第35章 黒幕その1
前章で、話の重要なポイントで、ラフェールとハビットの名前を間違えるというミスをしました。訂正しました。
アレ?と思われた方々、申しわけありませんでした。また、報告して頂いたことに感謝します。
「ミア、ハビット、君達を矢面に立たせるつもりはなかったのに、まるでふたりを囮にするような形になってしまった。本当にすまなかった」
怪しげな笑みを浮かべていたラフェールが、今度は急に眉間にシワを寄せ、切なげな顔を二人に向けて謝った。
我が身よりも大切な婚約者と、生まれて初めてできた親友を命の危機に晒してしまったことに、彼はひどく心を痛めていた。
「気にしなくていいよ。まさか学院内で襲撃してくるだなんて誰も思わないもの。本来あそこは王城より安全な場所と呼ばれているんだから」
「たしかにそうだが、いざとなったら瞬間移動して助けられると、どこかにおごりがあったのかもしれない」
「油断していたのは私も同じです。反省しています。ハビット様がいなかったら、間違いなく私は今ここに同席できていなかったでしょう。たとえ命があったとしても」
「いや、それはないと思うけど。だってラフェールには……」
ハビットはこの場で友の治癒魔法能力のことをバラしてよいものかがわからなくて、モゴモゴと呟いたので、ミンティアは彼が何を言いたかったのかわからなかった。
そしてミンティアの言葉を聞いたその場にいた者達は、全員が憤懣遣る方無い表情を浮かべていた。
「本当に君が側にいてくれたおかげで助かったよ、カンタール君。君のおかげてこの国の平和は守られた」
国王まで大げさだな。なぜこうもみんなして、こんなに自分を持ち上げるのだろうと、ハビットは喜ぶどころか薄気味悪くなった。何か計り知れない裏があるのではないかと。
彼らの丁々発止のやり取りをずっと聞かされてきた彼は、さすがに言葉の表面だけを素直に受け取ってはいけないと気付いていたのだ。
しかし国王はこう言葉を続けた。
「私は薄々とある人物に疑念を抱いていた。それなのに、今の安寧が続くのであればと、目を瞑っていた。その結果がこれだ。
カンタール君。君は自分の持つ能力の素晴らしさをまだよく理解できていないんだね。いとも容易く攻撃を避けられたから、やつらの噓を真に受けたみたいだが、あいつらは本気でミンティア嬢を抹殺しようとしていたんだ。
君が彼女を守ってくれなかったら、誇張表現ではなく、今我々がいる場所に城なんて立っていなかったんだよ、本当に」
「えっ?」
それはラフェールが怒りでこの城を破壊するってことかな……とハビットはそう理解した。たしかに彼ならそうするかもしれないし、実際にできるだろう。
それにミンティア嬢の父上のキシリール伯爵や義兄のモンドレイカー侯爵令息が加わったら、この周辺は見る影もないなと思った。
「学院で生徒を襲撃するだなんて、絶対に許される行為じゃない。それがたとえ未遂で終わったとしてもだ。
学院が危険な場所だと思われたら、貴族達は大切な子供達を預けようとは思わなくなるからな。
やつらも極刑を言い渡されるのがわかっているから、一縷の望みを持って君に嘘を吐いたんだよ。
そんな覚悟なら最初からそんな依頼を受けなければよかったのに。貧すれば鈍するということか。
まあ我々が、正直に話さなければ罰はお前達だけでなく親類縁者にも及ぶと脅したら、すぐに全てを吐いたが」
騎士団長のモンドレイカー侯爵の言葉にハビットは震えた。敵の言い逃れをそのまま信じた自分の甘さを知ったからだ。
そしてそのとき、ふとシリカのことを思い出したので、恐る恐るこう尋ねた。
「魔術対戦の表彰式のときに、ボルディン侯爵令嬢は婚約を破棄されて頭に血が上ったのか、魔力を暴走させて雷を落としましたよね? 配備されていた魔術師の皆様のおかげで怪我人は出ませんでしたが、一歩間違っていれば大変なことになっていました。
彼女はあれからどうなったのでしょうか? あれきり姿を見ないのですが」
「もちろん逮捕して裁判をしたよ。彼女は十八歳の成人だったからね、エンドゥー殿下とは違ってね。
本来学院内で攻撃魔法を使って怪我人や死人を出したら、普通なら即刻死罪だろう。
しかしまあ実際には怪我人も出さずにすんだし、彼女に計画性や殺意があったわけでもなかった。ただヒステリックになって思わず魔法を使用してしまっただけなので、矯正施設に強制的に入れたよ。魔力コントロールを学ばせるために。
そしてそれを完璧にマスターしなければ、彼女は外へは出られない。もっとも出たところで彼女の両親と兄は逮捕されて投獄されているし、実家は没落して無くなっているのだから、結局行くところはないだろうね。
だからおそらく彼女は、そのままそこで魔力を使う奉仕活動でもすることになるんじゃないかな」
騎士団長の言葉に、とりあえず死罪にはならなくてホッと胸を撫で下ろしだハビットは、その後すぐに本題について尋ねた。
