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2021.4.26―side A

 昨日カフェインは百錠で致死量に届くと述べた。この数字は、標準的な体重・体質の成人を想定した場合のものだ。カフェインは、私が知る限りでは最も服薬自殺に使いやすい。二十錠五百円程度と比較的安価であり、どこの薬局でも大体置いている。私が使ったことがあるのはエスタロンモカだ。茶色の錠剤で、一錠に百ミリグラムのカフェインが含まれている。糖衣錠とかではないので、長時間舐めたり噛み砕いたりしない限り味はなく、飲みやすい。飲むのには水が必要だが、多くの薬は飲むのに水が必要だから、これはデメリットとは言えないだろう。そもそも、カフェインの口内崩壊錠など、作ったところで苦くて誰も使いたがらない。

 ここまでカフェインの使いやすさを述べたが、ここで使いにくさというか、欠点も紹介しておかねばならないと思う。中毒症状がとにかくしんどいのだ。動悸、眩暈、耳鳴りなどに始まり、振戦、不整脈になり、眩暈が強くなって立っていられなくなる。そして、全身の皮膚の下を無数の虫が這い回るような凄まじい不快感と、強い不安に襲われる。意識が混濁しまともに会話もできなくなるが、中枢神経興奮作用のせいで気絶することもできない。私は十二錠しか飲んでいない(そのときその量しか持っていなかったのだ)のでこの程度で済んだが、八十錠飲んだというある女性は、血反吐を出して暴れ、子宮からも出血したという。私も多少は暴れたかもしれない(何せ意識が朦朧としていたのではっきりとした記憶がないのだ)が、ベッドの上で手足をばたつかせたり、脈を取ろうと伸ばされた親の手を雑に振り払った程度で、ベッドにベルトで固定されるようなレベルの暴れかたではない。暴れるのは、身体を動かしている間は例の不快感が多少緩和されるからだ。一番症状がひどかったとき、私はベッドの上で踠きながら、あーとかわーとか意味のない奇声をあげていた。心配した親が救急車を呼ぼうとしたが、私は断固拒否した。コロナウイルスによる医療崩壊が叫ばれている状況で、私のような人間に医療的リソースを割くのは全くもって無駄でしかないからだ。カフェインの血中半減期は四〜六時間程度と短く、更に利尿作用のせいでどんどん排出されるので、水分さえ摂っていれば中毒症状はじきに治ると私は知っていた。そして実際にそうなった。午後三時頃にカフェインを飲んでから、漸く眠りについた翌日の午前一時までの間、私は前述の症状に苦しみ続けたが、それだけだった。私は死ねなかった。まあそれは仕方がない。計画性皆無だったのだから。致死量の半分も飲んでいないし、病院送りにされるリスクも回避していない。あのときは「このくらい飲んだら死ねるかな?」という無知からくる希望的観測から衝動的に行動を起こしたのだ。死にたい、死なねばならないという切迫した感情が、冷静さや思考力を頭の隅に追いやってしまっていた。これでは死ねなかったのも無理はない。

 私はこの経験から学び、落ち着いて計画を立てた。カフェインのLD50が200mg/kgだと知ると、薬局を三軒巡ってエスタロンモカの錠剤を五箱、百錠購入した。これでカフェインを十グラム手に入れたことになる。同時に、処方されていた制吐剤を八錠ほど溜めた。気休めにしかならないと分かってはいたが、市販の睡眠薬も三箱、十八錠買った。カフェインの中毒症状を感じることなく眠りながら死ねたらいいなという淡い期待からだった。後は何処かに宿でも取って、スマホを街のゴミ箱にでも捨ててしまえば、準備は整う。私は大量の錠剤が喉を滑り落ちるシャリシャリした感覚を楽しみ、大好きな梅酒のコーラ割りでも呷って酔い痴れ、永遠の眠りにつくつもりだった。だがこの計画は、結果から言えば頓挫してしまった。親が私の企てに気がつき、カフェインと制吐剤、睡眠薬を没収していったからだ。これは非常に不愉快な出来事だったし、私を絶望から救おうともしないくせに自殺さえさせない親のことを心底忌々しく思った。カフェイン代と睡眠薬代約三千五百円を寄越せと言いたい。まぁ、それはもういい。とにかくカフェインの中毒症状は、私を諦めさせるほどのものではないが、他人に勧めるのは憚られる程度には厳しいものだ。

 成功すれば中毒症状を殆ど感じないで済む点で、睡眠薬はカフェインより遥かに優れているだろう。だが服薬自殺に使えるような致死量の少ない睡眠薬(バルビツール酸系のものなど)は処方されなければ手に入れることができないし、バルビツール酸系の睡眠薬は呼吸抑制や依存性などから現在ではほぼ使われていない。睡眠薬には、ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系、メラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬など他にも種類があり、ほぼ百パーセントこれらのうちのどれかを処方されるだろう。どれが処方されるかは、あなたの不眠のタイプによる。話が逸れたが、現在処方薬として入手できる睡眠薬が自殺に使えるか、私は正直なところよくわからない。重度の不眠症患者は、処方された睡眠薬を一日六十錠、ラムネ菓子をボリボリと食べるかのように服用することもあるという。しかもそれが常態化していることもあるとあっては、睡眠薬で死ぬには何百錠も飲まねばならないかもしれない。ひょっとしたら千とか万とかの単位で必要になるかも。癪なことに調べ物をする手段が限られていて、個々の薬の正確な致死量を今ここで述べることはできないのだが、睡眠薬で死ぬのは難しそうだと思ってしまうのは仕方のないことだろう。処方薬で難しいのだから、市販されている睡眠薬(正確には睡眠改善薬)で死ぬのも当然難しいと考えられる。そもそもこれに含まれている抗ヒスタミン系の薬物は、抗アレルギー剤として使われることのほうが多い。それに、市販の睡眠改善薬は薬価がとにかく高い。安いものは一箱三百円くらいからあるが、一箱に六錠しか入っていない。コストパフォーマンスではカフェインの足元にも届いていない。

 服薬自殺に使えそうな薬物は今後も探し続け、勉強し続けていくつもりだが(そのために医療従事者向けの分厚い薬辞典みたいな専門書も買った)、現時点でのイチオシはやはりカフェインだ。死のうと思って錠剤を沢山飲んだわけではなく、ちょっと元気を出そうと思ってエナジードリンクを飲み過ぎた人が死ぬこともある。そのくらいカフェインは危険だ。そんな薬物が安価で簡単に入手できることは、自殺志願者の各位には好都合だろうが、社会的には少し問題だと思う。

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