第1章 婚約破棄
過酷な境遇で育った少年と、偶然そんな彼を森で見つけて、手作り菓子を与えて餌付けしてまった、少女の恋物語です!
バーーーーーン!!!
物凄い轟音と共に目が眩むほどの激しい閃光弾が放たれると、ドサッ!という音と共に、まるで人間の大男を思わせる人型の魔物が大の字に倒れ込み、体全体をヒクヒクさせた。
それと同時に審判員が持っていた旗を高く振りかぶり、大声でこう宣言した。
「今年度の冬の魔術対戦の優勝者は、二年生ミンティア=キシリール!」
「「「ワァーーーーーー!!!」」」
ティーフス王立魔法学院の広大な敷地内にある魔物の森周辺は、大歓声に包まれた。
その中でも一人、滅茶苦茶にハイテンションで飛び跳ねて喜んでいる男子生徒がいた。
「大穴が的中した!
やったぞ。これで僕は卒業までセットランチが食べられるぞ。そしてたまにはデザートも!
ありがとう、君の予想が当たった! さすがだ、ラフェール!」
「大穴って……
冷静に判断すれば当然の結果だよ」
人形のように整っていて、まるで天使と見紛うくらい神々しい顔をした美少年が、浮かれて興奮しまくっている友人を見て呆れた顔をした。
するとその時、試合開始と同じく出撃時のような勇ましいラッパが吹かれて、周辺はピタッと静かになった。
そして厳かな雰囲気の中で表彰式が始まった。
しかし、八位から順番に名前が呼ばれて、その入賞者達が表彰台に登壇するごとに、再び歓声と拍手の嵐が沸き上がった。
しかも、順位が上がる度にそれらは大きくなり、優勝候補だった第二王子が現れると益々ヒートアップしてきて、広い森の中が騒々しくなった。
ところが最後に優勝者が登場すると、盛り上がっていた会場は再びシーンと静まり返った。
そしてみんなは固唾を呑んで、片足を引き摺るようにして歩いてくる人物を見つめた。
その優勝者はライバルだった他の選手を守ろうとして、たった一人で魔力暴走をおこしていた魔物と対峙したために、ボロボロな姿だった。
元々の艶のある美しい黒髪は埃にまみれ、戦闘服は至るところが破れて血痕がついていた。そしてその優勝者は疲れ切った表情で進み、ようやく一番高い場所に立った。
そのあまりにも痛々しく、かつあまりにも誇り高い姿に、みんなはホーッとため息を漏らした。そう、憧れと羨望の眼差しで。
やがてそこへ、黒のローブ姿の学院長がプレゼンターとして現れて、その優勝者ミンティア=キシリールの頭上に、英雄の印であるプラチナゴールドの冠をのせた。
そしてそれに続いてこのイベント主催者が第一級魔術師の称号を示す黒いローブをミンティアの肩にかけ、大きな花束を手渡すと、本日で一番大きな声援と拍手の渦に覆われた。
するとその直後、準優勝者の第二王子がサッとミンティアに近寄ってきた。それを誰もが、互いの健闘を称賛し合うためだと思って温かく見守った。
ところがそれは大きな勘違いだった。
なんと第二王子であるエンドゥー=コークレイスは、大勢の人間の前で場違いな、とんでもない発言をしたのだ。
「ミンティア=キシリール嬢、君は今日、この栄えある魔術対戦の優勝者となり英雄となった。そしてその褒美として、第一級魔術師の称号を得た。
つまり君は、この国を未来永劫輝かしいものにするためにはかけがえのない人間だということを、君自身の力でここに証明したのだ。
つまり君は己の力で、私の妃に相応しいことを証明してくれたわけだ。君の僕への深い愛に僕は感激した。私のグランドスラム達成などもうどうでもよくなるくらいに。皆も異議などあるまいな?」
と。それを聞いた者達はあり得ない王子の発言に一斉にポカンとしたが、それは一瞬のことだった。何故なら……
バリバリバリッ!!!
