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鬱蒼とした暗さとは対照的に


 どうにか逃げおおせた。木々が巨体を阻んだのか、ゴブリンの親玉は僕らより少し足が遅かったみたいで、だんだんと距離が開いていった。けれど、視界からいなくなるまでは、生きた心地がしなかった。


 嗅覚か何かで、僕らのことをいまだに捉えていないとは限らない。息も上がったままで、決戦の準備を始める。拠点の焚き火を再びライターで点けて、鍋の中の水を加熱する。トラップ作成で毒の沼を選択。それからゾンビとスケルトンを六体ずつ召喚。みんなで落とし穴を拡張していく。どうにも離れているものは、残りの魔力20を消費して、その間に新たな穴をトラップ生成して胡麻化した。


 一応、ゾンビのうち一人に指先を毒の沼に浸けてもらって、異常がないか試したけど、アンデッドには効かないようだった。僥倖。慎重に汲むのは僕だけで済みそうだ。無数の穴が、それぞれ開通する直前まで掘り進める。


「それじゃあ、一つ目、開通させて」

「カタッ」


 後進のアンデッドたちには何も教えていない。先輩の真似をしろとだけ指示をしている。一斉に木の棒を持ってまたは素手で掘削し、沼の毒を落とし穴に流入させていく。こうやって水位を確かめながら巨大な掘を作っていく。


 沼の水量は無限ではないにしても、かなりのものだった。二つを除いて、十数個ある周囲の穴を満たしてしまうことができるほどに。


 一掬いだけ水筒に入れさせてから、回収してきてもらった布で覆う。すでに新入りたちは堀の外で、警戒、待機させている。思いつく準備は全部した。魔力ももう使い果たしたし、これでだめだったら本当に諦めるしかないんじゃないだろうか。


 作戦はこうだ。新入り部隊で足止めをしつつ誘導し、最後には抱き着かせて、むりやり毒の中に引きずり込む。それを本体と挟み撃ちして、這い上がってくるまでに仕留める。つまり、質をどうにか数で抑え込むっていう寸法だ。


 しばらくの間、休憩していると、茂みが音を立てて揺らいだ。慌てて立ち上がり、木の槍や、ナイフ、カボチャ、爪……各々でばらばらなものを構える。


「え?」


 そして、現れたのは十匹ほどの配下を引き連れたボスゴブリンだった。


 呆然とした頭を急いで回転させる。そりゃそうだ。こっちが数で挑むなら、向こうだって数で挑もうとするのは当たり前だ。あんなに殺したんだから。こうなったらイチかバチかだ。


「新入りたちは、ちっさいゴブリンにしがみついて! 倒せそうなら倒して、他のゴブリンにしがみつくこと!」


 ゴブリンの召喚に必要な魔力は10。一方、本来ゾンビやスケルトンの召喚にはその二、三倍の魔力を要する。つまり、その分の戦力差があるはずだ。それと同時に、一番恐ろしいのはボスゴブリンの薙ぎ払い。味方にしがみつかれては、そう易々とは叩き潰せまい。


 ……と言うのは思い違いだった。何の躊躇いもなく配下のゴブリンごと木に叩きつけ、潰した。視界の隅で自由魔力量が20増える。


「嘘でしょ……」

「カタカタ」


 どうも嘘ではないらしい。まあ、魔力10を犠牲に倒せたと思えば、どうにか割り切れる。彼らの同族を使い捨てにしてしまったのは申し訳ないけど。


 両者の戦力がみるみる減っていく。やがて、逃げ出したときと同じメンバーだけが残った。ボスゴブリン? というよりホブゴブリンといったところか、が咆哮を上げ、こちらに走ってくる、と思えば、ふいに止まって、引き返し、こちらを睨んでいる。


「バレたか」


 となると、残る手段はこれくらいか。


 十八体のゾンビをホブゴブリンの背後に召喚し、堀に全力で突き落とすように命令する。こちら岸からも、サバイバルセットのロープの先に短い枝を括り付け、カウボーイよろしく投擲し、巻き付いたところをみんなで引っ張る。


