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第21章 ラフェールと二つの家族✽過去回想    


 ラフェールには絶対に頭の上がらない人物がいた。それは婚約者の姉であるモードリンだった。

 

 キシリール伯爵家でお世話になったばかりの頃『リンお姉様と呼んでね』と言われたが、自分を忌み嫌っていた姉キャロラインと同じくらいの年齢のモードリンが怖くて警戒してしまった。

 だから最初に少し距離を置いてしまったせいで、とてもじゃないが、『リンお姉様』などと馴れ馴れしく呼ぶことはできなかった。

 しかし、いつまでもこのままの状態が続いたら、嫡女であるモードリンに嫌われて追い出されてしまう、そう思うと今度は怖くなって余計に緊張するようになってしまった。

 

 ある日そのことをミンティアに相談すると、彼女は心配しないで大丈夫よ、と優しく笑った。

 

「お姉様はいつもラフェール様を可愛いとおっしゃっているから、嫌ってなど絶対にないわ。

 お姉様って、ベタベタ懐いてくる犬よりも、気が強くて威嚇してくるような猫の方がお好きなの」

 

 天然なのか、悪気なくそうフォローしたミンティアに、正直ラフェールは少し引いた。

 

「兄弟といっても相性があるのかも知れないわね。ラフェールとお姉様はたまたま相性が悪かったのね、残念だけれど。

 でも、私達三姉妹は相性が合っていて好みもよく似ているの。だから、貴方を嫌うはずがないわ。

 貴方が気に入ったのなら、もちろんずっとここに居ていいのよ」

 

 ミンティアの言葉はいつも魔法の言葉だ。やがてラフェールはミンティアだけではなく、モードリンやメイシャとも本当の家族のようになっていった。

 

 

 ラフェールは辺境伯家の両親や一番上の姉、そして二人の兄達のことは好きだった。

 しかし、自分のことでいつも彼らに迷惑をかけてきたことに後ろめたさを感じていた。特に下の姉キャロラインに関することで。

 

 この国の護りの要である辺境伯の城内に、暗殺者を手引きしてしまうという大罪を犯したのだから、キャロラインが修道院送りになったことは致し方ないことだった。

 しかしそのことに対して、ラフェールは怒りよりも申し訳なさの方が勝っていた。

 自分が辺境伯家に来なければ、キャロラインは末っ子として以前のように皆にかわいがられていただろう。

 そして、あんな嫉妬に駆られて、犯罪者に手を貸すことなんてなかったろうに。

 

 ところが両親からは、キャロラインを甘やかして育てしまった自分達の責任だと、却って謝られてしまった。

 双子の兄達も、たとえラフェールがいなかったとしても、キャロラインは何かやらかしていたよ、と言った。

 みんなに甘やかされていた彼女は、自分が一番に愛してもらえなければ我慢できない、そんな面倒な人間だったからと。

 

「本音を言うと、正直修道院へ入ってくれて良かったよ。僕の婚約者がね、キャロラインにずっと嫌がらせをされていてね、もう少しで婚約破棄されるところだったんだ」

 

「僕も将来結婚して妻になる人が、妹に何かされるんじゃないかって不安だったんだ」

 

 そして一番上の姉も兄達同様に妹の修道院行きを賛成していた。

 

「あの子の我儘には手を焼いていたの。自己中心的で好き勝手ばかりしていたから。私の婚約者にまで色目を使うから、婚約者からも迷惑がられていたの。

 どんなに注意しても反省も改めようともしないし、本当にお手上げだったのよ」

 

 そして三人とも口を合わせてこう言った。あのままキャロラインがいたら、いずれラリウル家は崩壊していただろう、だから何も気にすることはないと。

 それが彼らの本気なのか慰めなのか、ラフェールにはわからなかったけれど。

 しかしどちらにしても、とても家族と一緒には暮らせないと彼は思った。

 なにせキシリール伯爵家から辺境伯の城に戻るたびに、ラフェールは屋敷の使用人達に怯えられるので、いつも居た堪れない気持ちになるからだ。

 

 自分がいたらまたここが襲撃されるかも知れないと、みんな不安になっているのだと最初は思っていた。

 こんなに頑強な城に住み、多くの騎士達に守られているというのに。

 しかし何度か帰っているうち気が付いたのだ。彼らは外部からの襲撃者ではなく、城内にいる自分を恐れているのだと。手練れの暗殺者達をたった一人で返り討ちにした子供を。

 ラフェールは、化け物を見るような目に耐えられなかった。

 

 それなのに、キシリール伯爵家の人々や使用人や騎士達は、誰一人そんな目でラフェールを見なかった。盗賊団を殲滅させたというのに。

 それどころかミンティアを守ってくれてありがとう。そして、多くの人々の不安を取り除いてくれてありがとうと感謝された。

 

 ここの人達は、ありのままの自分を受け入れてくれる。せめて学園に入るまでここに置いてもらえたら、どんなにいいだろう。

 いや、卒業したら平民になって、この屋敷で護衛騎士として雇って貰えないだろうか……

 たとえ結ばれることはなくてもミンティアの側にいたい……

 ラフェールはそんなことを考えるようになった。

 

 

 そしてそんなことを考えていた頃だった。

 ラフェールは朝の鍛錬を終え、井戸から水を汲んで顔や上半身を布で拭き、部屋へ戻ろうとした。

 その時モードリンに声をかけられた。

 

「おはよう、ラフェール様」

 

「おはようございます、リンお姉様」

 

「大事なお話があるのだけれどいいかしら?」

 

 大事な話……いい加減ここから出て行けということだろうか……ラフェールは緊張した。

 あんな凄惨な現場を見せてしまったのだ。平然としていたが、内心では僕を化け物と忌み嫌っているのかもしれない。ああ、ついに決別を宣言されるのだと。

 

 ところが違った。


「この前、貴方はミンティアをずっと守ると約束してくれたわよね?

 正直なところ、貴方は妹をどう思っているのかしら? 姉? それとも恩人?」

 

 ラフェールはモードリンにそう尋ねられて、どうせ追い出されるのだからと、包み隠さずにミンティアへの思いを告げた。

 彼女が大好きで、ずっと側にいたいと。できれば護衛騎士になって、一生彼女を守っていきたいと。

 

 するとモードリンは、ラフェールの話を聞いて嬉しそうに頷いた。そして彼女は思いがけないことを彼に言ったのだ。

 

「わかったわ。それでは一生ミンティアを守ってちょうだい。

 でもミンティアを守るってことは、我がキシリール伯爵家やここの領地、領民まで守るってことなのよ。それが貴方にできる?」

 

 そう問われてラフェールは迷うことなく頷いた。

 ミンティアは家族と領民とこの土地を愛している。そんなことは百も承知だったからだ。

 それらを守れなかったらミンティアは悲しむ。悲しむ彼女は見たくない。だからそれらを含めて守らなければ、ミンティアを守るとは言えないのだ。

 

 ラフェールの確固たる信念を確認したモードリンは、まるで女神かと思えるような笑みを浮かべた。そして、

 

「貴方を信じるわ。どうか私の大切な妹の側にいて、ずっと支えてあげてね。お父様のように。約束よ」

 

 と言うと一足先に屋敷へと戻って行った。それを呆然と見送りながら、モードリンの言葉を反芻した。あれはどう意味だったのだのだろうと。

 ずっと守ってあげてとは、僕がずっとここに居てもいいということなのだろうかと。

 そしてそれから三日後に、ラフェールは彼女のその言葉の意味を知ったのだった。

読んで下さってありがとうございました!

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