第30章 新たな友人
「ラフェール様から依頼を受けていらしたのですか?」
ミンティアの問にハビットは頷いた。
「ラフェール様は夕べの出来事の後始末や何やらで色々と忙しいので、貴女の側にいて差し上げられないとのことです。それで代わりに僕に話をして欲しいと。
本当はようやく婚約者であることを公にできたのだから、貴女の側に引っ付いて離れたくないはずなのですが」
『引っ付いて離れたくない』
いかにもラフェールの言いそうな言い回しだったので、彼女はおかしそうに笑った。そしてハビットが彼のことを本当に理解してくれているのだとわかって嬉しくなった。
「貴方はずいぶんとラフェールに信頼されているのですね。彼が私に男性を寄越すだなんて。凄いやきもち焼きなのに」
「男として見られていない気がして、少し複雑なのですが」
「まあ! そんなことはないでしょう。貴方は誠実でとても素敵な方に見えますわ」
「ありがとうございます。でも、僕は本当に駄目な人間なんです。本来彼と友達になれる資格なんてないのです。
なにせ貴女のいい加減な噂を、疑いもなく信じていた愚か者ですから」
本当に情けなさそうにこう言ったハビットに、なんて正直な人なのだろうとミンティアは驚いた。彼女は家族から真っ当に社交できないのでは、と心配されるくらいの正直者だったので、彼は自分と同じ匂いがすると思った。
きっと危なっかしいとヒヤヒヤしながらも、ほっとけなくてついつい面倒をみているんだろうなぁ、と自分の婚約者の顔を思い浮かべた。
彼は彼女より年下の甘え上手だったが、その実、誰よりも大人で面倒見が良かったのだ。
おそらくこの友人に対しても、なんだかんだと世話を焼いているに違いない。
「それではもう、私の悪女の疑いは晴れたのですか?」
「もちろんです。ラフェール様から全てお聞きしました。
学院の花壇で野菜を作る許可が下りたのは、ミンティア様の尽力があったからこそだったと初めて知りました。そして作業時間に制限を定めたのも、暗くなると魔物が飛来する恐れがあるからだと知りました。
そんなことも知らずに、貴女に感謝するどころか、もっと長い時間作業をしたいのに、なんて文句を言っていたのです。本当に恥ずかしい限りです。
人の表面しか見ず、悪人の虚言に惑わされてしまうような、僕は情けない人間なのです」
気まずそうにミンティアから目を逸らすと、ホウレンソウやカブ、タマネギなどが植えられている鉢に目をやりながらハビットは言った。
「仕方ないですよ。噂の真偽なんてそう簡単には判断できませんもの。
ただし、これからは少しだけラフェール様を見ならった方がいいかもしれませんね。それは私にも言えることですが。
お互いにただのいい人では、大切な人を守れないかもしれませんものね」
その言葉にハビットはハッとして顔を上げて再び彼女の顔を見た。
そうだった。彼女は婚約者のために素顔を隠し、ずっと塩令嬢を演じてきた。自分が彼の弱みにならないように。
しかもそれは単なる逃げではなかった。彼女は忙しいこの学院生活の中で、寝る間を惜しんで婚約者を守る対策を練っていたのだ。
婚約者の命を狙う者達に対抗するために、魔術師としての腕を上げ、新しい魔法を研究し、様々な魔道具を生み出していったのだから。
それに比べて自分は、真っ正直過ぎると両親に辛辣な言葉を投げつけておきながら、自分こそが善人ぶっていた弱虫だった。両親は決まり事を破ってでも子供を守ろうとした、むしろ芯の強い人間だったのに。
「学院に入学してから、真に心を許せると思えた方は貴方が二人目です。ラフェール様だけではなく、私ともお友達になってくださいませんか?」
思いがけない言葉にハビットは瞠目したが、すぐに相好を崩した。そして右足を引き、右手を体の前面に添え、左手を横方向へ水平に差し出すという、ボウ・アンド・スクレープと呼ばれるお辞儀をしながら言った。
「最高に嬉しいです。ありがとうございます」
と。
その後二人はベンチの端と端に腰を下ろし、その間に盗聴防止具を置いて話をした。
「これ、ラルの物ね? これ、本当に性能がいいのよ。最新式だからまだ誰も持ってないの」
「そうなんですか? それではお高いのでしょうね」
「ええ。貧乏なうちではとても買えないわ。ラリウル辺境伯様から頂いたのよ。お陰で研究資金に少し余裕ができたと父が喜んでいると思うわ」
くすくすとミンティアは笑った。
その盗聴防止具は彼女の父親のキシリール伯爵が作った物だったからだ。
以前父親は、材料費だけで友人に魔道具を作ってあげていたのだが、それでは人が良すぎると姉のモードリンに叱られた。
「余裕があるところからはきちんとお金を取るべきよ。そうしないと、家族や家臣や領民は守れないし、研究費にも回せないでしょ」
それからは、その発明品の価値に見合う正規の値段で売るようになった。
その値段設定は嫁いだ姉がしていた。彼女はとにかく俯瞰的に物事を見ることができる上に、市場経済に詳しかったからだ。
父親は友人との関係が気まずくなるのではと心配していたが、たとえお金を支払ってでも優先的にキシリール伯爵が作った魔道具を買えるのなら文句はないと、友人達は皆喜んでいた。
「これを使うということは、やっぱり昨日のことで、何かきな臭いことが起こりそうなのかしら?
