逃走
目を覚ます。疲労が全て取れたわけではないけれど、さわやかな目覚めだ。お肉パワー凄い。
早速パンを召喚して齧りつつ、魔力量を確かめる。
『総魔力量 251
自由魔力量 11』
これを見て予想は確信に変わった。それならやることは決めてある。自身の精神安定のために、火の車と化してしまった家計を消火しようと思うんだ。だから、博打に出る。
まずメニューから布を一枚生成して、他の落とし穴の布も回収する。で、昨日偵察に行った先で見つけた、山道のなり損ないみたいな、ある程度通りやすそうな場所を選んで、五人で穴を掘る。腐葉土なので意外と楽だ。芋虫さんはそのまま眠っていておくれ。そっと埋めなおす。
もちろん病気が怖いので棒を使う。ゾンビは道具の使い方を理解できないから素手だけど、スケルトンには持たせてる。スコップみたいに幅の広いパーツが欲しい。掘りにくいなあ。
数日かけて、十数個もの落とし穴を完成させた。うまい具合にゴブリンが引っかかってくれる。しかし、かかってくれるのはゴブリンだけ。もっとクオリティを上げないと野生動物にはバレるみたいだ。
まあとにかく、落とし穴を使っての狩りを中心に回していこうという案なんだけれど、どうにかうまくいった。で、現在の懐がこちら。
『総魔力量 448
自由魔力量 108』
余り増えていないように見えるけれど、これは食費が膨れ上がってなお、総魔力量――つまり物も含めた財産は二倍近くなったし、自由魔力量もサバイバルセットを買う前くらいまでには盛り返している。地形から得られる魔力量は24にまで増えていた。一匹倒すごとに一増えるわけではないらしい。
……そういえば、サバイバルセットの内訳なんだけれども、ライター、鍋、食器、毛布、ナイフ、ロープ、水入り水筒、携帯食料……と言った具合に、ありがたいものばかり。特に毛布が嬉しかった。暖かいなあ。でもスコップは欲しかった。
それにしても、他の<聖域戦争>に参加させられた人たちも、こんな雨風も凌げない過酷な日々を送っているのかな。あの幼稚園児とかおじいちゃんとかは真っ先に脱落してそう。なんか運よくどうにかこうにかなって元気にしてるといいな。
また数日経てば、さらにまた落とし穴を掘り、木の槍を仕込み、布を被せる作業を繰り返す日々の中で罠づくりの腕はめきめきと成長していった。落とし穴はますます巧妙になり、今ではロープを使った罠にも挑戦している。
警戒されるようになったのか、ゴブリンそのものが減ったのか、次第に<聖域>の内側の罠から獲物が取れにくくなっていった。
なので、事業の規模を拡大しようと思う。
余り触れてこなかった<聖域>の拡張も、今ならできる。
『総魔力量 982
自由魔力量 232』
100の魔力を消費して<聖域>を拡張します。よろしいですか。
よろしい。
その瞬間、何かが溢れ出るかのように強い風が吹いた。試しに<聖域>と外の境界まで行ってみると、そこはもう境目ではなくなっていた。森の暗さはずっと続いているし、反復横跳びをしても何かが途切れる感覚がない。
嬉しい。なんだか1つやり遂げたかのような気分だ。ついでに戦力の増強もやっておこう。
魔力を50消費して追加のゾンビを呼び出す。彼らには遊撃班として罠に引っかかった獲物の処理も兼ねて、巡回をお願いする。毎日暗くなる頃には帰ってくるように言い含めるのも忘れない。
結果、一日に仕留められるゴブリンの数は回復した。毎日芋ご飯煮と焼き肉が食べれるし、魔力を30貯めて愛玩、寝具、狩猟用のウルフを召喚することもできた。
魔力があるって素敵なことだ。寂しくなくなるし、空腹や寒さみたいな辛いことも減らせる。もっと魔力があれば、きっともっと楽しく暮らせる。ゴブリンをいっぱい倒したお陰で、一日に地形から得られる魔力も30を超えた。これを元手にすればきっともっと豊かになれる。
