ」
キシリール伯爵はかつての同級生を睨みながら言った。
「お前だけのために二度も状況説明してやるのも面倒だったから、この場に呼んでやったんだ。感謝しろよ。
今までの話を聞いていてわかっただろう? お前がいかに無意味で無駄で身の程知らずの計画を立て、それを実行しようとしていたのか」
ラリウル辺境伯にこう言われて彼に目をやった宰相は、彼の隣に立っていたその息子と目が合って、声は出ずとも悲鳴を上げたのがわかった。
いくら解任されたとはいえ、かつてこの国最強と呼ばれる影集団を僅か七歳のときに、たった一人で倒したほどの魔力持ちが、憎しみの炎を燃やして睨み付けていたのだから。
カーギリス侯爵は宰相として、当然九年前に辺境伯城が騎士団に紛れ込んだ暗殺者集団に襲われたことは知っていた。そしてそれが影クズレだったことも。
しかし、それを退治したのはこの国最強を誇る辺境騎士団だと思っていた。いくら強力な魔力持ちとはいえ、まだ幼い子供にそんな力があるとは夢にも思っていなかったのだ。
たしかに森の中で魔物狩りをしているときに暗殺者を何度も送りつけたのに失敗に終わっていた。
しかも、依頼した者達は誰も戻って来なかったので、その詳細はわからずじまいだった。
その後ラフェールがキシリール伯爵家の嫡女と婚約したことを知って、それ以上手を出すことは止めた。しかしそれは、決してラフェールの力を認識していたからではなかった。
もしきちんと彼の能力を把握しておけば、間違ってもミンティアには手を出さなかっただろう。
そしてこんな惨めな思いはしなくとも、病死あたりで収めてもらえたかもしれない。
カーギリス侯爵は学生時代からずっと変わらず、他人だけでなく己の力量不足を認識できない哀れな男だった。宰相としては不適格者だったのだ。
「本当に貴方が私の、お、叔父を殺そうとしていたのですか? 宰相である貴方がどうしてそんな真似をしたのですか?」
王太子が未だに信じられないというようにこう尋ねたので、キシリール伯爵がカーギリス侯爵の口元に人差し指を向けた。
するとその部分の拘束が解けたのか、彼は勢いよく咳き込んだ。そしてまだ苦しげにゴホゴホさせながら叫んだ。
「私はこの国のため、いいえ貴方のためにしたのですよ、王太子殿下!」
「私のためとはどういうことですか?」
「そちらにおられるラフェール殿下は、お生まれになってすぐに強力な魔力があることがわかりました。それはアルバート陛下やアスラード陛下を凌ぐほどです。
アルバート前国王陛下はお子様に皇位継承権は与えないとおっしゃいました。しかし、そんな言葉は信じられなかった。王家は魔力量、あるいはその強さで後継者を選ぶのですから。
超人的な能力を持つラフェール殿下を推す者達が増えれば、きっとアルディン殿下ではなく彼が王太子に選ばれるに違いないと思ったのです。
だからそれを阻止したかったのです」
彼の言葉にようやくハビットとエンドゥー、そしてアルディン王太子も全てを理解したのだった。
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カーギリス侯爵は国のためと言いながら、単に自分の娘を王太子妃、そして将来の王妃にして、自分は国王の義父、やがて孫が生まれればその祖父として実権を握りたかった。そのためにその地位を脅かす存在になる可能性のある赤子を殺そうとしたのだ。執拗なまでに。
ところがその王子は何をやっても始末できなかった。彼は焦っただろう。しかし、彼が婿入り前提の婚約をしたと聞いてホッとした。これで間違いなく娘の婚約者が王太子になるだろうと。
カーギリス侯爵の娘のジャクリーンとアルディン王子は生まれながらの婚約者だった。カーギリス侯爵家は代々宰相を務める、王家にとって最も信頼できる家であったし、彼の妻が王妃の幼なじみの親友であったため、王妃が望んだことでもあった。
