2021.4.25―side B
一日風呂に入れていない割には、気分も悪くないし頭も痒くない。ディルームで老人がギャンギャン不平不満を言っていてクソうるさいから病室に避難してきてこれを書いている。今日は朝から殆ど何もしていない。音楽を聴きながらボーッとしていた。最近はとにかくAdoがお気に入りだ。「うっせえわ」は勿論好きだし、「レディメイド」「ギラギラ」「Radio Noise」「東京カニバリズム」「コールボーイ」「お洒落番長」「ラブカ?」「シカバネーゼ」も好きだ。特に「Radio Noise」は、曲の主人公にとっての「歌」を「勉強」に置き換えたらまんま私の気持ちを代弁してくれてるって感じだ。キラキラしている人への憧憬。努力してもしても縮まらないその人との距離。理想と現実の乖離からくる悔しさ、辛さ、苦しさ、悲しさ。夢を諦めざるを得ない状況に追い込まれていっても足掻くしかできず、虚しくなって傷ついて、助けて欲しくて――そして壊れていく自分、いっそ壊して欲しいという願い。歌詞の殆ど全てに共感できた。曲調も好きだ。作詞・作曲した「ミコ吉」さんは天才だと思う。勿論それをエモーショナルに歌い上げるAdoも天才だ。こんないい曲に出会うことができて、私は幸せ者だと思う。そろそろ読書を再開しないと頭がまた鈍るので、今日の日記はこれくらいにしておく。退院までに読みたい本がまだまだ沢山あるのだ。
とか言っておいてなんだが、今いる病棟について基本的なことを何も記録していないことに気づいたので、それを先にやっておこうと思う。一日の日課を、二十四時間表記で起床から就寝まで書いていこう。六時三十分、起床。八時、朝食。十二時、昼食。十八時、夕食。二十一時、病室消灯。二十二時、テレビ消灯。この他に服薬とか検温とか、風呂(月・水・金)とか、シーツ交換(週一回)とか清掃(週数回)とかがある。それ以外にも、コラージュとかストレッチとかの病棟プログラムがあるが、それには興味がなくて参加していない。差し入れ、外出・外泊とかには制限があり、何をするにも医者の許可を取らなくちゃいけなくて窮屈だ。しかも私は任意入院じゃなくて医療保護入院なので、そういう許可はなかなか下りない。次は病室についてだ。前にも言ったと思うが私がいるのは一人用の部屋で、広さはたぶん七、八畳くらい。家具は箪笥と戸棚付きの机(どちらもキャスター付き)、ベッド。窓は一箇所で、十五センチしか開かない。カーテンの色はくすんだ黄緑色で、四角いドットが入ってる。床にプラスチック製の丸いゴミ箱が一つ。ドア横の壁にコンセントが一箇所、二口。他に何か書くことがあったか? ああそうだ、食事はディルームで食べるか病室で食べるか選べる。私はいつも病室で一人で食べる。他人のシケたツラを見てるとシケたメシが更にシケるからだ。後はシャワー室と一般浴場について。シャワー室は至ってフツーの一人用シャワー室だが、なんでか金属製の立派な椅子がある。銭湯にあるプラスチックとか木とかのちっさい椅子じゃなくて、ご丁寧に肘掛けまでついてる。老人のコケ防止のためにあるんだろう。足にはちゃんとした滑り止めが付いてた。一般浴場には、四つの洗い場と四百リットルくらい入りそうな浴槽がある。他には特筆すべき点は見当たらない。トイレは至って普通のトイレだ。便座保温機能は付いているが、シャワートイレじゃないからちょっと不衛生だ。私は用を足した後、いつもウェットティッシュで股を拭いている。そうしないと我慢ならん。入院して気づいたが、私はやや潔癖症なところがあるかもしれない。頭を洗えないと発狂するし、邪魔な毛を剃れないとキレる。まあどちらも態度には出さないから問題はない。私にだって、騒いで看護師に迷惑をかけたくないという気持ちくらいあるのだ。それに、いい治療を受けるにはいい患者であることが必要だと思っている。病棟の話に戻るが、後はディルームのことを書いておくべきか。