リアル親ガチャ
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ぼくが通っているのは横浜市立神星中学校だ。
前の人生でも、現在の人生でもその点は変わりない。
クラスは同じ一年五組だし、ぼくの席は窓際の一番後ろでこれまた同じ。
隣の席は、小学校の時から七年連続で同じクラスになっている百合屋沙恵。
クラスメイトも全員変わらず、旬な話題は、沙恵が父親の蔵書から拝借してきて回し読んでる『幽遊白書』と、ほぼ前のままだった。
とはいえ、変化がなかったわけではない。
ひとつは、一時間目の数学の小テストで判明した。
ぼくはこれまで、授業について行くのがやっとのバカだった。家のなかにアル中の熊がいたのだ。まともに勉強なんてできるはずもない。
だから、小テストは、五つの大問のうち一つ解ければ御の字だったのだが、この日は、五つ全てがこともなげに解けてしまった。
ちょっと見ただけで解法が頭に浮かんだのだ。理由はかんたんで、東大卒の〝パパ〟が毎週土曜の午前中に、みっちり勉強を見てくれているのだ。それも小学校一年生のときから。
ぼくは、小学校からの友達と別れたくなくてこの公立中を選んだが、のぞめばどんな私立の難関中学だって思いのままだった。
ある意味での〝親ガチャ〟を行った変化は、運動能力にも現れた。二時間目の体育の授業で、長距離走が上から四番目だったのだ。これまではビリだったのに!
これもパパのおかげ。土曜日の午後は水泳で心肺機能を鍛えていたというわけだ。
勉強も運動もできる。さぞかし、女子からの人気も高いだろうと思うかもしれないが、そこはさほどでもなかった。
人間関係については、驚くほど前のままだ。まるで、以前の世界と変えないようにする力が働いているのかと思ってしまうほどに。
この不可思議さは、頭のなかの記憶でも察せられた。たとえば、ぼくは先々週、自販機でコーラを買ったさい、電子クジでコーラをもう一本当てた。そして、それは現在の世界の記憶でも、前の世界の記憶でも同じなのだ。現在の世界のぼくは、前の世界のぼくとまるきり違う人生を歩んできたのに、特定の日の特定の時間帯に、特定の自販機でコーラを買い、クジまで的中させた。
時間旅行の法則その5(ただし仮だが)、〝世界は元の姿を保ちたがる〟。
時間という川の流れの向きを変えようとしても、流れは元に戻りたがるというところか。
放課後、ぼくは法則その5をさらに考えるべく、学校の図書室で、時間に関する書籍を探した。もちろん、必要な本はなかった。せいぜいが相対性理論を子ども向けに噛み砕いたものくらいだ。
求めているのは、より最新かつ詳細な理論書だ。幸い、いまのぼくはパパの教育のおかげで、相当に高度な内容でも理解できる。
横浜そごうの紀伊國屋書店に足を伸ばし、助けになりそうな専門書を何冊か見つけたが、これがなんと一冊三千円近くもした。欲しい本を全部買うには最低五万円は必要だ。
ぼくは書棚の前でしばし思案したあと、ギャンブル本コーナーで『はじめての競馬』買って店を出た。
スマホで、先々週の日曜日の川崎競馬のレース結果を検索し、画面保存で記録する。
それから、トイレに入って自販機でコーラを当てたときの光景を思い浮かべ、渦を起こして過去に飛んだ。