第34章 弟の正体
「弟?」
「そう、弟だ」
「・・・・・」
ネルビスは視線を兄から父へ切り替えた。すると父は頷き腰を少し浮かせると、斜め前に座っているラフェールを抱きしめた。と思った瞬間に嫌がる相手に両手で押し返されて、ソファの背に倒れ込んだ。
「止めてください。僕を抱きしめていいのはミアだけです」
とラフェールは眉間にシワを寄せて言い放った。その言葉と態度は全くもって不敬だったが、それでも父は嬉しそうな顔をしていた。そして誰一人彼を咎める者はいなかった。つまり……そういうことだった。
この事実をエンドゥーと自分だけが知らなかったことに、ネルビスはショックを受けた。
しかし、兄のアスラードにこう言われた。
「お前がラフェールの正体を知らなかったということがわかってホッとしたよ。まあ、信じてはいたが」
「どういう意味ですか?」
「ラフェールはね、父上の子だということで赤ん坊のころから常に誰かに命を狙われ続けてきたんだ。だから身代わりを立てて彼をラリウル辺境伯の養子にした。
しかし、身代わりは無事だったのに、その後も本人は襲われ続けた。おそらく犯人は王族あるいは、その関係者で情報が漏れていたのだろう。
だが、お前はラフェールの正体を知らなかった。だから白だと証明されたってことさ」
「ふざけないでください。私が実の弟の命を狙うわけがないでしょう。しかも赤子の命を」
ネルビスは憤懣やる方ないといった様子で兄や父親を睨みつけた。すると、王家の血を引く全ての者とその縁者を全て疑わざるを得ない状況なのだ、と兄に諭されてようやく平静さを取り戻した。
「そもそもお前とエンドゥーがそちらの伯爵家令嬢に手を出したことで、こんな事態になったのだぞ。
キシリール伯爵家の婿入りの話が決まってからは、ラフェールの周りはせっかく落ち着いていたのに。
まあ、黒幕探しは引き続き調査をしていたのだが、もっと穏便に密やかに進める予定だったのだ。
ところが、今回の件でそんな悠長なことは言っていられなくなった。こんなに人目のつくところで騒ぎを起こされたら、たとえこの国や王家に大きくて深い傷がつくとしても、本格的に犯人探しをせざるを得ない。
なぜなら、彼女になにかあったらこの城は木っ端微塵になるだろうし、王家どころか国自体が消滅しそうだからな」
国王の言葉にネルビスは喫驚した。
「そんなおおげさな!」
「おおげさだと? このメンバーを見てお前は本気でそんな能天気なことを言えるのか?」
王家を守る近衛第一騎士隊の副隊長を務めるシード二ー=モンドレイカー侯爵令息、
国全体の治安を守る騎士団団長のモンドレイカー侯爵、
隣国と魔物から辺境地を守る最強軍団を率いるラリウル辺境伯と、天才魔導具師かつ第一級魔術師のキシリール伯爵、
最強影軍団を持つ父親である前国王。
そしてもう一人。
それほどまでに命を狙われ続けてきたということは、生きていては困ると思わせるだけの人物だということだ。
そしてそんな過酷な状況下にあったにもかかわらず、こうやって彼が生き抜いているということは、つまり、彼自身が計り知れないほどの魔力量を持っているということに他ならない。
そんな最強な人物の最愛の女性に、よりにもよって自分達は手を出してしまったということなのか?
