第11章 きっかけ ✽ラフェールの過去回想✽
間が空いてすみません。
ヒーローとヒロインの出逢いの章です。
まだたった二月半一緒に暮らしているだけのラフェールに、家族でも気付かなかったことを教えられて、カインツとミンティアは目を丸くした。
それと同時にカインツは、ラフェールの思いを知ることとなった。
ラフェールは格下のキシリール伯爵家の人間を様付けで呼ぶ。それは子供ながらに自分がただ面倒を見てもらっている身分だと思っているからだろう。
それなのに二人きりの時にはミンティアのことだけは名前、いや愛称で呼んでいることを知った。しかもラフェールは泣いたり笑ったり、彼の素の顔や感情を見せていた。
しかしそれは単に、最初に彼を保護したのがミンティアだったから懐いているのだとカインツは思っていた。
ところがラフェールがミンティアを見つめる瞳は、恋しい女性を見るものだった。
かつてカインツが妻を見つめていた時と、きっと同じに違いないと。
ミンティアは次女だったが、一人っ子でいる時間が長くて甘やかされて育った長女のモードリンとは違い、すぐに妹が生まれことで、とても面倒見が良く、優しい娘だった。
しかも頭が良くて何にでも興味を持ってとことん追求するタイプだった。
だからラフェールを暫く預かることになった時も、彼女はそれはもう自分の責任であるかのように、せっせと彼の世話を焼いた。
もちろん構い過ぎると疎ましく思われることは、妹のことで経験済みだったので、その微妙なバランスを上手にとりながら。
ラフェールは突然屋敷(城)の自分の部屋で襲われ、無意識に空間移動をした。そして気付けば知らない森の中にたった一人だったのだ。
大人だって混乱し、恐怖し、パニックに陥るだろう。それなのにラフェールはまだ七才だったのだ。なにがなんだかわからない状態だったことだろう。
しかも、身内に裏切り者がいたことを、賢いラフェールなら容易に察していたことだろう。
そんなところに現れたのが、木苺を摘むために偶然森の中にいたミンティアだった。
しかも彼女は、午後のおやつ用に自分で焼いた木苺タルトをたまたま持参していた。
「甘いものを食べると元気が出るのよ。特にミアの作るお菓子はとても甘くて素朴で、心を元気にしてくれるわ」
いつも母親にそう言われていたミンティアは、ラフェールに木苺のタルトを手渡そうとした。
もちろん彼女だって、貴族が見も知らない人間からの食べ物なんて食べないことを知っていた。
だからまず自分で少し味見をして、毒など入っていないことを証明してから。
ラフェールは最初のうちはミンティアと彼女が差し出したタルトを無視していたが、その甘ずっぱい香りに刺激されて、彼のお腹がクゥ~と鳴った。
昼食直前にあの事件が起こり、それからずっと夕方近くまでこの森の中にいたので、お腹はペコペコだったのだ。
しかし辺境伯の息子が淑女の前でお腹の虫を鳴らすとは、なんて格好が悪いのだろうと、ラフェールは真っ赤になって下を向いた。
するとその時ミンティアがこう言った。
「どんなに落ち込んでいても、悲しんでいても、お腹は減るものなのよ。だって人や動物はいつだって前を向いて進もうとしていて、そのためにはエネルギーが必要だから。
それは貴族だろうが平民だろうが、身分には関係ないの。みんな同じ生物だから。だからね、お腹の虫が鳴ってもそれは恥ずかしがることではないのよ。
むしろプライドとか意地を張って、食べない人の方が生物として異常なのよ」
そう言われてラフェールが思わずタルトを手に取ると、ミンティアはニッコリと微笑んだ。
「美味しくなかったら残してもいいわ。私が食べるから。でも、一口は食べてね! 食べてみないと好きか嫌いか、美味しいか不味いかわからないでしょ。
それとも貴方も見かけだけで物事を判断する人間なの?」
この言葉にラフェールは衝撃を受けた。彼は、何も見かけが良くないからタルトの受け取りを拒否していたわけではなかった。
見も知らない女の子に施しを受けるなんて、辺境伯の息子としての矜持が許さなかっただけだ。
しかし、それは生物としては異常らしい。
『人から異常者とは思われたくはない。
ただでさえ、強靭な強者ばかりの辺境騎士団からも、まるで魔物でも見るように遠巻きにされているというのに』
とラフェールは思った。そして覚悟を決めて木苺のタルトを食べた。
するとただ甘いだけではなく、少し酸味があってとても美味しかった。今まで食べてきた城のパティシエが作ったタルトよりずっとずっと……
結局ラフェールはあっという間にその木苺のタルトを食べ終えた。そしてずっと強張らせていた顔を少しだけ緩ませながら、ミンティアにこう告げた。
