第22章 ミンティアの決意✽過去回想
キシリール伯爵の執務室に呼ばれたラフェールは、そこでミンティアの婚約者になるつもりはあるかと尋ねられた。
思いもかけないことに彼は絶句した。ラリウル家の三男であるラフェールと結婚したら、ミンティアは平民になってしまう。
そんな目に遭わせてはいけないと頭ではわかっていたのに、ラフェールは溢れ出す思いを止めることができずに、こう言葉にしてしまった。
「伯爵様、グレイス様、僕はミアが好きです。絶対に一生守り続けます。
だから、だから、もし許して頂けるのなら婚約したいです。もちろん、ミアが望んでくれるならですが」
すると伯爵は後ろを振り向いてこう言った。
「お前が望むなら婚約したいそうだ。どうする? ティア?」
「えっ?」
なんと伯爵の大きな執務机の中に隠れていたミンティアが、おずおずとそこから出てきたので、ラフェールは驚いた。
ミンティアは真っ赤な顔をしていた。しかしラフェールと目が合うと、少し悲しげな顔をしてこう言った。
「あ、あのう。私はお父様とお母様、そしてラリウル辺境伯ご夫妻のお許しが頂けるのなら婚約したいです。
でも、私は構わないのですが、私と結婚をしたらラフェール様は平民になってしまいます。ですから閣下からお許しが頂けるとはとても思えません」
姉のモードリンからは嫡女を譲ると言われたミンティアだったが、正直そんなことが可能だとは思っていなかった。
「僕は平民になっても構わない。ミアには申し訳ないと思う。だけど、僕はミアが好きで一生一緒にいたいんだ。
僕、学園に入ったら一生懸命に勉強して、平民になってもちゃんと生活できるようにする。ミアにできるだけ苦労かけないように頑張る。だから婚約して欲しい」
ラフェールは真剣な眼差しでこう懇願した。するとミンティアは悲しげな顔から一変して破顔して、ラフェールの両手を取ってこう言った。
「ラフェール様。私貧しいのなんてなんでもありません。だって私も働けばいいんですもの。二人で助け合ったら生きていけるわ」
「ミア!」
二人が感激のあまりに急接近したので、伯爵は慌てて二人を引き離すと、ゴホンっと咳払いをしてからこう告げたのだった。
「二人の気持ちはよくわかった。ラリウル辺境伯ご夫妻の許可も得ているから、今日から二人は婚約者同士だ。
いずれ二人はこのキシリール伯爵家を継ぐのだから、今後は一層精進するのだぞ。
君達のために後継の座を譲ってくれたモードリンのためにもな」
伯爵のこの言葉でラフェールは全てを悟ったのだった。
『一生ミンティアを守ってちょうだい。
でもミンティアを守るってことは、我がキシリール伯爵家やここの領地、領民まで守るってことなのよ。
どうか私の大切な妹の側にいて、ずっと支えてあげてね。お父様のように。約束よ』
モードリンの言葉がラフェールの頭の中でいつまでも響いた。
彼女への感謝の気持ちが溢れ出て涙が止まらなかった。絶対に彼女との約束は破らないと、改めてラフェールは決心したのだった。
✽
それからというもの、ラフェールとミンティアは、以前にもまして勉強に鍛錬に励むようになった。
特にミンティアはそれこそ必死に護衛達との訓練を重ねた。姉のように強くならなければ、姉に、そして領民に申し訳が立たないと。
それにミンティアはラフェールの重大な秘密を知ってしまった。
だからこそ、自分がラフェールの足枷にならないように、強くならなくてはいけないと思った。
もし自分が弱かったらきっと敵に狙われて、それがラフェールを苦しませる。そんな思いだけは絶対させたくはなかった。
しかしミンティアは非常に頭の良い優秀な少女だったが、姉に比べると身体能力では負けていた。
つまり人並みの運動神経しか持ち合わせてはいなかった。だからこそ人の何倍も、それこそ血の滲むような努力をした。
それでもどうしても姉より劣ると感じたミンティアは、身体能力をカバーするためにも、父親から魔術を学ぶようになった。
しかしこちらの方も父親や婚約者とはまるで比較にはならないほど魔力が少なかった。使える魔法は限りがあり、しかも威力もそれほど大きくはなった。
そこで今度は魔力の訓練と同時進行で、独自に魔術研究を始めた。新しい魔術を生み出して、自分の能力の不足分を補うために。
ミンティアの毎日はそれこそ秒刻みに予定が組まれていて、これで身が休まるのかと周りの者達は心配した。
