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ゲームスタート


 授業が終わったので学生鞄に教科書を詰め込んで帰ろうとした折、足元で奇妙な模様が光ったかと思うと、見知らぬ場所にいた。文字通りに見知らぬ場所で、来たことはおろか、写真やテレビで見たこともない。どうにか認識しようとしても、よく分からない風景だとしか認識できない。


 木に似た線条、雲のような霞のような石、繊毛を震わせている地面……。言葉で説明しようとしても違和感があるし、時間とともに視界に映るものは少しづつ移ろいでいく。


 なんだこれ、怖い。


 初めに抱いた感想がそれだった。というか今にもパニックになりそうだ。余りに現実味がないからそうならないだけで、もう少し確かな世界観の場所にでも攫われていたら、元気に泣きわめくことができただろうに。


 しばらく経つと、また先程の奇妙に光る模様が現れた。魔法陣と形容するべきか、複雑な形の次元の亀裂と言うべきか、そこから一人の人間が放出される。


 同じく学生服を着ている。でもうちの学校とは違うな。ボタンの紋章も違う。「のわぁっ」と変な声を上げながら、尻もちをついた。すぐに顔が真っ青になる。


「え、ここは……?」

「さあ、なんだろう。僕もまだ来たばかりだし」

「お前、誰だよ。いや、夢、夢なんだよな、こんなの」

「多分、同じくあの変な魔法陣で拉致された感じなんだろうけど……」


 そう言いかけた時、また模様が光り、一人また一人、放り出されていく。その頻度は秒ごとに速まり、スーツ姿の青年や、老人、けばけばしい装いの女性、六歳ほどに見える子供……別に誰が攫われてくるかという決まりはないようだ。


 やがてこの滅茶苦茶な手品も終わり、最後の一人が捻りだされると、空間に声が響いた。


「やあ、プレイヤー諸君、初めまして。私はこの<聖域戦争>の主催者だ」


 なんとも中二病じみた企画を……と心で茶化せたのも束の間、よく分からない空間で聞こえたよく分からない声の主も、よく分からない存在だった。異様な雰囲気を放つそれは、昨日テレビで見た芸能人に似ているかと思えば、父親にも似ている。クラスの女子にも似ているし、担任の教師にも似ており、挙句の果てには鏡に映る顔にすらよく似ていた。絶えずその認識は揺らぎ、まるで記憶にある顔を無理矢理につなぎ合わせたかのように思える。


「この狭い盤上、剣と魔法の世界■■■■にようこそ! 君たちにはここで<聖域>を巡る戦争を行ってもらう。自由意思を持つ諸君なら、襲い掛かってくる魔の手を払うために殺すことも、倫理と道徳を守るために抗うこともできる。現地の“彼ら”を攻め伏せるも、友好を結ぶもよし、諸君らの間で手を取っても、奪い合っても構わない。なにも使命のない君たちは、だからこそ大きな役割を果たすだろう。さあ、まずは君たちの<聖域>の性質を決めてくれ。住処は心地よいほうがいいだろう?」


 ゲームの導入として聞いたなら納得できただろうけれど、いや実際ゲームの導入であるかのように言い表されている<聖域戦争>というのは何か。まったく説明になっていない。まるで話を途中から聞いているようなものじゃないか。それに、剣と魔法の世界の名前が到底発音できないようなものなんだけど、それが余計に不安を煽る。


 突然、目の前に藍色の結晶板が現れる。そこには白い文字で、


  1、<聖域>の類型を選択してください。


  <領域>型    概要

  <洞窟>型    概要

  <建築物>型   概要


 と表示されていた。概要と書いているのを試しにタップしてみる。と、


  <領域>型:草原や火山、海などの地形の姿をした<聖域>です。拡張は容易ですが、階層の追加をすることは不可能です。また、部屋の形成も例外を除いてできません。


 とのことだ。一体何を知っている前提で話を進めているんだろう。あと他二つの概要も調べてみる。


  <洞窟>型:地下深く、または地形を穿つように形成された<聖域>です。拡張も、階層の追加も等しく行うことができ、これと言ってクセは少なく、運営は容易です。

  <建築物>型:城塞や楼閣の姿をとった<聖域>です。大規模な拡張には多くの魔力を要しますが、階層の追加は比較的少量の魔力で事足ります。


 これを決めないと先に進めないようだし、クセの少ないとされる<洞窟>型を選んでおく。


「ふむふむ、やはり<洞窟>型が人気か。王道であるものな。それでは、次は<聖域>の属性を決めてくれ。なに、安心するといい。その属性を選んだからってそれしか使えなくなるわけではない。多少数字に補正がかかるだけさ」


