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第5話 聖夜の魔法少女

 魔法少女は眠らない。眠る必要がない。

 だが、その肉体は魔法で強化できても、その心は女子中学生のそれでしかない。

 この日の出来事は彼女の精神を限界にまで追い込んでいた。

 久しい夢のひと時だった。栞は2か月前の夜の出来事を思い出していた。

 それは、特別な夜だった。その日が聖夜(12月25日)だったからではない。栞とナツとカリン、3人の新米魔法少女が、彼女たちだけで活動する初めての夜だったからだ。

 夜の巡回は魔法少女たちの日課。災夢(さいむ)と呼ばれる人類の敵を見つけ出し、これを滅ぼす。魔法少女に課せられた使命である。

 人々の平和と安全を守るために魔法少女たちは夜も眠ることがない。


 栞たちの担当地区は、希望が丘市全域であり、普段は4人一組で巡回を行ってきた。今日ここにいない、もう一人というのは彼女たち66班の班長(リーダー)である(メグミ)である。

 栞たち3人は魔法少女になってまだ半年余り、第10期生と呼ばれる新米だった。対して恵は第6期生。魔法少女4年目の中堅だ。このように一人の指導係と3、4人の新米が一つの班を組み、比較的安全な任務を繰り返しながら、実戦経験を積ませるシステムが取られている。

 しかし、この夜に限っては事情が違った。経験の浅い9期生と10期生を除いて、ほとんどすべての魔法少女たちが担当地区から姿を消していた。

 ある『作戦』のために街を離れているのだ。

 このようなことは前代未聞と説明されていたから『作戦』がいかに重要なものか、否が応にも理解させられることになった。

 わずかに残った上級生が即応班を組織し、臨機応変にサポートをするとは伝えられているものの、栞たちもすでにいくつもの実践を経験した魔法少女である。自分たちの任務は自分たちだけでやり遂げたいという想いは強かった。


「いよいよ、この日が来たね。今日は私たちだけだよ。気を引き締めて行こう!」


 栞はいつも通りの紺色のセーラー服。三人の先頭に立って、腕を大きく振りながら元気よく歩いている。


「気合が入っているのは結構だけどさ、アタシが一番心配なのは栞なんだぜ。栞はプレッシャーに弱いから、急にお腹が痛いとか言って帰るかもしれないからなぁ。あー心配だ、心配だ」


 金色に染めたベリーショートの髪が特徴の彼女は、蜂屋敷カリンという。真冬にブルマの体操服という奇抜な私服だが、栞たちはもう慣れてしまっている。

 栞は、カリンのこういう『自己主張のできる』部分を尊敬している。栞は、母親が決めた髪型をいまだに一度も変えたことがないほどなのだ。


「え、何? 止めて、なんでそんなことを言うのさ。今まで全然気になってなかったのに、そういわれると俄然緊張してきたよ……ぶんぶん。違う違う。今日の私は違うんだ。朝からずっとイメージトレーニングしてきたからね。今日は絶対に大丈夫です」


「栞は、遠足当日に熱を出すタイプだろ。準備に力を入れ過ぎて倒れるタイプ」


「でも、だってだよ。今日の私は、いつも準備しすぎる私のパターンを予想した上で準備してきているんだから全然大丈夫なんだよ」


「いいよ、いいよ。今日のしおりんは"振り"もバッチリだよ。見事なオチに期待してるよ」


 笑いながら肩を叩く。

 カリンは口が悪いのが欠点。会話にも人間関係にも、とにかく波風が立った方が面白いという困った思考の持ち主。


「何でこんな大事な日に和を乱そうとするかなぁ」


 栞は振り返って後ろを歩くナツに助けを求めた。長身のナツはいつも一歩引いて後を着いてくることが多い。それが性格にも反映してか、話も聞き役に回り、全体を見渡して話をまとめるのが上手いというのが栞の評価である。


「かりんは、かりんなりに栞の緊張を解こうとしているのじゃないかしら。事前の準備が悪いとは言わないけれど、実戦ですからね。想定通りにはいかないと覚悟して置くことも肝要と思いますわ。私たちは、これまでに十分に実戦経験を積んできたのですから、今になって慌てる必要なんてないと思いませんか」


そうだそうだと頷くかりん。


「かりんも気遣いならば相手にその意図が伝わらなければ逆効果になることも、あるのですよ。栞の役割はアタッカー。とっさの判断が求められるポジションなのですから神経質になるのも理解してあげなければ」


 ナツは魔法少女としては同期ながら、栞たちよりも2つ年上の高校2年生だ。たった2歳の差だけれど栞よりもずっと大人で判断力や決断力で優れている頼りになるお姉さんだと思っている。