特に婚約者のラフェールは心配して、彼女の健康チェックを欠かさず行っていた。
質量ともに並外れて優れた魔力を持つラフェールだったが、癒やし魔力だけは使えなかった。それがとても悔しく歯痒かった。
しかも、少し力を抜いたら、とか、無理しないでと言えないことが辛かった。なぜなら彼も彼女同様にハードな生活を送っていたからだ。
それでも二人が心折れることもなく、互いに思いやりを持ち続けることができたのは、十時と十四時のお茶を共に過ごすわずかな時間を持てたからだ。
しかもそこには必ずお茶と一緒にミンティアの手作りのおやつが出されていた。
日曜日と水曜日には焼き立てのケーキやプディング。それ以外の日にはビスケット、クッキー、サブレ、フィナンシェ、砂糖菓子、キャラメル、キャンディーなどの日持ちする菓子などか。
ミンティアの菓子作りの腕はぐんぐん上達し、十二歳になった頃には一人前のパティシエ(料理長談)になっていた。
ミンティアの作る最高に美味しいケーキや菓子を食べられて、ラフェールは最高に幸せだった。
忙しい中でもこうして自分のために、好物を作ってくれることが嬉しくてたまらなかった。
ミンティアもラフェールの笑顔が見られて幸せになれた。他の人に見せる作り物ではなくて、本物の笑顔を見せてくれることが嬉しかったのだ。
しかし、そんな優越感に溺れてしまったバチが当たったのだ、とミンティアは思った。
ラフェールが時々顔を顰めるようになったので、どこか具合が悪いのかとミンティアは心配していたのだが、ラフェールはなんでもないと言い張った。
そこで様子を見ていたのだが、それから数日後、午後のお茶の時間にその出来事が起きた。
なんと甘い苺ジャムの乗った少し硬めのクッキーを口に入れて噛んだ瞬間、ラフェールは両手で右頰を押さえてうめき声を上げると、身を丸めたのだ。
「どうしたの、ラル!」
「!!!!!!!!」
ラフェールが床の上で転がり落ちると、そこでのた打ち回った。
護衛騎士が飛んできてラフェールを抱き上げた。
そして暴れて落としそうになるラフェールを必死に抱えて部屋に向かって歩きながら、仲間に町の医者を呼んで来いと命じた。
キシリール伯爵家の私設騎士団には医療魔術騎士が常駐している。
しかし運悪く、その騎士は昨日王都へ向かった両親の護衛として付いて行ったので、領地にはいなかったからだ。
その町医者が来るまで、見習いの医療魔術騎士がラフェールの状態を確信しようとしたが、ただ藻掻き苦しむ患者を前に困惑した顔をして立ち尽くした。
「ねぇ、ラフェール様はどこが悪いの? こんなに苦しんでいるのよ、早く楽にしてやって。死んじゃうわ」
ミンティアが見習い医療魔術騎士に縋って言った。しかし彼は首を振った。
「死にはしませんよ。こんなに暴れられるんだから。まあ身体のどこかにかなり強い痛みがあるのは確かでしょうが」
「お願い、早く治癒魔法をかけて。凄く痛がってるわ」
「かけましたよ。とっくに。だけど全く効いていません。見習いとはいえ、治癒魔法は得意なんですけどね」
「ええ知ってるわ。でもなぜ効かないの? 何か特別な病気なの?」
「うーん。顔を押さえてるから、口の中でも切れているのかな」
そうこうしているうちに、ようやく町医者が到着した。そしてラフェールを一目見てから、周りにいた者達を見回してこう尋ねた。
「こうなる前は何をしていたんですか?」
「お茶をしていました。そしてクッキーを一枚口に入れた瞬間に急に苦しみ出したんです」
ミンティアがこう説明すると、医者はやっぱりという顔をして頷いた。こう訊いてきた。
「こちらの方はこの地方の生まれではありませんね?」
医者の質問の真意がわからずみんな小首をかしげたが、ラフェールを運んだ騎士がこう答えた。
「こちらの方はラリウル辺境伯のご子息のラフェール様で、当然隣の領地のお生まれですよ。
それがどうしたんですか?」
「いや、この辺りの人間は滅多に罹らないないのですが、王都のような大都市では割りと多い病に似ているんですよ」
医者の言葉にミンティアは動揺した。ラフェールの生まれは第二の都だと知っていたからだった。
この情報を伝えるべきか、彼女は悩んだ。といのもラフェールの出生の秘密は極秘情報だったからだ。
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