第31章 ハビットの気付き
魔術対戦から約一月後、王室からの招待を受けた人々が、まるで抜け道のような通路を通って、王宮の中にある窓のない密閉されたサロンに集結した。
当初は一週間後に話し合いの場を持つはずだったのだが、諸々の調査に時間がかかった結果、この日になってしまった。
余裕綽々なその客の中でただ一人、そわそわと落ち着かない若者がいた。彼は、ずっと隣に座る友人に縋るように、ちらちらと目を向けていた。
『たしかにストッパー役は引き受けたよ。だけど、こんなに立派な方々がいるのなら、僕なんて必要ないんじゃないの? 身の置きどころがないよ』
天才第一級魔術師のキシリール伯爵と先週の魔術対戦の優勝者であるご令嬢、
騎士団団長のモンドレイカー侯爵とそのご子息である近衛第一騎士隊副隊長、
最強軍団を率いるラリウル辺境伯とそのご子息、
それからなんと前国王陛下ご夫妻……
その豪華メンバーの中に、なぜ貧乏伯爵家の嫡男に過ぎない学生の自分が交ざっているのか、ハビットはそれがよくわからなかった。
しかも娘を、義娘を、義妹を守ってくれてありがとうと頭を下げられて、彼は居た堪れない気持ちになった。
なぜなら襲撃してきた連中は、本気でミンティア嬢を殺そうとしていたわけではないと思うからだ。事実やつらはそう供述したみたいだし。
おそらく、彼女を誘拐してラフェールと交渉をしようとしていたのだろう。
それなのにまさかあの位置からの攻撃を、僕達が避けるだなんて思いもしなかったのだろう。相手が怯んだから、こちらも攻撃を仕掛けて、どうにか倒すことができたんだよな。
実際のところ、あの距離から他人の魔力放出を感じ取れたことに、ハビット自身が驚いたくらいだ。
「君の瞬時の判断力と決断力は素晴らしいと娘が絶賛していた。君がいたら、魔物の奇襲に対応してもらえそうだ。卒業したらうちの騎士団に入ってもらいたい」
「いやいや、うちの辺境騎士団に入って欲しい」
「うちの近衛騎士隊に是非とも来てくれ!」
「いや、我が国の騎士団に!」
本当の能力を暴露してもいないのに信じられない勧誘を受けた。しかし、身に余る話というか、絶対に無理な話なので、ハビットはっきりと断った。
「キシリール伯爵令嬢をお助けできたのは、本当にたまたまなんです。実際に敵をやっつけたのはご令嬢自身ですし。
僕は魔力量が少ないし、攻撃力も弱いので騎士には向いていません。ですから卒業したら文官になるつもりなんです」
しかし、彼らはなぜかすんなりと引いてはくれなかった。
「騎士ではなくても事務方でいいから入って欲しい。優秀で信頼できる人間は早めに確保しておきたいからね」
横を見るとラフェールがにこにこしながら自分を見ていることに気付いたハビットは、なんとなく彼らの気持ちを察した。
人間不信のラフェールが心を許している自分なら、信用できると思っているのだろう。つまりそれは間接的にラフェールを信頼しているということなのだろうと。
それにしても目の前には前国王陛下夫妻が座っている。ハビットはまるで白昼夢を見ている気分だった。
陛下はたしか五十歳代後半のはずだが、ハビットの父親と同じくらいにしか見えなかった。若々しくてとても美丈夫だった。確か王太后殿下とは親子ほど年が離れているはずだが、普通に夫婦に見えた。
その王太后殿下はこれまで彼が見た女性の中で一番というほど美しくて可愛らしい女性でラフェールに瓜二つだった。
そして彼女は兄であるラリウル辺境伯ともよく似ていた。それ故にラフェールがラリウル辺境伯の息子と名乗っても疑われなかったのだろう。
前国王陛下夫妻はそれはもう愛しくて堪らないという顔で、ラフェールの顔を見つめていた。
それに対して息子の方は両親の顔など一切目もやらず、両脇にいる婚約者と親友の顔を交互に眺めては優しく微笑みかけていた。
愛する息子の命を守るために手放さなければならなかった親の気持ちを思うと、ハビットは切なくなった。
とはいえ、絶えず命の危機にさらされていたラフェールが、実の両親に対してクールな態度を取る気持ちもわからないではなかった。
それに、迷惑をかけてしまったラリウル辺境伯に対する申しわけなさもあって、彼は素直に甘えられないのかもしれないとハビットは推察した。
「シードニーお義兄様、モードリンお姉様とマックス坊やにお変わりありませんか? 元気にしてますか?
この場にお姉様が来てくださったら、話し合いを上手に仕切ってくださったでしょうに残念ですわ」
「たしかにリン姉様がいたら、相手に有無を言わさずに進行してくださっただろうね」
ミンティアとラフェールがこう言うと、モンドレイカー次期侯爵は少し苦笑いしながらこう言った。
「ええ、本人も来たがっていましたよ。『ティアとラフェール様の仲を引き裂こうとした連中になど天誅を下してやるわ』と息巻いていました。
でも、一週間前に悪阻が始まったので、とても馬車には乗せられなかったんですよ」
「えっ! お姉様は二人目を授かったのですか?」
「本当かね、シードニー君」
「はい。マックスの時は食べ悪阻だったのですが、今回は吐き悪阻みたいで、ずっと吐いていて可哀想なほどです。医師からは一般的な症状だから心配ないと言われましたが。
そうだティア嬢、学年末休暇に入ったら、我が家へ来て木苺のパイを作ってくれないかな。
前回は木苺のパイばっかり食べていたんだ。マックスがティア嬢のパイが好きなのはその影響じゃないかと思うほどだよ。
それで今回も食べられるかを試してみたいんだ。きちんと食事を取れなくても、食べられそうなときになんでもいいから、少しずつ口に入れるようにと医師に言われているんだ。君の作ったパイなら食べられるかもしれないから」
「わかりました。休暇に入ったらすぐにお邪魔させて頂きます」
ミンティアが嬉しそうにこう答えると、すかさずラフェールが、僕もマックス君と遊びたいので一緒に行ってもいいですかと尋ねた。すると、シードニーは笑いながらこう言った。
「もちろんですよ。子守を頼みます。将来、いや数年後貴方にもその経験が役に立つでしょうからね」
それを聞いたミンティアは真っ赤になって俯いたが、ラフェールは上機嫌でニコニコしていた。
これから大断罪劇が繰り広げられると予想されるのに、この方々はなんてのほほんと会話をしているのだろうと、ハビットは心の中で呆れた。
しかし彼にとっては非日常的なこの状況も、絶えず危険と隣り合わせの日常を送っている彼らにとっては、こんなことは他愛もないことなのかもしれない、ということにやがて思い至った。
いかに自分がこれまで平和に暮らしてきたのかを悟った。言い換えれば彼らのような人々がこの国を人々を守ってくれているからこその平和だったのだ。
そしていつか自分もその守る側にならねば、愛する人や大切な家族を守れないのだと自覚したのだった。もちろんそれは騎士としてではなかったが……
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