「ありがとうございます。僕が今まで食べたデザートの中で一番美味しかったです。
そして、また食べたいです」
それを聞いたミンティアは嬉しくて飛び上がりそうになった。彼女の作ったパイを食べて、美味しかった、また食べたいと言ってくれたのは、母親以外初めてだったからだ。
「また食べたいって言われたの」
ミンティアがとても嬉しそうにそう母親に話しているのをカインツも聞いていた。
それ以降、ミンティアはラフェールの笑顔が見たくて、ケーキやおやつ作りに精を出すようになったようだ。
しかもラフェールだけのために。そしてそのことをラフェールも喜んでいたらしい。
娘のミンティアとラフェールとの関係に気付いたカインツは、正直なところ複雑な心境だった。
ラフェールに心を開ける相手が見つかったことは喜ばしい。
しかしその相手が自分の娘であり、それが友情や親愛ではなく、異性に対する愛情となると、父親としては手放しで応援する気にはなれなかった。
大体少し前までは父親である自分にも手作りの菓子を届けてくれていたのに、今はラフェールだけとは。
カインツがそうぼやくと、妻は呆れたようにこう言った。
「ラフェール様にだけではありませんよ。私も頂いていますよ。
ミンティアの菓子作りの腕は毎回上がっていっているわ。見かけはともかく、味だけならもううちのパティシエとそう変わりはないわね。特にタルトは。
天才かしら? まだ八歳だというのに」
妻が嬉しそうに、そして自慢げにミンティアを褒めたので、カインツは瞠目した。
「何故君はあの子の手作りを食べているんだ? 僕はもらえないのに」
「貴方にあげるわけがないじゃない。どんなに頑張ってお菓子を作っても、貴方は喜ばないとあの子は悟ってしまったのだから。
大体貴方は、何故ミンティアがお菓子作りを始めたのかを知らないの?
貴方はモードリンが単に型抜きしただけのクッキーを、そりゃあ美味しい美味しいと褒めたじゃないの。
それを見たミンティアは自分もお菓子を作れば、貴方に褒めてもらえる、笑顔を向けてもらえると思ったのよ。
貴女は長女のモードリンと末っ子のメイシャばかり可愛がっていたから、ミンティアは寂しかったのでしょう」
妻の言葉にカインツは驚嘆した。彼は娘三人を等しく愛していたからだ。それなのに妻やミンティアからは差別しているように見えていたとは!
ミンティアは本当に素直で優しくて手間のかからない子だった。だから放っておいても心配ないと、無意識に思っていたのかも知れない。
モードリンが作ったクッキーは甘さ控え目だったので、甘いものが苦手なカインツにとっては美味しく感じられた。だから素直に美味しいと褒めた。
それに比べてミンティアの初めて焼いたクッキーは、分量を間違えたのかやたら甘くて、その上さらに甘いジャムがのっていたので、思わず眉間にシワを寄せてしまった。
あの時妻は美味しいわと言ってミンティアを抱き締めていたが、彼は娘に何も言葉をかけなかったかも知れない。
妻のオーバーな喜び方に少し引いたことを覚えているが、あれは自分の不機嫌な顔を、ミンティアに見せたくなかったからだったのかも知れない。
自分の無神経さ、配慮のなさに今頃気付いたカインツだった。
ミンティアは一年ほど前に菓子作りを始めたのだが、まだ幼い上に不器用だったので、最初のうちは仕上がり具合いが最悪だった。
まあ味の方はそこそこ食べられるものだったが、元々甘い物が苦手なカインツは、さっさと菓子作りなど飽きてしまえばいいのにと心の中で思っていた。
ところが彼の妻は褒め上手だった。子供は褒めて育てる主義だったのだ。
そのせいで長女のモードリンは少々我儘で自分本位な娘になってしまったのだが、妹のミンティアはその反対に真面目な努力家になった。
ミンティアのお菓子作りのきっかけは、父親に褒めてもらいたかったからだった。しかし、父親は喜んではくれなかった。
それでもっと練習して美味しい菓子が作れるようになれば、そのうち父親もきっと褒めてくれる。喜んで食べてくれるに違いないとミンティアは思っていた。
彼女はこの世の中に、甘いものを苦手にしている人がいるということに気付かなかった。
ミンティアは甘いものが大好きだったから。
しかし結局父は一年近く経っても、ミンティアの作るお菓子を美味しいとは言ってくれなかった。
さすがにミンティアも凹んで、いい加減お菓子作りを止めようと思い始めた頃、彼女はラフェールに出逢ったのだった。
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