第29章 ミンティアの評価
春の芸術コンクール、夏の音楽コンクール、秋のダンスコンクール、冬の魔術対戦大会は、学院の四大イベントと呼ばれている。
在学中にそのうちの一つに一度でも優勝することができれば、それは大変な名誉であり、将来の確かなポストが約束される。
しかし、ティーフス王立魔法学院の長い歴史の中で、過去にこの四大イベントで優勝できた女性はわずか三十人ほどだった。しかも、冬の魔術対戦大会で優勝したのは今回のミンティアが初めてだった。
しかも男子学生の参加者のほとんどが我先に逃げようとしていた中で、皆を守ろうとたった一人で、暴走していた魔物と格闘した結果の優勝だった。
傷だらけのその姿は雄々しい中にも愁いを帯びていて、見ている者達を酔わせ、特に女性徒達を興奮させた。
たとえマナーとしてレディファーストをされても、その実情は男優位の社会で、女性の地位は低いし、男性を立てて自分は一歩引く姿勢が良いとされている。
それは女性の方が男性より多くのことで劣っているために、男性に頼らざるをえないからだと言われている。
しかしそんなことはないのだとミンティアが証明してくれた。女生徒達はそれが嬉しかったのだ。
普段のミンティアはとても真面目で、ひどく勉強熱心で、あまり人付き合いがいいとは言えなかった。
しかし誰に対しても平等に接し、困っている人がいるとさり気なく手を貸していることを皆が知っていた。勉強がわからず悩んでいる人がいると、さらりとアドバイスをしていることも。
度の強い黒縁眼鏡をかけ、いつも難しそうなぶ厚い本を持ち歩いているその姿は、いかにも自他ともに厳しく律していそうな雰囲気を醸し出していた。
しかし実際は、優しくて思いやりのあるいい人だ、というのがミンティアに対する女生徒達の評価だった。
その上、彼女が時々婚約者のためにせっせと編み物をしたり刺繍を刺したりするところも目にしていたので、勉学や武術に励むその姿とのギャップに、みなが思わずほっこりとしていた。
それ故に、女子寮で生活している者達の中で、あのシリカ=ボルディン侯爵令嬢が流した噂を信じている者は誰一人いなかった。
信じたのは、彼女と接触する機会の少ない男子生徒の一部だけだった。
彼らは見かけだけで彼女を変わり者の魔法オタク、負けず嫌いで男を見下す頭でっかちな才女、そのくせ分不相応な第二王子に粉をかけている惨めなご令嬢だと思い込んでいたのだ。
本人は全く無自覚だったのだが、ミンティアは元々学院の中では好感度の高い生徒だった。
そこへ、魔術対戦大会での勇姿を見せたのだから、彼女に尊敬の念を抱く者達がさらに増加したのは当然の成り行きだったろう。
その上彼女の素顔を見てしまった女子生徒達は、こんなに美しいのに強く逞しいだなんてと、みんな彼女に憧れるようになった。
治癒魔法で視力が回復し、そばかすが消えたミンティアはとても美しい令嬢だったのだ。
皆はこう思った。まさしく彼女は戦いの女神だったと。
食堂で遅めの昼食を摂ったミンティアが部屋へ戻ろうとすると、突然多くのご令嬢方がやってきて、彼女の周りを何重にも囲んだ。
そして一斉に「優勝おめでとうございます」と言った後で、各々が様々な称賛の言葉を浴びせてきたので、彼女は面食らってしまった。
自分の勝利をまさかこんに喜んでもらえるとは思ってもみなかったのだ。なにせ彼女は愛する婚約者のためだけに戦ったのだから。
優勝者には第一級魔術師の資格が与えられ、魔力を増幅させてくれる特殊な黒のローブが贈られる。それが欲しくて参加したのだ。
あの魔力暴走を起こした魔物からライバル達を守ったのも、彼女にとってはごく当たり前の行為であり、特別なことではなかったのだ。
しかし自分が優勝したことで、彼女達にも何かしら希望を与えられたというのなら、これ程嬉しいことはないと思った。
ただ、英雄だとか、女子寮の誇り、戦いの女神などという身に余る称号には、居た堪れなくて全力でお断りしたかったが。
食堂の中はまるで優勝祝賀パーティーのような興奮状態になっていて、一向に人がいなくならない。
どうやってこの場を納めようかとミンティアが悩んでいると、舎監のミラージュがやって来てこう言った。
「皆様、そろそろ解散して下さい。ミンティア嬢がお疲れになってしまうでしょう。
それに正式な優勝祝賀会パーティーを開催してよいと、学院長からのお許しが出たので、早速サロンへ行って皆でその計画を立てましょう」
するとまた「わぁー!」という歓声が上がった。そしてようやくその場いた者達は三々五々に食堂から出て行った。
ミンティアがほぉ~っとため息を吐くと、ミラージュは「お疲れ様」と言いながら、来訪者が来たことを伝えてくれた。
黒のローブを着てミンティアが指定された場所へ向かうと、そこには見知った顔の下級生の男子が立ったまま待っていた。
「遅くなって申しわけありません」
「とんでもありません。昨日の今日でお疲れのところを、こちらこそ申しわけありません。
キシリール伯爵令嬢ミンティア様、僕はハビット=カンタールといいます。あの、ラフェール様の一応、友人をやらせて頂いてます」
その言葉遣いで、ああ、彼はラフェールの正体を知ったのだなと彼女は思った。これまでは名前を呼び捨てにしていたのだから。
そしてそれは彼がかなり信頼されていることの証明でもあった。
まあ、誰に対してもいつも警戒心丸出しのラフェールが、絶えず一緒にいたのだから、彼が特別な存在だということはわかっていたのだが。
「はい、存じております。いつも私の婚約者と仲良くしてくださってありがとうございます。私のことはミンティアとお呼びください」
「では僕のことも是非ハビットでお願いいたします」
「わかりました。ではハビット様、私に敬語はいらないので、普通に友達として話してくださって結構ですよ」
すると彼は目を丸くして彼女を見た。そして勢いよく首を振った。
「ミンティア様を名前呼びさせて頂けるだけで光栄なのに、友達のように話すなどと滅相もありません。
貴女様はこの学院の英雄、いや女神様で、あのラフェール様の婚約者様、そして……」
点々の後で賭けで儲けさせて頂いた恩人だと叫びたかったハビットだったが、それはどうにか思い留まった。
しかしあまりにも威勢よく、興奮気味に彼がこう言ったので、ミンティアは思わず笑ってしまった。
女性だけでなく男性からも同じようなことを言われるとは予想していなかったからだ。
英雄って別に男性でなくても良かったのだと、改めて思った。芝居や小説ならヒーローではなくヒロインと呼称されてしまうのだろうが。
「でも、貴方は伯爵家のご嫡男なのですから、家格も立ち位置も同じことですよ」
「いえ、僕の方が後輩ですから」
そう言われたら仕方ないとばかりに微笑んだ彼女の笑顔に、ハビットはドキッとした。そして心の中で思わずこう呟いた。
『眼鏡を外しただけでこんなにも変わるなんて信じられない。
そもそも塩令嬢って一体誰のことだよ。まるで綿菓子のようにふわふわと柔らかくて可愛い人じゃないか』と。
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