大きな赤い槍のような稲妻が、空から表彰式会場へ降ってきたからだ。
キャー!という悲鳴が至る所から上がった。しかし、その日魔術大会の警備ためにティーフス王立魔法学院に派遣されていた魔術師達が、瞬時にシールドを張ったので、被害が出ることはなかった。
しかしそのシールドが解かれると、一人の女生徒が表彰台の前まで走り寄って大声を張り上げた。
「エンドゥー殿下! 貴方は何を仰っているのですか!
貴方には私という婚約者がいるのですよ。それなのにそこにいる悪女を妃にするとはどういうことですか! いくらその女に誑されたとしてもあんまりですわ」
雷を落としたのはその女性だろうと誰もが思った。彼女が火の属性で、攻撃魔法を得意としていることは皆知っていたからだ。
「我が妃になる女性を悪女呼びは不敬だぞ。そもそも貴様の方が悪女だろう。
貴様が意図的に嘘を流布して、ミンティア嬢を悪女に仕立て上げようとしたことは明白だ。
しかも、貴様が王子の婚約者という立場を利用して、下位の身分の生徒達に威圧的な態度をしたり、理不尽な命令をしたり、貶し貶めていたという、証拠もあがっている。
その中でも、学生達から学院の職員を勝手にクビにしようとした事に関しては、多くの苦情が寄せられている。
このことは既に両陛下の耳にも入っていて、越権行為も甚だしいと酷くご立腹だ。
そして君の本性を皆にも分かってもらうために、あえていきなりこんな発表したのだが、案の定君はこんな大勢の人々がいる中に雷を落とそうとした。
このような真似をする貴様が、私の妃には相応しくはないのは一目瞭然だ。私は貴様との婚約を破棄することをここに宣言する」
エンドゥーが苦々しそうにこう言い放った。
「婚約破棄ですって! 浮気をした方から破棄だなんてそんなことが許されると思っているのですか!」
「私は浮気などしていない。そもそも貴様が勝手に私と彼女の仲を勘繰って、彼女に嫉妬し嫌がらせをしていただけだろう!
私達はただ同じ生徒会役員というだけだったのに。他の役員に聞いてみるがいい。私と彼女が仲良くしていたかどうかを」
「けれど、王太子殿下と妃殿下は……」
「何が言いたいのだ。兄上達は学院に入学する以前から内々に婚約していたから、卒業と共に結婚しただけだ。なにも一緒に役員をしていたから仲良くなったわけではない。
しかもお二人は公私混同など一切なさっていなかったぞ。それは私とて同じこと。
それなのに痛くもない腹を探られ続けて、ずっと不愉快だった。
そんなつまらない邪推をしている暇があったなら、自分磨きでもすればよかったものを、優秀かつ多忙なミンティア嬢の邪魔ばかりして、本当に腹立たしかったぞ」
「そんな……」
「そもそも私が貴様と婚約したのは、ボルディン侯爵を油断させて犯罪を暴きやすくするためだった。おかげで証拠は揃った。今頃騎士団が侯爵家に向かっていることだろう」
「・・・・・」
ついさっきまで第二王子エンドゥーの婚約者だった、シリカ=ボルディン侯爵令嬢はヘナヘナと座り込んだ。
これが巷で大流行の恋愛小説ならば、悪女として婚約者破棄されたシリカが真のヒロインで、ヒロインの婚約者を奪ったミンティアが、ヒロインを貶めた真の悪女なのであろう。
そしてそんな真の悪女に騙されて婚約破棄した王子は、その後で勝手に王命である婚約を破棄した罰で、王位継承権を奪われ、平民に落とされる……ところなのだろう。
しかし、今回はどっちが真の悪女なのかをみんなも知っていた。
王子の言う通り、シリカは女性であるミンティアが王子と一緒に生徒会役員をしているというだけで、勝手に妄想を膨らませただけだ。
そもそも一学年下のミンティアが生徒会役員になった時、王子はニコリともしない愛想のない彼女を毛嫌いして、やたらとつまらない雑用ばかりをさせていた。
