お肉は生きる活力を与へ賜ふ
目を覚ますと、化け物の死体をスケルトンとゾンビが取り囲んでいた。きっとこれは夢だと思う。だって、朝からこんなの気分が悪すぎる。まだ寝ぼけてるんだ。起きたら精神カウンセリングにでも行こうかな。
ところがどっこい夢じゃないと分かるのは、この亡霊たちは自分で呼び出したものだし、あの血に濡れたカボチャだって出処に覚えのあるものだから。……これからずっと毎朝この現実逃避をすることになるんだろうか。それはいやだな、と思った。
アンデッド近衛部隊の初勝利。彼らがいなければ食べられて死んでいたかもしれない。それに加えて、彼らが従順でなかったら寝首を掻かれていたかもしれない。
イエス・ノーの問答と身振り手振りでようやく把握したことは、ゴブリンが夜間に襲い掛かってきたので落とし穴に誘い込もうとしたところ、勘づかれ、なかなか成功せず、痺れを切らしたゾンビの一人がゴブリンに抱き着き、無理矢理落とし穴に押し込んだところをカボチャで滅多打ちにしたらしい。
メニューの眷属召喚のゴブリンの概要において挿絵が追加された。ゴブリンって、こんなにヤバい見た目をしているのか……。召喚しなくてよかった。
一応MVPの、体じゅうを木の枝で刺されているゾンビを中心に労っておく。ついでに白骨ならいけそうだと思ったので、スケルトンの頭を撫でてみると、ひんやりした感触が心地よかった。
「ごめん、腐肉を撫でるのはちょっとまだキツいかな……」
「オオオォォォ……」
少し落ち込んでいた姿が可哀想に思えた。でも、ごめん。いくらMVPって言っても無理なものは無理。一回挑戦してみたけれど、あの生々しい感触はトラウマものだった。チャレンジしただけでも褒めてほしいものだ。
起きてパンを食べようとメニューを開いたとき、魔力量が変動しているのに気が付いた。
総魔力量 230
自由魔力量 120
魔力が40も増えてる。
原因は二つ考えられた。<聖域>の属性を決める際、地形によって得られる魔力量が変化するという説明があったけれど、たぶん一日ごととか、そんな感覚で魔力が回復するんじゃないかと思った。で、もうひとつが、倒されたゴブリン。その死体は起きた数分後に泡のように消え去っていた。たぶん、魔力を得るための燃料として消費されたんじゃないかと思う。
割合はどっちが多いのかは分からないけれど、それでも朗報だ。ゾンビ四体分、スケルトン二体分、落とし穴四つ分……夢が広がるなあ。
結果、布を二枚、石の壁を一つ、そしてもともとの目的だったパンを一つ生成した。
布は落とし穴を隠すのに使う。さすがに全部揃えるのは経済的に難しかったので、半分だけ。……寝具の分は使わないよ?
で、石の壁はなんのために使うのかというと、ヤスリだ。ここらの石は苔むしていたり、木の根に抱かれていたり、そうじゃないのは小石ばかりでヤスリには使えなかった。けれど、このざらざらした石の壁でごしごしと擦ると、手では折れないほどに太い枝だって鋭利にできる。削りたての鉛筆みたいな形になった枝を落とし穴に仕込む。
スケルトンの武器も、カボチャじゃなくて、これで作った木の槍の方がよかったんじゃないか、と気づいてしまった。今度作っておこう。それにしても勿体ない。貴重な魔力10なのに。
その上に布を被せ、端に最低限の重石というか固めた腐葉土を乗せたあと、空洞を隠す真ん中の部分にはなるべく軽そうな木の葉を見繕って振りかける。一応ゾンビが乗ったらまず落ちるくらいにはしているので、折角敵を誘い込んだのに作動しないとかいうのはないだろう。
この作業を終えたら、今日は護身用にお手製の木槍を持って連れ立って偵察に向かう予定だ。
この<聖域>がどこからどこまで広がっているのか、あと外と<聖域>の境界は判別できるものなのか、どんな植物と動物が生息しているのか、特に肉食獣はどれくらいいるのか……と知っておきたいことがたくさんあるので、早めに調べておこうと思い、アンデッド班を護衛に引き連れて出発した。