「でもよう、ナツはどこか気が抜けているよな。本当は決戦の方に参加したかったんだろ?」


「決戦! やっぱり今回の『作戦』って決戦なんだね」


「はぁぁぁ。悟られるとは私もまだまだ未熟ですね。その考えが不遜だと言うことは理解していますのよ。でも、この『作戦』が上手く行けば、すべての戦いが終わるかもしれないとも言われています。私たちの知らないところで、すべて終わりましたなんて、そんなことで納得がいきますか」


 珍しく好戦的なナツの一面に驚く栞だったが、実のところ66班で魔法少女としての仕事に一番熱心なのは彼女だったりもする。


「ええー!? もしかして私たちもう引退なの」


「ナツはただでさえ背が高いんだから、それ以上の背伸びは迷惑だぜ。客観的に見ようぜ。新米のアタシらが出しゃばったってさ、足手まといどころかただのゴミだぜ。今回の『作戦』はこれまでにない死地になる。誰が死んでもおかしくない」


 かりんは情報通で本部の人間しか知らないような情報にも通じている。


「メグさんは大丈夫かなー」


「そうですねぇ。心配なのは心配ですが、おそらくメグさんは後方支援でしょう」


「ああ、戦闘能力はゼロだからな」


 10期生の3人が、6期生の恵と戦えばおそらく3対1でも全く勝負にならないだろう。経験差が魔力の差にストレートに反映するのが魔法少女の世界だったりする。それでも、恵のおっとりとした性格と普段の言動が、66班の偉大なるリーダーを戦力外に分類させるのだ。

 恵は面倒見のいい先輩で、栞たちに魔法少女のイロハを教えてくれた恩人である。家事全般を得意とし事務処理能力にも長け、魔法少女という複雑な立場に立たされた栞を公私に渡って支えてくれている。わざわざ手書きの『魔法少女のしおり』を作って配ってくれるほど気が利く人物である。

 ところが、彼女が持つ固有魔法(ユニークスキル)は、「おいしいお菓子を作れる」といったもので、およそ戦闘向きではない。もちろん実戦で生き残るための体術は心得ているものの生来の過保護すぎる性格が災いして、チームプレイでは足を引っ張りがちなのだ。


「ひょっとして、メグさんがいないほうが上手くいくかもな―」


 かりんがそんなことをうそぶく。


「そうですわね。恵さんが抜けた穴……冷静に分析してみると影響力ゼロですわ」


「でもさ、でもさ、メグさんがいるだけですごく安心して戦えてた。もし、何かがあったらと考えると怖くなる。メグさんがいないってどういうことなのか,考えるとなかなか頭がまとまらないんだ」


「メグさんはいつだって、お前の心の中にいるよ」


 かりんは決め顔でそう言った。


「平常心、平常心」


 栞は「人」という字を3度掌に書き、それを飲み込む真似をした。

 ナツがそれはなんだと興味津々だったので栞は古いおまじないだよと答えた。


「よし、がんばるっきゃないよね」


 何となく一件落着。どこかの戦場でいつも通り世話を焼いている恵の姿を思い浮かべつつ、自分たちを叱咤する彼女たちだった。

 そんな会話している間もカリンははしこく手元のタブレットを操作していた。

 そして、とうとう強大な災夢の反応を見つける。


「ピッコーン!見つかったぜい。距離は300。リバーサイドのタワー型マンションだよ。顕現率は2パーセントってとこ」


                  ◇


 さて、変身の時間だ!

指輪(マジカル・リング)を胸の前に構え、魔法の合言葉「イマジナリィ・パワー・ウェイク・アップ」と唱えると、わずか0.1秒で魔法少女に変身できる』と恵さん作成『魔法少女のしおり』14頁に書いてある。ただし省略可能と注意書きがあり、最近は省略しがちだ。

 ここで説明しよう。

 魔法少女には大きく分けて2つの能力がある。

 その一つ目が、魔法のコスチュームへの変身能力だ。

 デザインに多少の違いはあるものの過剰な装飾と太ももが露わになるミニスカートが特徴的な魔法少女特有にコスチューム。デザインの違いは本人の精神の在り様を反映している(魔法少女のしおり』14頁)。魔法少女たちは普段着からその姿に一瞬で変身できるのだ。

 魔法のコスチュームは圧倒的な防御力を誇るとともに、普段の数十倍の身体能力を引き出してくれる。

 そしてもう一つが固有魔法(ユニークスキル)。唯一無二にして千差万別の能力。それぞれの個性の体現であり、本人でさえその全貌を理解できていないことも多い。

 例えば、恵の固有魔法(ユニークスキル)は、頭の中で思い描いた外見と触感、匂いや味を持つお菓子を両手から生み出すことができるというものだ(名を『菓子色迷彩(カステラ・タイム)』という)。

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