もっとも二人がまだ幼いということもあって、当初この婚約はその上に仮がついていた。
なぜならアルディン王子の魔力量があまり多くはなかったからだ。その上ジャクリーンも魔力量が少なく、将来夫を補うだけの力がなかったせいだ。
ところが侯爵は当初そのことをそれほど不安には思っていなかった。
唯一のライバルになり得る第二王子のエンドゥーも、魔力量が多い方ではなかったので、こちらはどうにかできると思っていたのだ。魔力量の多いご令嬢との縁談を全て潰してしまえばよかったのだから。
ところが思いも寄らないことが起きた。それが前国王の再婚であった。
この時点で、侯爵はモヤモヤした不安を抱くようになっていた。
なぜなら王太后になった女性は、あの偉大な魔術師ばかり輩出しているラリウル辺境伯のご令嬢だったからだ。
いくら魔力量はゼロだと聞いていても、前国王陛下の魔力量が高い。もしかしてという可能性は完全には拭えなかった。
そこでいざというときにすぐに対処できるようにと、妻の身内を離宮へ送り込んだのだった。
そして結婚後に王太后はすぐに身籠った。前国王の喜びようは端で見ていても少し引くほどだった。
しかし年老いてできた子なのだから、それも当然だったのかもしれない。それにただでさえ子供好きな方なのだからと侯爵は思った。
前国王アルバートは子煩悩だった。三人の子供も、孫達にも深い愛情を示していた。それならば本当に愛した女性との間にできた子供ならなおさらだろう。
その後、カーギリス侯爵の悪い予想は当たってしまった。生まれたのは王子で、しかも強力な魔力持ちだという情報がすぐさま彼の元に届いたのだ。
それを聞いて彼はすぐさま行動に移した。しかし残念(侯爵にとって)なことに、代々宰相を務めてきた彼の家は、あまり武闘派との付き合いがなかった。
それは彼も同じ。剣術や武道などは男子の嗜み程度しか身に付けていなかったし、脳筋だと武闘派を見下しているきらいがあったので、そちらの関係の知り合いもいなかった。
それゆえに人伝で頼んだ暗殺者達はことごとく失敗した。これ以上しかけたら捜査の手が回ると一旦手を引いたところで、赤ん坊のラフェールは伯父であるラリウル辺境伯の元へ送られて、身代わりが第三王子として発表されたのだった。
その後も何度か暗殺者を送ったが、その者達からの音沙汰は一切なかった。そして例の辺境伯城の襲撃事件が起こり、どういう経緯かわからないが、ラフェールはキシリール伯爵家の嫡女となった次女と婚約した。
それを知ってカーギリス侯爵はようやく手を引くことにしたのだ。
その後、元々真面目で優秀だったアルディン王子とジャクリーンは、周囲からの評判もよく、学院在学中に婚約した。
そして卒業をしてすぐに結婚し、それと同時に王太子と王太子妃の地位に就いた。
第二王子エンドゥーは魔力量の高いシリカ嬢と婚約していたが、父親のボルディン侯爵の悪行をそれとなく把握していたので、これでアルディン王太子は安泰だと思っていた。
ところがだ!
一月前のあの魔術大会の表彰式でエンドゥー王子は、優勝して第一級魔術師の資格を与えられた令嬢にプロポーズしたのだ。
かつてその大会で優勝した女性はいなかった。つまり彼女は過去最高に強い魔術師ということだ。
その上かつての娘同様に生徒会役員までこなす才女だ。彼女が第二王子と結婚することになったら、誰がどう考えても王太子妃に相応しいと考えるだろう。
しかもその令嬢は自分の永遠のライバルであるカインツ=キシリールの娘だ。結局私は何をやってもあいつには勝てないのか? 冗談じゃない。あと一歩で頂点に立てるところまで上り詰めたというのに!
絶対にあの二人を結ばせてはいけない。結ばせてなるものか!
正気を失ったカーギリス侯爵は、ただ一人その場を去った。ラフェールがミンティアの婚約者だと名乗り出る前に……
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