誤差を調整しながら真っ直ぐ進むつもりだし、一応道しるべに特徴的な小石を置いて行っているので帰りは大丈夫だろう。問題なのは運動能力。ゾンビの腐り衰えた筋肉では足を大きく上げられないし、人間の体はどんどん疲れて動きが鈍くなる。どうも<最後の灯>が発動するのはHPが危なくなった場合だけで、単なる疲労はカウントしてくれないらしい。
ありがたいのは眷属のモンスターたちが持ち上げてくれること。スケルトンはお節介なくらい助け起こしてくれるけど、ゾンビたちは遠慮がちに持ち上げる。触れなかったの気にしているのかな。それだったら申し訳ない。
とにかく一致団結し、探索隊一行は進んでいく。
宵の頃のように薄暗い森を歩いていくと、やがて、胸の中の何かが途切れたような感覚がした。もしやと思って少し戻ると、ある地点において再び何かが繋がったような気がした。注意深く見てみれば、ここらで少し木漏れ日の明るさが変わっている。
「ここが、<聖域>の端っこなのかな」
「カタ」
「やっぱり、君もそう思うよね」
「カタ」
「ゾンビたちはどう?」
一人は虫を追いかけている。もう一人は木の実を拾っている。またもう一人は申し訳なさそうに首を傾げた。……自由だなあ。
まあ、スケルトンのお墨付きはもらったので、これを基準に<聖域>の輪郭を探っていく。
結果として、我が<聖域>は結構狭かった。小石は、落とし穴と布と石の壁しかない拠点にストックを用意していたんだけれど必要なかったようだ。一往復もせずとも足りてしまった。
素人判断でも食べられそうな植物はなかったし、というか禍々しいのばっかりで、そういうのに触れないようにして歩くのが疲労の一番の原因だった。動物は流石に警戒心があるのか、姿を見せることはなかった。葉末ががさがさと揺れて、もしや、というのは何度かあったんだけれども。
まあ、地の利のさしてない場所で遭遇しなかったのは幸いと考えよう。落とし穴もないのに、今朝のゴブリンみたいな魔物が群れを成して現われたら困る。一応戦わずに逃げる手段は用意していたけれど、ヒヤヒヤしないで済むならそれがいい。
ちょうどそう考えながら帰ってきたところ、偶然またゴブリンが落とし穴に嵌ってしまい、仕込んであった木に串刺しにされて死にかけているところを、スケルトンがカボチャで滅多打ちにした。これを武器として使わなくなる日が来ても、絶対に食べたくはないな、と思った。
ちなみに、彼に木の槍を作ってあげようと道中で提案したんだけれど、拒否された。どうもこの血濡れたカボチャがお気に入りらしい。なんとも物好きな。
さて、ゴブリンを討伐して手に入れた魔力量はいかほどのものか、見てみよう。
総魔力量 240
自由魔力量 100
20増えている。地形と同じ量というのは勘定しやすくてありがたい。
これを晩御飯と、落とし穴に使用する。これで覆い隠されていない落とし穴は一つだけだ。……だから寝具の分は使わないって。
それにしても、このままじゃ微々たる量しか稼げない。このままパンばかりの生活を続けるわけにもいかないだろう、栄養的に考えて。でも不安になる理由はそれだけじゃなくて、食卓の豊かさの問題もある。そろそろお肉も食べたい。野菜も、果物も食べたい。泣きそう。
ここ二日、些細なことにも頭使うし、そのくせ肉体労働ばっかりだし、骨と腐肉しかいないし、木陰は寝心地が悪くて疲れは取れないし、骨と腐肉ばっかり視界に映るし、森は薄暗くて日光足りないし、食事はパンばかりで意識もぼんやりしてきている。帰りたい。もうやだ、帰りたい。
人間は、絶食したり徹夜したりするだけで気が滅入って怒りっぽくなり、行動原理が滅茶苦茶になる。その結果、サバイバルセットと食肉を購入してしまう。
……反省はしている。後悔もしている。塩はサバイバルセットの中に入っていたお陰で手に入ったけれど、胡椒はなかったので、あんまりおいしくなかったし。けど、焼き肉を噛み締めるたびに、脳細胞が活性化していくような気がした。まるで蘇ったかのような気分だ。
粗末なシーツに包まって眠りにつく。明日は何をしようか。タンパク質は補給したし、まだまだやっていける、そう自身を励ました。
おやすみなさい。