2021.4.26―side B
今日はシケたメシについて詳しく書こうと思う。とは言っても大したものじゃない。メニューを簡単に述べていこう。朝は卵焼きと味付き大根おろしとかのおかずと、白米、汁物。昼は肉もしくは魚料理などのおかずと、和え物とか煮物とかの小鉢、それに白米、汁物。白米は偶にパンになったりする。後はヨーグルトとか牛乳とかが付いたり付かなかったり。週数回、麺や丼ものになったりもする。夕食は昼食と大して変わらないが、ヨーグルトや牛乳は付かないし、パンや麺だったこともない。おかずはいつも全体的にちまっとしていてケチ臭い。小鉢はキンキンに冷えていて、ただでさえ美味しくはない料理を一層不味くしている。毎日のように酢の物の小鉢が出るのには辟易しているが、他にまともな野菜が出ないので仕方なく食べている。三食とも完食した場合の摂取カロリーは、大体千八百キロカロリーくらいになるように栄養的に管理されている。私に言わせれば、ろくに運動もしてない成人に千八百キロカロリーは多過ぎる。だから私は、米やパンなどの炭水化物は四分の一しか食べない。そもそも一食に米を百七十グラムも食わせようとするのがおかしい。戦時中じゃあるまいし、もっとおかずを食わせろと思う。まぁ、それはいい。シケてるシケてると何度も書いてるが、シケシケポイントはそこじゃない。何がシケてるって、味がシケてるのだ。患者の大半が老人では仕方がないのかもしれんが、味がとにかく薄い。出てくるメニュー自体、良く言えば健康的悪く言えば食べ応えのないものばかりで、鶏の唐揚げとか牛肉入りのジューシーなハンバーグとか、そういう美味しそうなものはあんまり出ない。ジャンクフード大好きな私からすると、食べた気がしないものばかり出る。実にシケてる。私が今までにしたのは常食(普通の食事)の話で、全粥食には別の献立が組まれている。そっちの方は食べてないのでよくわからん。まあ似たようなもんだろう。メシの話はこのくらいにしておこう。
今はディルームでカフェオレを飲みながらこれを書いている。風呂に入ってから一時間くらいしか経ってないので頭は全く痒くないし、気分はいい。テレビの音が五月蝿い上にナースステーションの前で喋ってる老人の地味にデカい声が癇に障るが、まあ仕方がない。なんでディルームにいるのかというと、病室の机には椅子が付いてないし、ベッドの前に移動させてベッドに腰掛けて書き物をするには、ちょっと天板の位置が高過ぎるのだ。まあそんなわけで、私は読書とか執筆とか雑務とかをディルームでやっている。当然常に耳栓をしている。音楽を聴いているときもあるが、そっちに気を取られるのであまりやらないようにしている。今日は読書をしたいので、何か面白いことがない限りは今日の日記はこれでおしまいだ。
と思ったが、気紛れで病棟プログラムに参加したので、それについて簡単に記録しておこうと思う。今日やってたのは、再発予防について考える軽い勉強会みたいなものだ。配られた資料の表紙を捲ると、入院前に感じていたストレスを記入する欄と、ストレスへの自分なりの対処法を記入する欄があった。私は前者に「生きていること。将来を考えなきゃならないこと。他人と関わらざるを得ないこと。自分が無能であるという事実。研究室に入らなきゃならないこと。死ねないこと」と書き、後者には「頑張って有能になる。頑張って研究室に慣れる。頑張って死ぬ」と書いた。前者にはどーしよーもねぇことしか書いてないし、後者に書いたことはかなり茨の道だ。私は自分が書いた文字列を眺めて憂鬱になった。プログラムを仕切ってた心理士がどんなことを書いたか参加者に発言を促したが、私は勿論何も言わなかった。こんなどうしようもないことを言われても心理士も困るだろう。他の参加者がよくあるストレッサーを口にし、よくある対処法を言う。それを心理士がホワイトボードに書き出していく。つまらない会だと私は思った。マスクの下で大欠伸をしていた。心理士が次のページを見るよう指示した。そこには、ストレスによって病状が悪くなる前触れにはどんなものがあるかを記入する欄があった。そこに私は「希死念慮が強くなる。無力感が強くなる。日常生活が面倒に感じるようになる。絶望感で心がいっぱいになる。怠くなる」と記入した。希死念慮も無力感も絶望感も常に感じているから、強くなるとかそういう表現になった。まあこれらはよくある症状だろう。心理士がまた皆に発言を促した。ありきたりな回答が何個か出る。心理士がそれを書き出す。私も発言を促されたので、日常生活が面倒になりますねーと適当に言っておいた。心理士は次に、そういう前触れに気付いてくれる人が周囲にいるかを皆に訊いた。まーまた平々凡々な回答がポロポロと出てくる。私の場合は家族ってことになるんだろうが、私が去年の十一月からオーバードーズを繰り返し、今年の一月から度々首を吊っていたことに三月になるまで気がつかなかった連中がそんな些細なことに気づくとは思えない。まぁそれについては打つ手も改善の見込みもないのでどうでもいい。資料の次のページをなんとなく眺めていたら、時間になったとかで会は終わってしまった。肝心の再発予防に関する話を殆どされなかったので、なんだか不完全燃焼な感じだ。時間の無駄だったな、と私は溜息を吐いた。
そういえば四月二十二日に一緒にお絵描きをした娘は何日か前に退院したらしい。廊下で踊ってても退院許可が出るのか、と私は少し驚いた。やはり医者の考えることはよくわからん。医学生の友達も、将来私には理解不能な思考の持ち主になるかもしれないと思うと、少し淋しくなった。