ネルビスだけではなく、エンドゥーまで大きな衝撃を受けた。そして暫く間が空いてから彼が口を開いた。
「父上、なぜその事実を兄上にだけ話して、僕には教えてくださらなかったのですか! それほど信用ができなかったのですか!」
「信用していなかったとかそういう話ではない。単にお前が未成年だったから話せなかっただけだ。ラフェールのことは王家の極秘事項だったからな。だから臣下に下ったネルビスにも話せなかった。
だから、今日お前をこの場に立ち合わせて話を聞かせてやったのだ。
今日からお前も成人だからな」
「……最低の成人式だ……」
とエンドゥーが呟くのを聞いて、会合の日がなぜ今日に日延べしたのか、その理由がようやくわかったハビットだった。
「なにが最低の成人式だ。そもそもお前はラフェールのお情けで今日の日を迎えられたのだぞ。
王族はラフェールに一切手を出さないと魔法契約を結んでいる。だからあの表彰式の場でラフェールの腕を掴んでいたら、その瞬間、お前の命はなかったのだ。
あの怒りの絶頂にいても彼は理性でお前を突き放したんだ。血の繋がった甥を守るためにな」
父親の言葉に、エンドゥーは驚愕の表情を浮かべた。
『叔父……あの可愛らしい後輩が叔父だったなんて信じられない。
しかも僕が叔父の婚約者を奪おうとしたなんて。
そして一歩間違っていれば、あの場で僕は死んでいただなんて』
続けざまに次々と信じ難い情報ばかり与えられて、エンドゥーはパニックに陥りそうになっていた。しかし、
「殿下、鍛錬というか経験が足りませんね。どんなに予想外の状況に陥っても、それをまず全て受け入れて俯瞰的に見つめ、客観的に判断しなければ、魔物には勝てませんよ」
「ティア、ここに魔物はおらん。悪魔はいるかもしれんが」
「わかってますよ、お父様。まあ、魔物退治より悪魔や人間関係の方がむしろ難しいかもしれません。
しかし、仮に王太子殿下に取って代わろうとしていた方ならば、これしきのことでパニックを起こしてはいけません。ふてぶてしい態度の生徒会長様はどこへ行ったのですか?」
ミンティアのきつい言葉に、彼はハッとして我に返った。そして、初めて頭を下げて謝った。
「叔父に唆されたとはいえ、勝手に思い込み、君の気持ちも考えずにあんな真似をしてすまなかった。せっかくの晴れの舞台を台無しにしてしまって」
「本当ですよ。魔術大会に優勝するために、四年間も血の滲むような努力をしてやっと掴んだ栄光だったんですよ。
これで婚約者を守れる人間になれたのだと、そりゃあもう最高の気分だったのです。
それなのに水を差されちゃいましたよ」
「すまなかった。どんな罰も受ける。
お、叔父上にもお詫び申し上げます。本当に申しわけありませんでした。そして庇って頂いたことに感謝致します」
「僕からミアを奪おうとするやつなんて殺してやろうかとも思ったけど、まさか甥を手に掛けると寝覚めが悪そうでやめておいただけだ。今回だけは許してやるよ。
それに偶然の産物というか、今回の騒ぎで、黒幕をあぶり出すこともできたしね」
「黒幕とは貴方の命を狙おうとした者のことですか?」
「そうだ。
先ほど国王陛下が魔法契約の話をしただろう? あれを結んだ時点で父親達は、王族の中に黒幕はいないのだろうと判断したそうだ。そうでなかったらあんなおそろしい契約を結ぶわけがないからと。
まあ、怪しい人物は一人だけいたが、遠く離れた離宮に軟禁されていたし、これ以上直接手出しはしてこないと陛下は判断されたのだろうね。
実際辺境伯城襲撃後は、僕に刺客を送ってくることはなかったしね。
今回だって、悪党どもと手を組んで悪さは仕掛けてはきたけれど、直接僕達の命を狙うことはしなかった。
彼は僕の力に気付いていたし、そもそも僕達を襲うだけの力もすでに持ち合わせていなかったからね。
それに今日話を聞いた限りでは、彼は元々王家や国を引っ掻き回すのを面白がっていただけみたいだしね」
「大叔父に力がなかったというのはどういうことですか? 彼には反政府支持者はハグレモノがたくさん手下になっていると聞いていたのですが」
王太子が驚いたようにこう訊いてきた。
「彼に付いていた影クズレ達はもうほとんどいないよ。僕が大部分をやっつけてしまったからね。あ、誤解しないでね、僕もまだ七歳で純朴だったから、命までとらなかったから。
彼らは今、全員辺境地を守るための傭兵になっているから安心して。
それにモンドレイカー侯爵と騎士団が密かに動いて、あの人の手下どもを退治してくれたら、現在彼の取り巻きに戦闘能力を持つ者はほぼゼロだ。
ただ悪知恵だけはあるから、ブラビッシュ公爵に色々吹き込んだのだろう。
まあそれはともかく、ここしばらく僕は平和だった。それなのにあの魔術対戦後にまた怪しい動きが始まった。しかも今度は僕自身ではなくて、僕の愛する婚約者を標的にした。
これでようやくはっきりしたんだよ。黒幕の目的がなんなのか。そしてそれが誰なのかをね」
ラフェールはこう言って、不敵な笑みを浮かべた。その凄みのある美し過ぎるその笑顔に、王族達は身震いしたのだった。
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