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時間恋愛と時間強盗

ぼくは、過去のぼくが紀伊國屋書店横浜そごう店の棚から『はじめての競馬』を抜き出したところで声をかけた。


「それは止めた方がいいよ。命を狙われることになる」


ぼくのなかに、新しい記憶が出現した。本を選んでいたら、いきなり後ろから声をかけられたのだ。体内での反響がないせいか、ぼくが自分の声だと思っているそれよりも、若干高い声に聞こえた。


過去のぼくが振り向き、固まった。


とんでもない衝撃を受けているのだ。いまのぼくは、この過去のぼくから五時間近くあとの自分なわけだが、それでも腰を抜かしそうになった記憶は残っている。


過去のぼくがいう。

「競馬以外ならいいのかい?」


「だめだ。賭けで大金を稼ごうとすると跳躍者に網を張ってる連中がいるんだよ」


ぼくがこう告げた瞬間、ぼくのなかに一気に新しい記憶が押し寄せた。


ぼくは川崎競馬場には行かなかった。タイムパトロールのソフィアの手で、グランドキャニオンに連れていかれることもなかった。


ぼくの背中からコギャルが顔を出した。

「しばらくここにいてね。いま連絡しといたから、しばらくしたら来るよ」


過去のぼくがいう。

「ええと、君は? 誰が来るの?」


「あたしは霧が島町子、ここにいる未来の君を助けてあげた恩人。で、この本屋さんに来るのは過去のあたし。あなたに、何がどうなってるのか説明しておいてもらおうと思ってさ」


ぼくは携帯を指した。

「同じ携帯同士で連絡できるのかい?」


彼女が懐からもう一台の携帯を取り出す。

「もちろん二台持ち」


ぼくたちは手を繋ぎ、また湖の前に戻った。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


枯れ葉が風にのって湖面を渡っていく。


それを眺めながら、ぼくは頭のなかに現れた記憶に驚かされた。


コギャルこと霧が島町子が紀伊國屋書店に現れたとき、ぼくは退屈凌ぎにコミックコーナーにいた。で、たまたま手に取っていたのが、彼女が自分の現在時間でハマりまくっていた『明日のジョー』の復刻版だったのだ。ぼくも、〝パパ〟に勧められて読み進めており、ちょうどライバルの力石が死ぬところだったのだ。


ぼくたちはそごう一階のスタバに移動して語りまくり、一時間ほどしたところで、さすがに店員に悪いね、ということで店を出て、彼女のとっておきの場所である、1748年、ニュージーランド奥地にあるテカボ湖に移動し、湖畔の獣道を散策しているところだった。


しかも、彼女と手を繋いで。


スタバからこちらに移動するときに手を握り合ったのだが、なんとなく、どちらとも放さなかったのだ。


町子が苦笑した。

「これは、ちょっと予想しなかったなぁ。ま、そんなに悪くないけど」


「これも、歴史の修正力なのかな? うまいこと辻褄を合わせるために、ぼくたちを恋愛関係にしたの? 悪くないけどさ」


「わかんない。昔、仲間の一人から〝恋愛は、失われた本来の歴史の相手と巡り合ったときに発生する現象だ〟って聞いたことあるけど。これまでに果てしないほどに歴史の修正が繰り返されて、本来の相手とくっつけなかった人がいっぱい出てきて。そんななかで本来の相手と巡り合うと、ものすごく惹かれあうんだって。それが、歴史の修正力によるものなのか、それともそういう運命の相手と呼ぶべきなのか、なんともいえないかなぁ」


ぼくたちはそのまま二時間ほども話し続けた。


それでわかったのだが、彼女もぼくと同じ横浜出身だった。ただし、生まれは彼女の方が五十年以上早い。


同じように親に恵まれず、不良少女になり、能力を悪用して〝過去の銀行に飛んで、現金カウンターから盗みを働き、現在時間に返る〟ということを繰り返していた。


金を強奪された行員は、目の前で彼女の姿がかき消えるのを目にするわけだが、歴史の修正力により、あっという間にその記憶を喪う。そして、現金勘定が合わないという結果だけが残る。


町子は深く考えていなかったが、その銀行の経営層は、不可思議に勘定の不一致が続くことを訝しみ、徹底した調査を始めた。調査は歴史の修正力に妨害されてなかなか進まず、やがて一種の都市伝説となって、タイムパトロールと時間警察双方が気づくこととなった。


ぼくのときと同じようにタイムパトロールの暗殺者が送り込まれ、同じように時間警察の一人が危ういところで彼女を救った。


それを縁に、彼女は時間警察に加入し、いまでは時間警察のメンバーこそが彼女の家族となっている。


「ふーん」という、ぼくの少しそっけない返事に、彼女が笑った。


「ちょっとちょっと。誤解しないでよね。あたしは、家族として仲間のことが好きなだけだから。恋愛での好きとは違うからね」


「へー」と、いうと、彼女がぼくの頭に軽くチョップを入れた。


こういう会話も楽しいものだなあ、と思ったとき、彼女がいきなり身をかがめ、胸を押さえてうずくまった。


「なに? どうしたのさ?」と、ぼくは彼女の横にしゃがんだ。


「わかんない」彼女が顔を顰める。「なんか、いきなり苦しくなって」


そのとき、ぼくの記憶の一部がいきなり更新され、ぼくは彼女に何が起こったのか知った。


いま、歴史に巨大な変動が起こったのだ。


ぼくは、新しい記憶のなかで病床の母の姿を思い返していた。母はぼくが五歳のとき、白血病で亡くなった。母の母、ぼくの祖母が横浜に投下された原子爆弾によって原爆症にかかり、それが母にも影響を与えたのだ。そして、おそらくは、町子にも。


新しい記憶のなかには、歴史の授業で学んだ、新しい太平洋戦争終戦の形が宿っていた。


日本各地に合計十発の核爆弾が投下され、約五百万人が亡くなったのだ。


町子がぼくの手を掴んだ。

「すぐに時間警察の本部に行かないと」

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