そんな王子にミンティアの方は、抵抗するのも無駄とばかりに、生徒会室では完全に王子を無視して仕事に没頭し、余計なことは一切喋らなかった。
そして自分のしたい魔術研究をするために、サッサと仕事を終わらせて生徒会室を後にしていた。つまり二人にはコミュニケーションなど一切無いに等しかった。
ただ確かにその一年後には、ミンティアの優秀さが誰の目にも明らかになっていたので、王子も彼女に嫌がらせのような真似はしなくなっていた。だからといって、仲良く言葉を交わす仲でもなかった。
そもそもミンティアは、どんな仕事に対しても熱心に取り組んではいたが、元々誰に対しても等しく塩対応だったのだが。
それを知っている他の役員達は、二人が想い合っているとか、付き合っているとか絶対に有り得ないと断言できた。
それにミンティアは自分には婚約者がいることを隠してはいなかった。
自らその婚約者について語ることはなかったが、休憩時間にあの塩令嬢が、頬を染めながら婚約者へ贈るためにせっせと刺繍を刺したり、編み物をしていた。
そんな姿を見せられていた彼らならば、彼女が王子と浮気をするはずがないと断定したことだろう。
だからこそ、生徒会役員や彼らのことをよく知る二年生と三年生は、さっきの王子の発言には驚いたのだ。シリカとの婚約破棄はわかるが、何故ミンティアと結婚するなどと発言したのかと。
そしてそれを一番感じているであろうミンティアが、一番高い場所からエンドゥー第二王子を見下ろしながらこう言った。
「殿下、いくら後輩、しかも女の私に負けたからといって、表彰式をぶち壊すような嫌がらせをしなくてもいいのではないですか?」
「すまない。ぶち壊すつもりなどなかったのだ。ただ、全生徒が揃っているところで、私と君との関係を発表したかったのだよ。
私の妃になる資格を皆に示すために、必死になって魔術を研究し、こうして魔術大戦に優勝してくれたのだろう?
それが嬉しくてつい興奮して先走ってしまったのだ」
この王子の言葉に、これまで無表情で冷たい仮面をかぶり続けてきたミンティアが、その仮面を破り捨てて、怒りの表情を露わにした。
「私と殿下の関係とは何ですか? 誤解を招くような発言はよして下さい。
私と殿下はただの先輩と後輩。同じ生徒会に属しているというだけですよね?
それ以上でもそれ以下でもありません。殿下ご自身も先ほどそうおっしゃっていましたよね?
それなのに何故私が殿下のために死をも覚悟するこの対戦に参加しなければならないのですか! 冗談じゃありませんよ。
私は私の大切な婚約者に相応しい人間になるために、これまで努力してきたのです。
そして婚約者を守るために第一級魔術師の資格が欲しくて、この大会に出場したのです。それ以外の目的なんてありません」
「婚約者って、僕を諦めるために、僕への気持ちを抑えるために君が勝手に作り上げた架空の人間だろう?
シリカは偽りの婚約者だったのだが、作戦上それを君には言えず、冷たい態度をとって、辛い思いをさせてしまって申し訳なく思っていたのだよ。だけどもう我慢しなくてもいいのだよ」
それまで余裕綽々としていたエンドゥー王子が少し焦ってきてこう言うと、ミンティアは信じられない生き物でも見るような目をして、王子の顔を見てこう言った。
「生憎私はそんな非現実的な空想はしません。私の婚約者は貴方ではなく別の人物です。
そしてこの森で私の姿を見て応援してくれていたと思います」
すると彼女の言葉に呼応するかのように、突然花火のようなものがどこからか打ち上げられた。皆が上空を見上げると、そこには、
『優勝おめでとう!ミアを愛する婚約者より』
という大きな文字が浮かび上がっていたのだった。
読んでくださってありがとうございました!