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第3章 賭け事


 ティーフス王立魔法学院は、この国最古の伝統校であり、最新の研究機関を持つ名門校でもある。

 ここを卒業できただけで将来は明るい、とさえ言われている。

 しかもこの学院の四大イベントと呼ばれる大会で、在学中にそのうちの一つに一度でも入賞することができれば、エリートコースに乗れると言われている。

 そしてさらに優勝することができれば、それは大変な名誉であり、将来、重要なポストに就けることが確約されたも同然らしい。

 

 

 そして今年は、春の芸術コンクール、夏の音楽コンクール、秋のダンスコンクールに優勝し、残りの冬の魔術対戦に優勝すれば、二十五年ぶりのグランドスラム達成となる者がいた。

 そのため、卒業式を間近に迫ったこの頃、皆の話題はこの最後の魔術対戦のことばかりだった。

 我がコークレイス王国の第二王子エンドゥー殿下が、王族初のグランドスラム達成!をするかどうかを。

 

 選ばれし一部の者達だけが参加できるこれらの大会に、何故全生徒がこうも関心を持って一緒になって盛り上がるのかといえば、それには理由があった。

 なんとこの四大イベントは学院公認の賭けの対象となっているのだ。

 

 もちろん、賭け値には上限があり、負けてもそれで身を滅ぼすということはない。

 まあ、大方の生徒にとってはお遊びの余興だが、庶民やあまり余裕のない貴族の子弟からすれば、必死になって然るべきイベントだった。

 

 一つのイベントで一位二位の連番を当てば、約半年分のランチ代くらいは稼げるのだ。

 一か八か大穴狙いでそれが当たれば、一年分の昼食代くらいにはなるだろう。

 別に賞金がランチにしか使えないわけではないが、貧しい者にとって、格安日替わりランチ以外を食べる余裕はない。

 だから、賭けに勝って好きなランチを食べるのが彼らの夢なのだ。

 女生徒達ならデザートだろうか。この学院のランチは王宮や一流レストラン並みに美味しいと評判なのだ。

 美味しいものを食べ尽くしているような、舌の超えたご令嬢方が絶賛しているのだから、本当に美味しいのだろう。

 

 

 学期末のテストが終わった翌日、学生食堂のカウンター前には、案の定デザートを求める学生達の長い列ができていた。

 

 それをテーブル席でAセットのビーフシチューを食べながら、じっと眺めているラフェール=ラリウルに向かって、友人のハビット=カンタールが声をかけた。

 

「さっきからずっと、デザートの列を眺めているけど、もしかしラフェールってお菓子とかケーキとかデザートが好きなの?」

 

「ああ。三度の食事がケーキでも構わないくらいだ」

 

「ひぇ~、そんなに? 意外だな。だけど、今まで君が甘いもの食べているところを見たことないんだけど」

 

 ハビットは驚きながらもこう言った。彼はてっきり甘いものが嫌いなのだと思っていたのだ。

 なにせ、ラフェールはとにかくもてる。それ故に入学したての頃から、男女関係なく贈り物をされていたのだが、菓子類の差し入れだけはそれを全てお断りしていたからだ。

 だからてっきり嫌いなのかと。

 

「僕は甘いものを食べることを禁止されている」

 

 ラフェールの返事にハビットは気の毒そうな顔をした。

 

「病気? それともアレルギー?」

 

「子供の頃、菓子の食べ過ぎで酷い目にあって、それで禁止されたんだ。

 でもまあ、あと少しでそれも解禁になるんだが。それでつい目が向いてしまった。

 ここのケーキには興味がある。絶対に食べてみたい」

 

「へぇーそうなんだ。でも良かったね、まもなく食べられるようになるのなら。

 僕には解禁日なんか永遠に来そうもないよ。格安日替わりランチだって食べるのが精一杯なんだから」

 

 苦手な魚のフライを食べていたハビットは、ついビーフシチューを食べているラフェールを羨ましげに見ながら愚痴った。

 

「だから毎回僕が言っているじゃないか、賭け率の高いものを選べと。本命の単勝狙いだけじゃ、勝ったってせいぜい元金が戻ってくるだけじゃないか」

 

 ラフェールが呆れたようにハビットの顔を見た。

 

「わかっているよ。だけど君達上級貴族には分からないだろうけど、僕達下級貴族にとっては、特Aランチと同額の賭け金を失うのが恐ろしくて、本命以外には手が出せないんだ」

 

「なにそれ。それならいっそ賭け事なんか最初からやらなければいいじゃないか。そうすればノーリスクだ」

 

 友人は気が小さい。それは分かっているが、流石にここまでくると呆れを通り越してうざい、とラフェールは思った。

 だから吐き捨てるように言った。

 

「君にはもうこれ以上無駄な助言はしないよ。リスクを恐れて言い訳ばかりして何一つ挑戦しない君には、僕の言葉なんて必要ないだろうからね」

 

 思いも寄らないラフェールのきつい言葉に、ハビットは目を見開いた。

 これまでも呆れられることはあったが、こんな吐き捨てるような言い方をされたことはなかったからだ。

 