 そういうことの前に、身の安全について安心させてほしい、と思いつつ、さらに表示されたウィンドウを眺める。


  <炎>属性   概要

  <水>属性   概要

  <大地>属性  概要

  <風> 属性  概要

  <聖>属性   概要

  <闇>属性   概要


 概要を見ておく。


  <炎>属性:サラマンダーや火竜の召喚に補正を与える。火山帯では<聖域>が得られる魔力が増える。

  <水>属性:人魚や雪女の召喚に補正を与える。海や雪原では<聖域>が得られる魔力が増える。

  <大地>属性:ゴーレムやマンドラゴラの召喚に補正を与える。得られる魔力は土地の肥沃さに比例する。

  <風>属性:シルフやガルーダの召喚に補正を与える。荒野などの、遮蔽物の少ない地形から得られる魔力が増える。

  <聖>属性:ユニコーンや麒麟の召喚に補正を与える。穢れの少ない地形から得られる魔力が増える。

  <闇>属性:ゾンビや影に潜むものの召喚に補正を与える。死者や怨嗟の多い地形から得られる魔力が増える。


 どうもモンスターかなにかを召喚できるらしい。<聖域>の住民として呼べということだろうか。ペットにしては物騒すぎるのがいるけれど。


 とりあえず、人間でも暮らせそうな場所に適性のある属性を選ぼうと思う。火山や雪山で平和に暮らせる気がしないし、<大地>属性がちょうどいいか。


「ふむ、<水>属性が人気のようだね。もしかして人型の魔物に惹かれたのだろうか。彼らはだいぶ鋭敏な神経を持っているよ? 君たちと仲良くできるといいが……。次点は<大地>か」


 そういう視点もあったのか。こんなわけの分からない、何を基準に考えればいいか分からない状況では、孤独への恐怖を優先しても仕方ないか。というか、実利で選んだのは失敗だった気もする。


「さて、最後に君たち自身のスキルを選んでくれ。お小遣いの10ポイント以内の範囲で、だ。命綱や切り札にもなりうるから、慎重に考えることだね」


 すると、おびただしい数の「スキル」とやらが表示される。<剣術>だの<火炎魔法>だの、ゲームに出てきそうなものもあれば、<値切りの極意>だとか<負傷保険>みたいな変わったものもあった。それぞれ2Pとか5Pとか、消費するポイント数が示されている。


 とりあえず、生存を優先して<逃げ足>と<隠密>、<湧き上がる生命力>と<最後の灯>を選んだ。一応これらの概要だけ表示しておく。


  <逃げ足>:逃走するときのみ、敏捷値が2倍になる。

  <隠密>:隠れたとき、見つかりにくくなる。

  <湧き上がる生命力>:HPに+100の補正を与える。

  <最後の灯>:HPが10%以下になっても、行動が鈍らなくなる。


 どれも曖昧な説明だけれど、とにかく死ぬまで逃げ延びることを意識した。


「ふむ、それぞれなかなか面白い構成だね。それでは、念のために選んだ項目がそれでいいか確認してくれたまえ。問題がないようならそのまま■■■■へ送り届けよう。君たちの中から一人でも生き残りが出ることを、そして、君たちの生が美しい閃光を放つことを願うよ」


 それを聞いてまずいな、と思った。まるで一人も生き残りが出ないのが普通なような言い方じゃないか。この主催者とやらの発言以外に頼れる情報が見当たらない以上、大問題だ。平均的な選択ばかりしてきたけれどそれでも生存が不確かというのなら、今まで決めてきた項目も考え直したほうがいいかもしれない。幸い、変更することも可能なようだ。次々と旅立っていく人々の中で、焦りながらこの画面じみた何かを操作する。

  

 その結果がこれだ。


  <聖域>の類型 <領域>型

  <聖域>の属性 <闇>属性

  スキル <逃げ足><隠密><最後の灯><死者の代弁者>


  <死者の代弁者>:死んだ者たちはあなたに無念と遺志を託す。それに応じてあなたのステータスは上昇する。


 <聖域戦争>ということは、死人がたくさん出るんだろう。なるべくそれに相乗効果を発揮するような組み合わせを意識した。戦場跡や滅びた場所に広大な拠点を構えられれば、たくさんの幽霊を<聖域>内に確保できるだろうから、<領域>型にした。


 本当に、分からないことばかりだけれど、その中での最善を選べたんじゃないかと思う。でもやっぱり、大外れの回答かもしれない。


 もやもやした感覚を振り払うように、画面の下端の「ゲームスタート」を選択すると、視界は光に呑まれた。

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