名称未設定の
微睡んでいた意識が浮上し、重く怠い体を持ち上げてもそこはベッドの上ではなかった。鬱蒼とした森の中、と形容ができるだけ随分マシなのかもしれない。
目の端に「メニュー」と書かれているのが見えた。その奇怪なアイコンは常に視界の端にあり、どうも直接眼球に刻み込まれたのではないかと思ってしまう。恐らくそれが浮遊しているように見える場所に触れると、さっき主催者と名乗る人物に初期設定じみたことをさせられた折の、画面というべきか、ウィンドウというべきか、これも「メニュー」と同じく視界の中で固定された位置を維持するのだけれど……が表示された。
名称未設定の<聖域>
<聖域の主>:名称未設定
<聖域の守護者>:未設定
総魔力量:200
自由魔力量:200
<領域>型 <闇>属性
眷属召喚
アイテム生成
トラップ作成
<聖域>の拡張
階層の追加
名称未設定の<聖域の主>
HP 20/20
MP 20/20
攻撃 10
防御 10
魔法 10
精神 10
敏捷 10
スキル <逃げ足><隠密><最後の灯><死者の代弁者>
前々から気になっていたのだけど、自分の名前が思い出せない。物忘れだとか、うっかりだとかそういう次元ではなく、きれいさっぱり、そこだけが黒く塗りつぶされているような感覚だ。
なんだこれ、怖い。
生還のついでに、名前を取り戻すという目標が増えた。嬉しくない。
とにかく、このままぐずぐずしていても野垂れ死ぬのは目に見えている。というか、自称主催者の発言に、敵が襲い掛かってくる、みたいな内容があったけど、それが本当なら今ここに迫ってきている可能性だってある。とりあえず、どういう状況で、そして自分に何ができるかを確認しておきたい。
タップして情報がもたらされたのは、中段にある眷属召喚から階層の追加までの項目だった。
現在眷属として召喚が可能なモンスターは、
スライム (必要魔力10)
ゴブリン (必要魔力10)
コボルド (必要魔力20)
サファギン (必要魔力20)
ゾンビ (必要魔力20→10)
スケルトン (必要魔力30→20)
ウルフ (必要魔力30)
コロポックル (必要魔力50)
竜の卵 (必要魔力100)
現在生成可能なアイテムは
布 (必要魔力10)
パン (必要魔力10)
コメ (必要魔力10)
トウモロコシ (必要魔力10)
カボチャ (必要魔力10)
ジャガイモ (必要魔力10)
サツマイモ (必要魔力10)
タロイモ (必要魔力10)
ヤムイモ (必要魔力10)
キャッサバ (必要魔力10)
プランテン (必要魔力10)
食肉 (必要魔力30)
サバイバルセット(必要魔力50)
青銅の剣 (必要魔力100)
現在作成可能なトラップは、
落とし穴 (必要魔力10)
石の壁 (必要魔力10)
草結び (必要魔力10)
沼 (必要魔力30)
木の宝箱 (必要魔力50)
毒の沼 (必要魔力100)
もう1ランク分<聖域>を拡張するには100の魔力が必要です。
もう1階層追加することはできません。
……なんだこれ。異様に主食に執着してるのに、肉は全部食肉でひとまとめだ。それに、パン以外の主食を選ぶならサバイバルセットは絶対に買えっていう意思を感じる。食費が一番かさみそうだ。
トラップも微妙なものばかり。落とし穴の中に竹槍でも仕込んであるなら、だいぶ評価は上方修正されるだろうけれど。
今できることを考えよう。青銅の剣に所持金の半額を持ってかれるならまともな武器は得られそうにない。サバイバルセットも今のところはなるべく節約したい。あと<闇>属性を選んだおかげでゾンビとスケルトンが安価で入手できる。となると……
召喚、生成、作成したのは、スケルトン一体、ゾンビ三体、カボチャ一つ、落とし穴四つ。残りの魔力100は食費に回すつもりだ。
まず、作戦について。どうも概要によるとゾンビは知能が低くて武器を扱えないらしい。組み伏せ、引っ掻き、喉笛に噛みつくのが主だそうだ。けれど、感染はしないみたいで、少しがっかりした。
一方でスケルトンは簡単な道具なら扱える一方、生前ほどの筋力はない。これにはカボチャを持たせる。あの重い作物なら勢いをつけて頭上から落とせば、攻撃にはなるだろう。恐らく普通は青銅の剣を買い与えるんだと思う。
スケルトンを班長に、ゾンビたちと四人班を組ませ、敵対する侵入者を袋叩きにする。落とし穴はその補助だ。言葉の代わりに骨を打ち鳴らすことしかできないせいで教えるのに苦心したけれど、この背丈の低い骸骨は従順で、数時間ほどでゾンビたちを落とし穴に誘い込めるまでには成長した。
それが終わったらその辺の小枝を折って鋭くしてから落とし穴の底に仕込んだ。蓋も覆いもないので直接いじることができる。どうやら本当に粗雑な落とし穴のようだ。安物買いの銭失いだったんじゃないかと不安になる。ゾンビたちが落っこちたのも、生前に比べて深刻なほど知能と感覚器官が腐っているからであって……。いや、気にしちゃいけない。こんな弱気では、精神的な意味でこの先やっていけないだろう。なるべく損失ではなく成果を見つめよう。
とにかく、勝てない相手にはどうやったって勝てないけれど、勝てる相手にはどうにか勝てるという感じには仕上がったんじゃないだろうか。
そろそろ日も暮れてきたので、晩御飯としてパンをアイテム生成してかじる。だいぶ異物が混入しているみたいで、時々訪れるじゃりっとした食感は小麦を挽くときにでも入った砂なんだと思う。それでも朝から何も食べていない身には嬉しかった。結構質量があって、お腹がいっぱいになるまで食べることができた。
アンデッドを召喚したことにおける一つの嬉しい誤算が、彼らが睡眠も食事も必要としないことだった。食事も、パンを四等分するか、思い切って四つ生成するかで悩んでいたし、夜中に肉食獣にでも襲われたらどうしようと考えていたところで、気づいたのは幸いだった。
「……君たちって、ご飯食べる?」
「カタカタ」
スケルトンには肯定なら一回、否定なら二回、それ以外なら三回、骨を打ち鳴らすように指示している。つまり、食べないということが本人の口から明らかになったということだ。
「……じゃあ、眠ったりはする?」
「カタカタ」
「疲れないの?」
「カタカタ」
「アンデッド、というか死霊っていうか……ええと、君たち全員ってそういうものなのかな」
「カタ」
消化器官のない骨はともかく、腐っても内蔵のあるゾンビには食肉くらい与えないといけないかなと思っていたのが解消された。30も魔力が浮いたことになる。
一応、残しておいた魔力や召喚したモンスターが明日に持ち越せない、なんていう突飛なこともないのを確かめた後、彼らに夜警を任せて眠りにつこうと思ったのだけれど、余りに夜風が寒すぎる。眷属のモンスターたちには体温の残っている生者はいないし、しかたなくアイテム生成から布を選択して、魔力10と引き換えにぼろいシーツにくるまった。
現在の自由魔力量は120減って80。総魔力は固定資産的なものらしく、消化したパンの分を除いて190ある。
布の中で静かに丸まっているといろいろな想念が湧いてきて、いったいこれからどうなるのだろうと不安になるけれど、必死に頭の中を空っぽにして眠れるように務めた。
おやすみなさい。