 ハビットは自分のことを下級貴族と言ったが、彼は名門伯爵家の嫡男であり高位貴族出身だ。

 ただ祖父の代に出来た借金のせいで、内情は火の車だった。それでも、一応貴族であるために奨学金は受けられなかったのだ。

 

 そんなハビットにとって、辺境伯の息子である、それこそ本当に高位貴族の子息であるラフェールと、友人となれたことはまさに僥倖だった。

 もちろん彼から何か恩恵を受けようとか、そんな厚かましくて疚しい思いは一切なかった。

 ただ彼のような素晴らしい男に対等に付き合ってもらえることが自慢というか誇りだったのだ。

 

 ラフェールの側にはハビット以外にも友がいる。

 ラタン=ソニアリキールという子爵家の次男坊で、何でもこのティーフス王立魔法学院の入学と共にラフェールの従者になったらしい。

 

 まあラフェールはラタンをただの同級生として接していて、彼を使用人扱いはしていなかったが。

 というより、家が決めたことだからと側においているだけで、友人とも思っていなさそうな気がした。

 ラフェールはラタンを胡散臭いと思っているのかも……とハビットは思う時があった。まあ彼の単なる勘だったが。

 そしてラタンの方もラフェールを少し見下しているようところがあるのだ。

 

「国の防衛を司る辺境伯の息子なのに、まるで女の子みたいなチャラチャラした奴でがっかりだぜ」

 

 彼が同級生にこう漏らしていたのをハビットは偶然に聞いてしまった。

 自分の主の悪口を他人に言うなんて、使用人としては最低だ。いくらまだ見習いだったとしても。

 それに人を見る目がないし、あれは駄目だなとハビットは思っていた。

 

 確かにラフェールはとにかく美しくて華やかだ。おそらくこの学院で一番だろう。

 なにせ美形カップルだと評判で人気者のコークレイス王国の第二王子エンドゥー殿下や、その婚約者であるシリカ=ボルディン侯爵令嬢よりも美しくて愛らしいのだから。

 だから彼の周りにはいつもたくさんの人が纏わりついていて、キャーキャーと騒がしい。

 

 しかし彼の素晴らしさはその見かけよりもその中身だとハビットは思っている。

 座学でも剣術でも魔術でも、彼はクラスで二、三番手の位置にいるが、それは(わざ)と手を抜いているのが丸わかりだ。

 少し本気になるだけで、簡単に学年の首位に躍り出るだろう。しかし、彼はこれ以上目立ちたくないし、騒がれたくないと思っているようだった。

 確かに本当の能力を隠している今だって、これだけ纏わりつかれて迷惑しているのだからなおさらだろう。

 

 そんなことも見抜けないなんて、ラタンは本人が思っているよりずっと小者だとハビットは思っていた。

 

 そしてそんな人気者のラフェールが何故いま食堂内でハビットと二人だけで会話できているのかというと、彼が人知れず認識阻害魔法を彼の周辺に掛けているからだ。

 だから、あの侍従のラタンも側に寄れないのだ。そして何故それをハビットが知っているのかというと、彼には優れた魔法感知能力があったからだ。

  

 実のところハビット本人の魔力はそれほど高くない。しかしラフェールに初めて会った瞬間に、ハビットは彼の魔力量の多さに魔力酔いを起こしかけた。

 それ以降彼とは適切な距離を取りながら観察していたのだが、ラフェールの魔力は量が多いだけではなく、とても美しかった。

 そしていつも無意識にうっとりとそれを眺めていたのだが、ある日ラフェールと目が合ってしまい、赤面してしまった。

 まあ、それからの付き合いだ。傍にいることに慣れた今では魔力酔いを起こすこともない。


 ラフェールはハビットと行動を共にするようになってから、人を排除したいと思っている場面ではラフェールが認識阻害魔法を使うようになった。

 自分だけが彼のテリトリーに入れてもらっている。ハビットはそれが嬉しかった。彼の友人として認めてもらっているようで。

 それなのにこのままではまずい。ラフェールに本気で見放されてしまう。そう感じたハビットは慌ててこう口にした。

 

「ラフェール! ごめん。今まで君のありがたい助言を無視して本当にごめん。

 前回、前々回、君の助言に従っていたら、卒業までAランチにデザート付きが食べられたんだ。

 それなのにこの嫌いな日替わり定食の魚のフライを食べなきゃいけなくなったのは、全て僕の自業自得だった。それなのに愚痴って悪かった。

 今度こそ君の言う通りに賭けるから、見捨ないでくれ!

 もちろん当たるも八卦当たらぬも八卦だから、外れても文句は言わないから!」

 

 ハビットは両手を合わせて必死に頼んだ。その様子があまりにも必死だったので、ラフェールも思わず吹き出した。そして笑いながらこう言った。

 

「分かったよ。もう、いいよ。それに間違いなく当たるから心配ないよ」

 

 と。


 読んで下さってありがとうございました。

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