喋った
ホブゴブリン討伐の翌日、軽く朝食をとった後、スケルトンと約束していた木槍の制作に入る。ナイフまで投げつけてしまったので、昨日のうちにサバイバルセットを再び手に入れておいた。ナイフで粗削りした後に、石の壁をやすりにして形を整える。
一時間ほどかけて、それなりに満足できるものができた。渡すと、カタカタカタと音を立てて笑った。ちょっと可愛いかも。頭を撫でてみると、途端に静かになった。前にもこんなことがあったような気がする。
「そんなに嫌かな?」
「カタ」
少しだけ悲しい気分になったけれど、まあ、切り替えていこう。
拠点の周りを、禍々しい色の液体で満ちた堀が覆っている。これじゃあどうにも不便だし、埋め立ててなかったことにするのも、もったいない。とりあえず、ホブゴブリンと一緒に落ちた覆いの布を、アンデッドたちに取ってきてもらって、明らかに周囲とは違うと分かるような雑さで隠蔽する。
これなら、視覚の弱い生き物相手ならまだ罠として使えるだろうし、仕掛けた自分たちが引っかかることもないだろう。我ながらいい妥協案だ。
そして、現在の魔力量を確認する。
『総魔力量 963
自由魔力量 133』
ちょっと懐が寒い。ゴブリンの数も、もうほとんどいなくなった今では、何か考えを練っておかなくちゃいけない。どうしようか。
あと、前々から考えていた計画を実行に移す。
スケルトンとゾンビ三人衆を呼び出して、言う。
「あのさ、みんなの名前考えてきたんだ。ずっとスケルトンとか、ゾンビとかって呼んでたら不便だし、受け取ってくれないかな」
「カタ」
「オオオオオオォォォ……!」
深く息を吸い、背筋を伸ばした。
「スケルトン、まず君に名前を送ります。君の名前は、ヒビキ」
骨を打ち鳴らす音だけで、ずっと励ましてきてくれたから、それに関した名前にしようと思った。変じゃないかな、と不安になった、その眼窩を伺う。
すると「カタ」と頭を撫でられた。打ち震えている。骨だけでも分かるくらい上機嫌に見える。なんだこれ、凄いにこやか。抱きしめられた。凄く撫でてくる。
「え、もしかして、君、頭撫でられるより、撫でるのが好きだったの?」
あんまり執拗に頭を撫でてくるので聞いてみたら、満足げな顔で、
「カタ」と肯定した。
背が低くて撫でられないのを気にしていたのか。道理で撫でると無反応になるわけだ。
「では、今右端にいるゾンビ、君はモチヅキ」
彼は最初の狩りのMVPだったゾンビだ。頭撫でを拒否されて落ち込んでいた彼。なので、勇気と忍耐を振り絞って撫でてやる。今でもこの感触は無理だけれど、喜んでもらうために耐える。実はこれを思いついた日から、こっそり練習していた。さりげないボディタッチというやつだ。
モチヅキという名前も、望まれ、愛されるゾンビになって欲しくて考えた。愛されるゾンビって、なんだか凄く矛盾した言葉のような気もするけど。
「オオオオォォォオオォォォ……ッ!」
今まで聞いたこともない雄叫びだ。筋肉が腐ってしまったはずの口角とほっぺたが柔らかく上がっている。練習を重ねていたのは彼も同じなのかもしれないと思った。つられて笑顔になってしまう。
「えへへ、喜んでくれたようで何より。さて、次は君だ。真ん中のゾンビ。名前はミノリ」
木の実を拾うのが好きなのと、罠づくりとかの努力が実って欲しいから、この名前にした。
嬉しそうに跳ねた後、何かに気が付いたのか、その顔は青ざめた。泣きそうなくらいオロオロしている。慌てて懐を探って木の実やら珍しい形の石ころやらを差し出して、それでもまだぼろぼろの服のポケットを探っている。
「いいんだよ。これは僕がお礼でしてるんだから、そんなに気にしなくて。でも、ありがとう、大事にするね。これだけでとっても嬉しいんだからね」
そう言って頭を撫でてやる。かわいいけど感触は物凄く悪い。感動と不快感が同時に溢れ出してくる不思議。
ようやく落ち着いたのか、手でほっぺを無理やり上げて「オオ……ッ!」と叫んだ。
「最後に左端のゾンビ、君はヒサト」
真面目だからこそ、このゾンビが無理をせず、長く安らかにいれるように。
足が不自由なのも構わずに、身を弓なりにして、なるべく肌に当たらないように抱きしめてくれている。その優しさが目に沁みた。
その後、いつものようにみんなで罠の確認に行く。いくつかは、もう覆いだってしていないし、大した獲物は掛かっていない。今日の収穫だって瘦せ細ったはぐれのゴブリン一匹だ。どこか罪悪感を感じさせるほどの弱りようだけど、20の魔力に変わることは間違いない。槍で一斉に突く。
息絶えたことを確認した直後、目の前に、四つのウィンドウが現れた。