「結局あの襲撃者達はいったい誰の命令でやったのかを白状したのですか? その黒幕はラフェールを殺そうとしていた人物と同じなんですか?」
「いいとこを突いてきたね。まさにそこがポイントだったんだよ。さすがだね、ハビット君」
騎士団長がニヤッと笑った。
「そもそも、なぜこれまでこの事件が解決できなかったのかといえば、それまでの犯人の行動に統一性がなく違和感があったからだ。
ところが、ミンティア嬢の襲撃事件で犯人を捕まえてようやく判明したのだよ。
ラフェール様へのこれまでの襲撃事件は、別の目的を持つ二つの組織が動いていたのだということが。だから犯行に統一感がなかったのだと。
今までの流れでわかっていると思うが、アルバート陛下の弟君であるグスタフ卿が、ラフェール様襲撃の命令を出していたことはすでにわかっていた。
そもそも、辺境伯城を襲ったのが影クズレということでバレバレだった。
しかし、最初に離宮で赤ん坊の命を狙った手口とあまりにも違うので、もし他にもラフェール様の命を狙っている者がいたとしたら、そいつらのことを取りこぼしてしまう。
だから安易に捕まえずに、グスタフ卿の方はわざと泳がせて見張っていたんだ」
「ということは、私が叔父やボルディン侯爵と連絡を取り合っていたことも最初から知っていたのだな?」
ネルビスが脱力しながら聞くと、モンドレイカー侯爵は頷いた。
「何か悪巧みをしていることはわかっていました。まあこちらとしてはラフェール様を亡き者にするって計画じゃないといいなと願っていたので、本当に良かったと思っていますよ」
「私だって、弟殺しだと疑われなくて良かったよ。しかし、叔父上だってそもそも単なる享楽主義者で戦闘狂ってだけだから、王室や国を混ぜっ返したいと思ってはいただろうが、本気で甥であるラフェールを殺すつもりはなかったはずだよ。
影クズレを使ったのも、単に彼の実力を確かめたかっただけだろうな。まさか全員返り討ちにあうとは思ってもいなかっただろう。
そしてそのせいで力による攻撃ができなくなって、ボルディン侯爵なんかとつるんだんだろうな。
しかし、離宮にいたころから命を狙っていた方は、叔父とは違っておそらく本気だったのだろうな」
ネルビスの言葉に皆が頷いた。
「我が城が襲撃される前も、魔物退治に出かけたときに、ラフェールは何者かに何度か襲撃されていた。そいつらは本気で息子を狙っていた。
とはいえ、やつらでは我々の敵にはなりえなかった。しかしそれもわからずに攻撃をしかけてきたのだから、暗殺者としてはかなり腕の劣る連中だったな。そのことも今になれば納得できるが」
辺境伯の言葉に前国王も同意した。
「ああ。あんな無能な連中に振り回されていたのかと思うと、腸が煮えくり返る。
離宮で襲ってきたやつらもだ。そもそも敵の実力さえ測れないレベルの人間が、我らに歯向かうとは愚の骨頂だ。よほど頭の中にウジが湧いているのだろう」
「いや、ウジというか羽虫だったから余計目に入らなかったのだと思いますね。小者過ぎて。まあ、学院時代からやたらいちゃもんをつけてきてうるさいやつでしたが」
前国王に続いてキシリール伯爵も、いかにも鬱陶しそうにこう呟いた。すると、
「本当にあれはウザかったですね。こちらは全く相手にしていなかったのに、勝手にライバル視されていい迷惑でしたよ。
私達は二人とも辺境の地へ引っ込むつもりだと言っていたのだから、実質自分が一番になれるってわかるでしょう? それならこちらを無視していれば良かったのに、あの男はプライドだけはむだに高かった。
しかし卒業後も、ずっとそれを引きずっていたとは思いもしなかったですよ」
と、伯爵の親友で学院の同級生でもあるラリウル辺境伯も、ため息を漏らしながらこう続けた。
「魔術や剣術の授業のとき、一度でいいから本気で相手をしてやっていたら、こんな阿保な真似はしなかったのかな? 大怪我させたら悪いと思って、本気を出さなかったんだが」
「そうかもな。アイツが死にかけても正規の授業中のことなら、こっちが責任取らされるわけでもなかったんだし。
でもさ、あんなやつに治癒魔法かけるのも面倒だと思ってたんだよな」
父親のキシリール伯爵とラリウル辺境伯のやり取りで、ミンティアにもその黒幕が誰なのかを察することができた。隣を見るとラフェールが頷いていた。
『この中でまだ黒幕に気づいていないないのは、ハビット様とエンドゥー王子とアルディン王太子だけね、きっと。
王太子妃のジャクリーン様はたった今気付いたみたいだし。お気の毒に血の気が引いた顔をして震えていらっしゃるわ。これから彼女はどうなるのかしら』
黒幕がわかってホッとすると同時に、憧れの先輩の今後を思うと、ミンティアはどうしようもない暗い気持ちになるのだった。
次章、ついに黒幕が登場します。
読んで下さってありがとうございました!




