どう扱うべきか分からない
昨晩、不思議なことがあった。
甲高い声が聞こえて、目が覚めた。森の中は真っ暗で、ミノリが番をしている焚き火の他には何もない。ケラケラケラと何かが笑うような声が聞こえる。アンデッドたちは睡眠を取らない。自分一人が寝ている間に話が盛り上がったりしたんだろうか。
「どうしたの? 何か面白いことがあった?」
「ん? 俺らじゃないぞ?」
「え? じゃあ、誰?」
ゴブリンの残党かと思って、ミノリだけ自分の護衛に残して巡回に行ってもらうことにした。数分ほど待って、帰ってきても、特になにもなかったらしい。怖い。
新手の敵かと思っても、この暗い中で草の根をかき分けて探すのは厳しいだろう。警戒だけするようにお願いして、再び床に就いた。
というわけで、眠い。夢の中で、ホブゴブリンがケラケラ笑いながら追いかけてきた。恐怖が闇鍋のごとく混ぜ合わさったようだ。お陰で充分に眠れていない。
もしょもしょと昨日の残りを咀嚼した後、魔力量を閲覧する。
『総魔力量 1370
自由魔力量 140』
目を疑った。固定資産が一晩で大幅に高騰したようだ。総魔力量が400近く増加している。もし、理由があるとすれば進化の他にはないんじゃないだろうか。一人当たり魔力100分強くなったと思うとかなり心強い。
そういうわけで、進化によってそれぞれ何ができるようになったか確認しようと拠点付近の開けた場所に向かおうとしていたとき、またケタケタケラケラと聞こえた。
「ねえ、今のって」
「うん、堀の中からしているみたい。どうするの? マスター」
「ごめんけど、最大限警戒して、探ってきてもらえる? 何がいるのか分からないけど、引きずり込まれないようにね」
アンデッドたちは汚さないように服を脱いだ後、堀の覆いを外してからどぶのように汚い毒の中に入って、数十分ほどかけて、笑い声を頼りに捜索する。やがて、全員が何事もなく帰ってくると、ヒビキが嬉しそうにしていた。
「なんか見つかった?」
「あのね、マスター、聞いて! なくしてたはずのカボチャがね!」
「うん」
「進化したんだ!」
「はい?」
理解が追い付かない。堀の中に投げ込んだんだから、堀の中にあるのは分かる。けど、進化ってなんだ。より美味しくなったとか、京野菜になったとか、そういう感じなんだろうか。頭を捻る。最近こんなのばっかりだよ。
「どういうことなの?」
「ほら!」
正解は「ハロウィン仕様に進化した」のようだ。目と口がくりぬかれている。そしてその空洞に火が灯っている。笑い声をあげている。余計に分からなくなった。
「これは?」
「ジャック・オ・ランタン!」
「そうだね。本場のジャック・オ・ランタンって笑うもんなんだねえ」
混乱して酷く滅茶苦茶なことを言っているような気もする。ハロウィンの本場はアイルランドかアメリカだろうに。その後、会話が噛み合わないながらも、どうにか質問を続けていくと、この世界には、ジャック・オ・ランタンという魔物がいて、カボチャに魂が宿るとそれになるらしい。納得はいかないけれど、理解はした。
大人しくヒビキの腕の中に収まっている。また血濡れたカボチャを見ることになるんだろうか。今度は不気味に高笑いするオプション付きだ。
「そのカボチャは、敵ではないんだね?」
「うん! マスターが召喚したから、マスターの眷属だよ!」
「うん。それなら、いいんだ。いいんだよ、うん」
釈然としない気持ちを振り払うかのように歩を早める。狭いところで動き回っても危ないから、気を取り直して開けた場所を再び目指しているんだ。何も案ずる必要はない。カボチャが後ろでケラケラと笑いつづけていても。
「ねえ、それって、静かにさせられない?」
「うん! 分かった!」
彫っただけの口に骨ばかりの手を当てると、冗談のように黙り込んだ。なんだあれ。
まあ兎も角、着いたので、始めにヒサトに力を披露してもらう。若木ぐらいならなぎ倒せるようだ。ホブゴブリンにだって張り合えるかもしれない。あと、高速で走るようにもなった。怖い。
続いてヒビキとモチヅキ。小さな火球を生み出して、撃ち出す。火事にならないかと心配したけれど、燃え移る前に消えてしまった。ダメージを与えるだけのものらしい。着弾した範囲だけがきれいに焦げ果てていた。これは凄い。みんなが感嘆の声を上げる。
ついでにジャック・オ・ランタンのお披露目会も追加された。いつの間にかヒビキによって、トリーレルと名付けられていた。取り入れる、か。収穫祭だからかな。
骨の体をめいいっぱいに使って、木へと投げつける。すると、オレンジ色の作物は途中で鬼火を纏い、加速し、それなりに太かったはずの幹に大穴を開けた。
「えっ?」
「凄いでしょ?」
「うん、あんなもん喰らったらただじゃ済まないね」
「これなら、だれにだって負けないよ!」
「そうだね、これでダメだったら勝てる気がしないよ」
さらに驚くべきことに、このカボチャ提灯の魔物はフヨフヨと浮遊して戻ってきた。別にヒビキに運んでもらう必要はなかったらしいが、当然のように再びその胸に抱かれている。
「マスターも抱っこする?」
「あっ、はい」
呆然としていたせいで、つい頷いてしまった。どうしよう、どう扱えばいいのか分からない。それにさっきまで燐火を纏っていたんだ。熱くないかな。こわごわと抱きかかえる。意外と中をくり抜いているせいか軽い。物凄い勢いでケタケタ笑いだした。その口元に手を当ててみる。黙った。外す。再び笑い出した。
「どう? 可愛いでしょ?」
「えーと、うん、とてもユニークだね」
そういう問いは返事に困る。不気味とか言ったら、傷つけそうだし。火の玉アタックされちゃひとたまりもないし。
「うん、ありがとうね。もう満足したから、返すね。返すから、うん」
「もういいの?」
「うん、いいんだ」
「そっか、じゃあまた今度ね!」
最後にミノリの能力を確かめる。落とし穴を作りだしたんだけれど、いつもの半分近くの時間で、一切クオリティを下げずに完成させた。ジェスチャーから察するに、もうちょっと時間があれば、さらに高度なものを作れるらしい。時間差で落ちるやつとか、上から何かが落ちてきて蓋をするやつとか。
日頃から落とし穴を作っている僕らは、これに一番盛り上がった。嬉しそうなミノリと対照的に、進化のお披露目が物理的で地味だったことを気にしたのか、ヒサトから切なげなオーラが滲み出ている。気を使わせないように、明るく振る舞おうとしたのか、身振り手振りもいつもよりぎこちなく大げさだ。充分強くなったんだから、気にしないでいいのに、と思いつつ、頭を撫でて慰める。肌触りは、進化前よりも五倍増しでマシだ。
そのおかげか、帰り道はみんな機嫌が良さげだった。言葉を解さないウルフだけが、黙々と歩いている。夕日は木々の間を縫い、それぞれの影を細切れに落とす。
そういえば、総魔力量がまた100増えていた。やっぱり進化が原因なんだろう。相変わらず自由魔力量はカツカツだけれど、それでも心強いものだ。
その晩は、昨日寝られなかった分、早くに毛布にくるまった。カボチャ型笑い袋と化したトリーレルはヒビキが寝ずの番をしてくれている。おやすみなさい。