第28章 英雄の素顔
ミンティアが目覚めると、すでに昼を過ぎていた。慌てて体を起こすと、予想していた体の痛みは全くなく、むしろ普段より体調が良くてスッキリしていた。
気付かないうちに誰かが治癒魔法をかけてくれたのだろう。それに魔物の血と泥と埃だらけだった服からネグリジェに着替えさせられていた。
どうやらたくさんの人に迷惑をかけてしまったようだ。早くお礼を言いに行かなくては、とベッドから降りたところで、彼女は夕べのことを思い出した。
『それにしても、昨日は凄い一日だったわ。
まさか学院側が用意した魔物が魔力暴走を起こすなんて想定外だったもの。
まあ、あんなことには慣れていたけれど、領地では仲間と協力し合って対処していたのに、今回は一人でみんなを守りながら対応しなくちゃいけなかったから、大変だったわ。
まあ、みんな大怪我しなくて済んだし、優勝できたのだから結果オーライだけど、せっかくの表彰式があんなことになるなんて。
いったい第二王子は何を考えているのかしら? あんな場所で婚約破棄宣言をした挙げ句、婚約者のいる私にプロポーズするなんて。
そのせいでさすがにラルも我慢できなかったみたいだし。
あ〜あ。これからどんな顔をしたらいいのかしら。ご令嬢方に嫉妬されて虐められるわね、きっと……』
昨日一日であまりにも色々な出来事があったので、様々な思いが入り混じり、ミンティアは落ち着かない気分になった。
ただ婚約者であるラフェールの顔を思い浮かべたとき、少し気分が上昇した。
『とうとう私は念願の第一級魔術師になれたんだわ。これで、ラルに思い切り甘い物を食べさせてあげられる。それに私もようやくハニーさんのデザートを食べられるし。
あんなに美味しそうなケーキを目の前にしながら、もう二年近く匂いだけを嗅いで、一口も味見ができなかったのだから』
ハニーに菓子作りのアドバイスをしていたミンティアだったが、実は試食をしたことはなかった。ラフェールにだけ我慢を強いることはできなかったからだ。
なぜ甘いものを食べないのか、その理由を聞いたハニーは、早く自分の菓子を食べて欲しいからと、ずっとミンティアを応援してくれていた。
第一級魔術師になれたら、最高のデザートを作ってあげるから、頑張ってねと。
シンプルなワンピースに着替えて軽く髪を整えたミンティアは、共同流し場で洗顔をしようと部屋を出た。
すでに昼過ぎだったが、休日だったために女子寮にはたくさんの寮生達が残っていた。
そして廊下ですれ違う者達は、なぜか皆ミンティアの姿を見ると頬を染めて俯きながら通り過ぎて行った。
自分は何か恥ずかしい格好をしているのかしらと、彼女は自分の服装を見回してみたがわからなかった。
そこでもしかして顔が汚れているのかしらと思い立って、急いで流し場へ行って、その壁に掛けられている鏡に映っている自分の顔を見た。そして絶句した。
「あっ、眼鏡をかけるのを忘れてた。だって裸眼で見えていたから……
それになぜかそばかすが無くなっている……」
夕べラフェールが掛けた治癒魔法で、魔物に付けられた傷だけでなく、視力までも良くなっていたのだ。そしてそばかすまで消えていた。
もちろんミンティアは、その治癒魔法をかけたのが自分の婚約者だったことを知らないし、まして意図的にその魔法が解かれたとは思いもしなかったが。
「すっかり素顔に戻っている。ああそうか。だからみんな私の顔を見て驚いて俯いていたんだわ。恥ずかしい。それに、ラルに怒られそうだわ」
ミンティアは急いで洗顔をして再び髪を梳くと、持っていた化粧品で濃いめにメイクして素顔を隠そうとした。
しかしその前に舎監から声をかけられた。
「ミンティア嬢、無事に目覚めたのね。良かったわ」
「ミラージュ先生、夕べは色々とご迷惑をおかけしたと思います。申しわけありませんでした」
「まあ、確かに意識のない貴女を部屋まで運んで、着替えをさせるのは正直一苦労しましたが。
男子禁制の女子寮にいくら貴女の婚約者とはいいえ館内まで運んで頂くにわけにはいきませんでしたからね。
でも、いざというときのための車椅子は常備してあったので、運ぶのはそう大変ではありませんでしたよ。それに多くのご令嬢の皆様が協力してくださいましたし。そう気にすることはありません」
「そんなに多くの皆さんにご迷惑をおかけしたのですか?」
ミンティアが驚いて尋ねると、ミラージュは笑った。
「誰も迷惑だなんて思っていませんよ。この学院の英雄、そしてこの女子寮の誇りである貴女のお世話をしたいと、皆さんは喜々としていましたからね。
それに心配はいりません。さすがにその中から厳選したお二人だけに補助をお願いしましたからね」
その厳選したという二人は、同学年の伯爵令嬢のカタリナと一つ下の子爵令嬢のマリアだった。
これまでそれほど親しくしていたわけではないけれど、二人とも信頼のできるご令嬢だとミンティアも思っていた。
これをきっかけに仲良くなれたらいいな。二人ともすでに婚約者がいるので、ラフェールとのことも何か言われなくて済むかも……そんな風に彼女は思った。
ミラージュはミンティアの手元に一度目をやった後でこう言った。
「もうそろそろ素顔のままでもいいのじゃないかしら。今さらその綺麗なお顔をさらしても、魔術対戦の優勝者の貴女にちょっかいを出す者はいませんよ。
それに今の貴女は婚約者の方にとてもお似合いだと誰もが思うでしょう。ですから、いちゃもんをつけるような身の程知らずのご令嬢は、さすがにいないと思いますよ」
それを聞いたミンティアはハッとした。以前ラフェールが言っていた意味深な言葉の意味をようやく理解したからだ。
『なかなか会えなくて寂しいけれど、それはミアが魔術対戦の優勝者になるまでだから、僕我慢する。絶対に優勝してね!』
『? そうね、早くラルが甘いデザートが食べられるように頑張るわ。優勝したら天才パティシエのハニーが特別デザートを作ってくれるというし、とても楽しみね』
今思い返せば、ラフェールは甘いものの話をしていたわけではなく、会えないのが寂しいと言っていたのだ。そして優勝すれば頻繁に会えるようになれると。
つまり第二王子のことがなくても、彼は自分達の関係を公にするつもりだったのだ。
ミンティアの強さが学院内で周知されれば、彼女に無闇矢鱈に手を出す者などいなくなるだろうと。
『なるほどそういう意味だったのね、あれは。確かに数匹の魔物をたった一人で倒した令嬢に、ちょっかいを出そうとするつわ者なんて、そうそういないわよね。
それじゃあ、学院生活の残りの後一年を、ラルと堂々と過ごせるようになるのかしら? もしそれができたら嬉しいわ。
第二王子があの後どうなったのかはわからないけれど、殿下はラルに手出しはできないのだから、彼のことは気にすることはないわよね』
目が覚めてからずっとモヤモヤしていたものがすっかり晴れて、ミンティアは明るい気持ちになった。
しかし、『学院の英雄』、そして『この女子寮の誇り』と言われたことには、恥ずかしくて居た堪れない気持ちになったのだった。
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