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辺境伯令息は、今日も甘い仮面の下で毒を吐く  作者: 悠木 源基


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第23章 リスク回避✽過去回想


「生まれた地でかかる病が変わるのですか?」

 

「ええ。風土病ってご存知でしょう。その一種ですよ。

 都会では『虫歯』っていう歯が菌によって溶けてしまう病気があって、死にはしないが酷い痛みに襲われるんですよ。そしてこんな風にのた打ち回るんです。

 ほら、頬に手を当てているし、腫れてきているみたいだから、多分『虫歯』に間違いないと思いますよ」

 

 命には問題がないと聞いて一応ホッとしかけたミンティアだったが、歯が溶けると聞いて彼女はゾッとしたのだった。


 

 

「その『虫歯』という病気には治癒魔法は効かないんですか? 

 さっきから何度かやってみたんですが、まるっきり効果が見えないのです」

 

 見習い医療魔術騎士が医者に尋ねた。すると、医者はこう答えた。

 

「まあ、そうともいえますな」

 

「そうとも?」

 

「一般的な治癒魔術師では治せません。しかし、第一級魔術師なら可能なんです。

 しかし高度な治癒魔法を使える第一級魔術師なんて、王城や王宮にしかいません。だから実際効くとも効かないとも言えないのですよ」

 

「ではどうすれば良いのですか?」

 

 ミンティアが尋ねると、医者はまず口の中を見せて欲しいと言った。

 そこで騎士二人がラフェールをベッドの上から押さえ込んだ。そしてもう一人が頭を固定させたところで、さらにもう一人が無理矢理ラフェールの口をこじ開けた。

 医者は中をじっと見つめてこう言った。

 

「間違いなくこれは虫歯です。かなり侵食されていますね。早くこれを取り除いてやらないと、痛みは治まらないですよ。

 急いでペンチを持ってきてください。ちゃんと洗った後、アルコール消毒したものをね!」

 

 医者に指示された騎士が慌てて部屋を出て行き、数分後に戻ってきて彼にペンチを手渡した。


「いいですか! 今から虫歯菌に汚染された奥歯を抜きますよ。抜けたら即座に治癒魔法をかけてくださいね! そうすれば痛みは一瞬ですみますから」

 

「「「えーっ!!!」」」

 

 ミンティアや騎士達が悲鳴を上げているうちに、医者はラフェールの口にペンチを差し込んだ。

 

「グ〜ゥ〜!!」

 

 ラフェールが一際大きく呻いた。その瞬間、見習い医療魔術騎士は慌てて治癒魔法を詠唱したのだった。

 

 

 ✽✽✽✽✽

 

 

 ラフェールの虫歯騒動後、お茶の時間には甘いお菓子が出ることはなくなった。

 日曜日や水曜日に出されるのは野菜やキノコたっぷりのキッシュかサンドイッチ。その他の日はいつもソルトクッキーかチーズ、ナッツばかり。

 

「ミア〜、パイが食べたい。ミア特製の木苺のパイが」

 

 どんなにラフェールがお願いしても、ミンティアが甘いケーキや菓子を作ることはなくなった。

 いや、厳密にいうと、母親や妹には作っていたけれど。

 

 虫歯の痛みでのた打ち回った挙げ句、ペンチで奥歯を抜き取られたラフェールの姿が、ミンティアにはトラウマとなった。

 歯の治療後にマルモン医師から説明を受けたミンティアは、ラフェールが虫歯になったのは自分のせいだと、かなり衝撃を受けて落ち込んでしまった。

 

「あれは乳歯で、とっくに抜けていて当たり前の歯だったんですよ。そしてどうせすぐ永久歯がはえてくる。落ち込む必要はないですよ。

 それに虫歯なんてこの辺の者が知らなくて当然なんだから、嬢ちゃんが責任を感じる必要はないですよ」

 

 マルモン医師はそう言ってくれた。しかし、ラフェールが虫歯菌保有者だったとしても、甘いものをあんなに食べさせていなかったら、虫歯菌を増やすことは無かったに違いない。そうミンティアは思った。