『ヒビキ(スケルトン)の進化が可能になりました。進化先を選んでください。
スケルトン・ファイター
スケルトン・メイジ
スケルトン・トラッパー』
『モチヅキ(ゾンビ)の進化が可能になりました。進化先を選んでください。
ゾンビ・ファイター
ゾンビ・メイジ
ゾンビ・トラッパー』
『ミノリ(ゾンビ)の進化が可能になりました。進化先を選んでください。
ゾンビ・ファイター
ゾンビ・メイジ
ゾンビ・トラッパー』
『ヒサト(ゾンビ)の進化が可能になりました。進化先を選んでください
ゾンビ・ファイター
ゾンビ・メイジ
ゾンビ・トラッパー』
概要とあったので見てみると、ファイター、というのは純粋に身体能力が向上し、メイジは初歩的な魔法が使えるようになるらしい。けれど、アンデッドはすぐにMP切れを起こすので気を付けるように、とのことだ。一方、トラッパーというのは特殊な進化先で、一定数、罠を使って外敵を仕留めることで解放されるらしい。
折角みんなで罠づくりを頑張ってきたんだから、トラッパーを優先して取りたいけれど、かと言って偏って取ったときに、これが外れだったら目も当てられない。なので、ヒビキとミノリをトラッパーに、モチヅキをメイジに、ヒサトをファイターに進化させよう、と思ったのだけど、ヒビキが異を唱えた。
「カタカタ」
「どうしたの?」
すると、「カタ」と言いながら、ウィンドウのうち、スケルトン・メイジを指さした。
「これがいいの?」
「カタ」
「うん、分かった」
改めて、進化先を入力する。すると、四人が眩い、というよりかは不自然なまでに一部だけを隠そうとするような光に包まれた。例えるなら、Bボタンがあればキャンセルできそうな類の。
光が収まると、先程までとさして姿の変わらないアンデッドたちが現れる。ファイターのヒサトは、少し大柄になったかなというくらい。メイジになったヒビキとモチヅキは、とんがり帽子とローブを身に着けて、杖を持っている。トラッパーになったミノリは、鞄と手袋を手に入れたようだ。ボロボロだった服も、少しだけまともなものになって、清潔感が増した。これは進化で合っているんだろうか。
「ねえ、マスター! これ、似合うかな? かっこいいでしょ?」
「そうだね、うん、魔法使いみたいだね」
……ん?
「俺は!? 俺はどうかな?」
「うんうん、モチヅキも一気に清潔感が増したね。心なしか肌もきれいになってるし」
……んん?
何かがおかしい。骨や死体が動くことは、まあ、この数日間で納得した。日本とは自然の法則が違うんだ。問題なのは、自分が誰と会話しているかということ。つまり、
「きゃあああああっ! 喋ったあああああ!」
「そんなに驚かなくても」
現実逃避はこれまでにして。まあ、喜ばしいことではあるんだろう。けれど、骨から少年のような声が聞こえるのは違和感が凄い。腐った肉が流暢に喋るのもホラーじみて心臓に悪い。
「えーと、その、なんで、喋れるの?」
「メイジ系の魔物はね、魔法を詠唱するために必ず声を持つんだ。だから、マスターとお話できるかなと思って……。迷惑だったかな?」
「いや、違うんだよ? 違うんだけど、ちょっとびっくりしちゃってさ」
「そっか、良かった!」
安心したかのようにヒビキが微笑む。肉がないから分からないけど、そんな気がした。
「マスター、名前ありがとうな! すっごく気に入ってる! 頭撫でてくれたのも嬉しかった! いっぱい話したいことがあるんだ!」
モチヅキが興奮冷めやらぬ様子で話しかけてくる。改めて、愛されてるなあ、と実感した。彼らの励ましがなかったら大ゴブリン相手に自死をかましていただろうし、そもそも彼らがいなかったら、この異邦の地で一日も経たずに心が折れていただろう。だから、嬉しい。
ついでにミノリとヒサトとも会話を試みたのだけれど、相変わらず雄叫びを上げるだけだった。ただ、知能はだいぶ上がったらしい。分かりやすいジェスチャーを交えて唸るようになった。
「アンデッド同士で会話とかできないの?」
「できないぞ。問題があるのは発声だから、人間の言葉がうまく喋れないだけで、ゾンビ語とかがあるわけじゃないし」
「そっか、残念」
でも、全員を魔法使いに進化させるのも、それはそれでリスクが高そうに思える。まあ、次の進化で意識するくらいにしておこうかな。
その夜は、久しぶりにとっても楽しかった。ひとりぼっちじゃないと心から思えた。ご飯を食べるのは僕だけだったけれど、話すのはみんなでできた。これからはきっと、もっと楽しくなる。寝具代わりのこのウルフも、そのうち進化して喋るようになるのかな。この頃ようやく甘えてくるようになった。可愛い。