いつものようにトドメはウルフとゾンビたちに任せて罠を仕掛けていると、不意に近くの茂みが揺れた。急いで木の槍を持って身構えると、身の丈が普通の二倍もあるようなゴブリンが現れた。
「カタカタ」とスケルトンが震える。
きっとあれはゴブリンの親玉か何かだ。倒せば魔力もたくさん手に入るかもしれない。そうすればきっともっと豊かになれる。槍を構えて、眷属たちに合図をする。
「カタカタ」とスケルトンが震える。
「何さ、怖気づいたの」
「カタカタ」と袖を引かれた。
「倒すんだよ、あれを。いつもと一緒じゃんか。罠だってここにはある。いけるよ」
「カタカタ」
「なんで、そんなに嫌がるの。ねえ、逃がしちゃうよ。あんな大物めったに会えな……」
その刹那、ゾンビの一人が吹き飛ばされた。
「え」
またゾンビが宙を舞う。今度は木にぶつかってぐちゃりと潰れた。たぶん、もう動かない。
スケルトンが袖を引っ張る、逃げよう、逃げようと語り掛けるように。
「て、撤退、みんな、逃げよう!」
流石に頑固に戦おうとは言いつづけられない。幸い<逃げ足>のスキルがある。足の腐敗がひどいゾンビを一人だけ抱えて、走る。今になって感覚が麻痺していた鼻は、腐った臭いを鋭敏に伝える。スケルトンの枯れたようなにおい、森の匂い、巨大なゴブリンから漂う血の臭い。
途中でこけたゾンビをウルフの背中に乗せる。逃げ遅れたゾンビが一人、また一人と捻り潰されていく。スケルトンも一人を抱きかかえながら走っている。筋肉なんてなくて、魔法か怨念か何かでできた脆弱な力しかないのに、骨を軋ませて、必死に走っている。
そうだ、欲を出して、先へ先へと進もうとしたのがよくなかったんだ。流石にこんな困難だらけの世界で一緒に生活すれば愛着も湧く。言葉も通じないし、脳みそだってすかすかだったし、この主従関係がなくなれば襲ってくるかもしれないような存在なのに、それでも自分のせいで死なせてしまうのは苦しかった。胸が締め付けられる。後悔が目に沁みる。
最近臭いにも慣れてきたと思った。それぞれ個性があるのも愛おしく感じ始めていた。生理的に厳しい見た目だって、顔をしかめずに対応できるようになってきていた。
でも、そんなの傲慢だったんじゃないか。自分たちのことを汚い、気味悪いと思いながらこき使ってくる上司なんて、きっといやだろう。後悔ばかりが、目に溢れてくる。
「ねえ、僕もう死んでもいいよ。いっぱい迷惑かけたね。五人も死なせちゃった。……残っているの、はじめの三人なのか。それに、もう疲れたし。ずっと穴掘ってさ。いつまで続くんだろう、って。そもそも芋と米と肉だけで喜ぶなんて馬鹿みたい。雨だって降ったら濡れるし。……僕、あいつを足止めするからさ、その間にみんな逃げなよ」
カタカタ、カタカタ、カタカタカタッ!
乾いた奥歯を打ち鳴らす音が聞こえる。
肯定なら一回、否定なら二回、それ以外なら三回。つまり否定、否定、それ以外。
「まさか君、生きろなんて馬鹿なこと言うの?」
「カタッ」
顎が割れても構わないというように、必死に、必死に研ぎ澄ました一回を打ち鳴らす。その姿を見ていると、愛着が湧いていたのは自分だけではなかったのかもしれない、と思った。
「オオオオオオォォォ……!!!」
ゾンビたちまで雄叫びを上げた。ウルフは黙々と走っている。それこそが、過ごした時間の証明のような気もした。
「よし。それじゃあ、みんなで逃げようか。戦うのはそれからだ」
「カタッ」
今現在の魔力量は、
『総魔力量 1016
自由魔力量 306』
僕たちは、まだ死んではいない。