 あの騒動以後、おやつ以外にも変化があった。

 これまでは唯一休息日にしていた土曜日に、ミンティアは町に住むマルモン医師の元に医学と健康について学びに行くようになったのだ。

 特に彼女が学んでいたのは口腔医学と細菌学だった。

 一般的な内科系の病気や怪我を診るマルモン医師にとって、それらは本来専門外だった。

 しかしマルモン医師はかなり優秀で、そちらの知識も豊富だったのだ。

 

 どんな人の口の中にも、ある一定数の常在菌が存在するという。そしてそれは五、六才くらいになると満杯になり、それ以後菌の変動はないそうだ。

 つまり虫歯菌もその年齢まで口の中に入りこまなければ、虫歯になることはないという。

 

 虫歯菌は濃厚接触や食べ物の口移しで伝染る。

 虫歯菌は都市の風土病であるために、田舎に住む者は都市に行かず、虫歯菌持った都市の人と付き合わなければ、その後は一生虫歯にはかからない。

 つまり、都会の人でも、六歳くらいまで虫歯菌を持つ人と深い付き合いさえしなければ、虫歯にならなくてすむということらしい。

 

 では虫歯菌を持ってしまったらどうするか。

 それは食後に毎回歯磨きをしっかりして、できるだけ口の中に虫歯菌の温床を作らないようにすることだ。

 つまり虫歯菌が好む糖分を多く含む菓子やケーキの汚れを残さないよということだ。

 だから、甘い物の食べ過ぎには注意すべきなのだという。

 

「虫歯は別名『贅沢病』と呼ばれています。甘い物なんて金持ちしか食べられないですからね。だから都市部に多いのですよ」

 

「『贅沢病』……貧乏伯爵家なんて自分達で言っていながら、私はどんなに恵まれているか気付かない愚かものだったのですね。

 そのせいで大切な人に辛い思いをさせてしまった」

 

 マルモン医師から虫歯の説明をされた時、ミンティアは大きなショックを受けたのだ。

 しかし、キシリール家は決して贅沢な暮らしをしているわけではない。

 ミンティアが作るケーキや菓子の材料だって全て自給自足しているもので、お金を出して購入しているものはない。

 小麦粉も砂糖も卵もバターもミルクも。

 それでも甘いものを毎日食べているなんて贅沢で非常識なんだとミンティアは思ったのだった。

 しかし、

 

「それは違いますよ、お嬢様。魔力持ちは通常の人間より多くの栄養を摂取しないとエネルギー不足に陥ってしまいます。

 だから、手っ取り早く栄養を補給するためには糖分は必要です。子供ならなおさらですよ」

 

 と、マルモン医師の妻で料理屋の女主でもあるビィーナが言った。

 

「そうかもしれないけど、甘いものを食べたら、虫歯になるわ。今回は乳歯だったからまた新しい歯が生えてくるけれど、永久歯は抜いてしまえばもう無理だわ。

 魔物と対峙した時に踏ん張る力が発揮できないと、騎士にとってそれは命取りになる。

 歯が揃っていないと噛み締められないから、踏ん張れない。

 もしラフェール様にもしものことがあったら私……」

 

 ミンティアは泣きそうになった。そんな彼女をビィーナは少し呆れたように見た。

 

「モードリン様はあんなに豪快なのに、ミンティア様は本当に臆病なのね。そんなんで領主の妻なんて務まるのですか?」

 

「おい!」


 あまりにも不躾な妻の言葉にマルモン医師が声を上げた。

 

「ごめんなさい」


 とミンティアは呟いた。

 姉から跡取りの座を奪っておきながら、メソメソしている自分が情けなくて、彼女は本当に泣きたくなった。歯を噛み締めてグッとこらえようとしたが、それでも涙が溢れてしまった。

 ビィーナの言葉は領民全員の思いなのだろうと思ったからだ。

 

「不安だからって泣く前に、他にやることがあるではないですか?不安なら、まずそれを取り除く努力をすればいいんじゃないですか?」

 

 はっ!

 

 ミンティアは思わず顔を上げた。するとビィーナは今度は優しい顔をして彼女を見ていた。

 

「大切な人を失うのは怖いです。それは誰も同じでしょう。

 だからその不安要素を少しでも減らすために、前もってしっかり対策を取ってリスクは減らせばいいのですよ。

 お嬢様が今すべきことはそれではないですか」

 

 ビィーナの言葉にミンティアは大きく頷いたのだった。

 

 読んて下さってありがとうございました!

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