私は気を失ったみたいで、表彰式の後に何が起きたのかさっぱりわからないのだけれど」
ミンティアがこう尋ねると、ハビットは昨日のラフェールと王家のやり取りについて語った。
彼女はそれを聞いて目を丸くした。
「ラルはとうとう宣戦布告してしまった、ということね?」
「はい。王家が約束を破って貴女に手を出したことで、堪忍袋の緒が切れたようです。
もっとも、魔法契約を結んでいたこともあったので、国王陛下ご夫妻と王太子ご夫妻は一切関与していなかったようですが」
「つまり第二王子が勝手にやったってことなのね。でも、あの方はあれでなかなか優秀なのよ。そんな短慮な行動をするとはとても思えなかったわ」
ミンティアは意外そうに小首をかしげた。
仲が良かったとはとても言えなかったが、二年間一緒に生徒会活動をしてきたのだ。少しはその人となりはわかっていたつもりだった。だからこそ夕べのプロポーズには衝撃を受けたのだ。
「ええ。ラフェール様もそう思っているようで、誰か後ろにいるのじゃないかと疑っていました。そしてそれを探るために、お仲間達と至急連絡を取り合わなければならないと言っていました。貴女に会いに来れないのもそのせいなのでしょう」
そのお仲間というのは、キシリール伯爵家とモンドレイカー侯爵家、ラリウル辺境伯家、それから前国王家のことだ。
凄いメンバーだわ。彼らが本気を出したら、その敵がたとえ王族だったとしても敵わないに違いはない。バカなのかしら、その黒幕って。
でもあのエンドゥー王子がそんな人間の指示に従うものなのかしら? 彼女はやはり納得がいかなかった。
「王家では第二王子の件を含めて、一週間後に関係者を一堂に集めて話し会いをしたいそうです。そしてその集まりには、貴女にも参加して欲しいとのことです」
「わかりました」
ミンティアがそう返事を返そうとしたとき、「危ない!」という叫び声とともに、彼女はハビットに地面に押し倒された。
そしてその次の瞬間、緑色の光の矢が飛んで来て頭のすぐ上をかすめて行った。
「ミンティア様、魔物の森の方に敵が三人います。皆風の魔法使いです。捕らえることは可能ですか?
僕は攻撃魔法は苦手なので、とてもじゃないが相手にならないのですが」
攻撃魔法が苦手だという彼の言葉を不思議に思いながらも、彼女は頷いた。
昨日の魔術対戦で減らした魔力量は、昨日の治癒魔法と睡眠のおかけでかなり回復していた。その上彼女は、丁度防寒目的のために、昨日授かったローブも羽織っていたので、普段より魔力はむしろ増幅されていたのだ。
「這いつくばったままでは攻撃しにくいですから、さん、にい、いちで立ち上がりましょう。僕を盾にして攻撃してください」
ハビットの指示にミンティアは目を剥いて、そんな真似はできないと言ったが、彼は平然とこう言った。
「僕のことは気にしないでください。僕に魔力攻撃は効かないので」
それを聞いた彼女は瞬時にその意味を理解し、彼のカウントダウンに合わせて立ち上がると、相手からの攻撃を受ける前に、水魔法で攻撃した。
そして敵が動きを止めた瞬間に、今度は土魔法を発動して、三人の敵の体を顔だけを残して土の山で覆ったのだった。
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