前にも軽く触れたが、ディルームはナースステーションの前にあり、四人用のダイニングテーブルと椅子四脚のセットが六つ置かれている。壁際に革張りの薄緑のソファ。デカい窓の横に微妙な大きさのテレビが一台。その横に雑多な漫画、小説が収められたカラーボックスみたいな小さい本棚がある。横に洗面が二つ並んでおり、その背後に飲み物の自動販売機が一つ。私はいつもそこでカフェオレを買っている。食後のコーヒーを欠かすと気分が下がるからだ。品物――菓子とか雑貨、飲み物の購入は売店でもできるが、自由に売店に行けるわけじゃなくて、品物リストの中に書いてあるものの名前を専用の紙に書いて提出して買ってきて貰わなきゃならんので、面倒臭くてやっていない。あとは金についてだ。売店での物品購入とか自販機の利用に使う金は、病院預かり金の中から下ろさなきゃならないし、金額制限がある。私は一日五百円だった。病院預かり金の中から金を下ろすには、これまた専用の紙に私を含めた何人かのサインが必要で、手続きに手間と時間がかかる。時間といえば、入浴できる時間、売店を使える時間、金を下ろせる時間、スマホとかを充電できる時間とかは全部厳密に決められている。しかも、充電はナースステーションの中で、十時から十六時までの間にしかしてはいけないことになっている。患者用充電スペースにあるコンセントは六口くらいしかないので、患者同士で奪い合わなきゃならない。モバイルバッテリーを持ち込んで病室で充電するのは勝手だが、とにかく病室のコンセントを充電には使ってはいけないらしい(ドライヤーとかヘアアイロンとかはOKらしい)。謎ルールだが、まぁ電気代とか色々あるんだろう。ディルーム繋がりのことで書き忘れていたことがあった。ディルームの横には電話室があり、よくある緑の公衆電話と椅子が一脚ある。ナースステーションから中が見えるようにするためか、ナースステーション側の壁にはデカい窓がついている。材質はガラスじゃなくて樹脂系のやつだ。後は何かあったか? ああ、内装の話をあまりしてなかったが、あまりにもありきたりなもんで話す必要を感じなかっただけだ。まぁ一応言っておくか。パッと目に入るのはクールグレーもしくはウォームグレーの塩化ビニル樹脂の床、よくあるアイボリーの壁紙、真っ白い天井。廊下の壁には暗い茶色の木製の手摺が付いている。ちょうど目線が来る位置に心の和まねー謎の絵が四枚ほど、それぞれ五メートルくらい離れて掛かってる。うち二枚はどんな絵だったか全然記憶にないが、あとの二枚はまぁまぁ憶えている。一つは草原に自転車が置いてある絵、もう一つは黄色い花畑に雑草の生えた部分が島みたいに点在してて、そのうちの画面中央にあるやつにデカい木が三本と何故かメリーゴーラウンドがある絵だ。自転車の絵は水彩画で、全体が青っぽかった。メリーゴーラウンドの絵は版画っぽくて(ってか多分版画)、遠近感とか陰影とか立体感とかが皆無だった。私は西洋絵画とか日本画とか好きだが(たとえばウィリアム・ブグローや東山魁夷)、例の二枚はあまり良さが理解できなかった。廊下の端には窓と件の物置き、非常口がある。その窓からはドブ川しか見えないので、私はあまり近づかない。病室は私のところみたいに一床しかない部屋もあれば、四床もあるところもある。ドアは、一床の病室はドアノブのあるフツーの金属製のドアで、複数床ある部屋は幅の広い金属製の引き戸だ。どのドアも外側からも内側からも鍵がかけられるようになっている。天井には換気扇とエアコンがあり、二十四時間換気されているし至適温度が保たれている。細長い蛍光灯が中に入ってると思しき長方形の照明の横には丸いスピーカーが付いている。火災訓練にでも使うんだろう。まぁ、設備についてはそんなところだ。
今は病室の窓の隙間から外を見ている。シケた住宅街しか見えないが、ここよりはマシだろう。早く娑婆に出たい。そういえば、某老婦人の名前を今日初めて聞いた。もう忘れてしまったが。