「落ちた!」


 でも、まだ片手でしがみついている。ゾンビたちは必死に引きずり込み、奴の指を引っ掻き、次々と捻り潰されながらも頑張っている。信じて待つこと数秒、沈んだ。


 それを確かめると急いで毒の入った水筒を用意し、待機する。水面に泡が浮かび、ホブゴブリンが浮き上がった瞬間を狙って、顔を狙って振り掛ける。すると、息継ぎのために口を開けた奴はもろに飲み込んでしまったらしい。恐ろしく苦い顔をしている。弱いか強いかは分からないけど、毒は毒だ。相当不味いだろう。


 その隙に、後ろの焚き火から取り出し、熱湯の入った鍋を構え。鍋掴みは寝具に使っている毛布だ。別に当たらなくてもいい、熱湯さえかかれば結構。入れ物ごと投げつける。


 きれいな放射形を描いて、煮え湯が奴の上半身を殴りつけた。ナイスシュート。咄嗟に思いついたので、スケルトンに、焚き火を解体して投げてもらう。ゾンビは肉がある分燃えそうなので、遠慮しておいてもらった。熱そう。水面からじゅわじゅわと音が上がり、そのうちのいくつかがホブゴブリンに当たって、しまいには引火した。どうせなら焼き石でも用意すればよかったか。ついでにナイフも投げつけるが、これは見事なまでに外れた。


 前も後ろも分からなくなり、文字通り尻に火がついた巨大な化け物は、堀の中に湛えられた液体で鎮火しようと躍起になっている。そうしてこちらの岸に近づいて来たのを木の槍で刺し、カボチャを投げつけた。足元にあった苔むした石も投擲する。背中を向けて武器を探す度に、奴が力を振り絞ってかいくぐって、そうしてこっちまで来たらどうしようと気が気でなかった。


 がむしゃらに、手当たり次第にものをぶつけ続けてどれくらいしただろう。数十秒のことを一時間のように感じていたのかもしれないし、本当に、数十分間に渡る攻防だったのかもしれない。十八体いた助っ人ゾンビも、今では一人も残っていない。


 食器まで投げつけて、近くの枝を手折ってライターで火をつけて放り込み、これでだめなら腐葉土を掴もうかと思い始めた頃、魔力量が増加し、ホブゴブリンの姿が消えた。


 『総魔力量 986

  自由魔力量 206』


 並みのゴブリンの十倍するらしい。これでほんの二倍とかだったら泣いていたかもしれないけれど、違う。頬が緩んでたまらない。みんなで一斉に跳ねて喜んだ。


 やった、勝ったんだ。とっても怖かったし、いっぱい殺されて悲しかった。けれど、勝てたんだ。安堵と同時に疲労が押し寄せて、地面に倒れ込む。汚いなあ。腐った足や骨が見える。あと狼のモフモフも。総魔力量は三桁に逆戻りしたし、相変わらず貧しいままだけど、心はなんだか解き放たれたようだった。もうゴブリンも殆どいなくなって、どうやって稼げばいいか分からないし、別に生活環境が改善されたわけでもないのに、森の鬱蒼とした暗さとは対照的に晴れやかで、そういう悩みがどうでもよくさえ感じられた。


「ねえ、僕、生きてるよ」

「カタ」

「君たちも、生き残ったねえ」

「カタ」

「お気に入りのカボチャ、沈んじゃったね」

「カタ」

「拠点の復旧にさ、もう一回サバイバルセットを買おうと思うんだ」

「カタ」

「今日の晩御飯は、いつもの芋ご飯煮と、焼き肉にしようか」

「カタ」

「明日、枝を削って、槍を作ってあげるよ」

「カタ」


 その骨の音は弱弱しく、疲れていたけれど、同じく晴れやかだった。


「みんな、ありがとうね。お陰で勝てた」

「カタ」

「オオオォォォ……」

「僕さ、みんなのこと、好きだよ」

「カタ」

「オオオォォォ……」


 同じ音の繰り返し、それすら愛しかった。思えば、こんなのんびりと話をしたのは、初めてだったかもしれない。ずっと、検証だとか命令だとか、そういうピリピリした中の関係だった。でも、この時だけは、途切れ途切れでうまく出てこなくても、何でもいいから言葉にしたくなった。その一方で、言うことがなくなって、沈黙が訪れても、苦にはならなかった。


 日が暮れだした。復旧、間に合うかな。

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