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ショートショート・「いらないカメラを買いました。ツンデジのすすめ」

作者: 超プリン体

 今日、近くの商店街に買い物に行ったついでに、ブックオフに立ち寄った。


 特に目当ての商品などは、ないのだけれど、マンガコーナー、ゲームのコーナー、音楽CDのコーナー、映画のコーナーを、僕は順番に、眺めていった。


 次に足を踏み入れたのは、普段めったに見ることのない、中古のデジカメコーナーだった。そこで僕は、あの伝説のデジカメ、カシオのエクシリムを発見した。カシオといえば、あのQV-10を販売開始して以来、常にデジカメ界をリードしてきた、デジカメ界のさぎがけ、といえる会社だった。


 僕は思わず、そのデジカメを衝動買いしてしまった。


 家に帰ると、もう一台のカシオのエクシリムである妻が、僕を待ってた。

「おかえりなさい、あなた。あら、その若い女性はどなた?」


妻は、僕の買い物バッグに入ったデジカメの箱を、超能力で察知して僕に尋ねた。


「あ、ああ、このは、そこの商店街で一人で立っていたんだ。夜道に一人は危ないので、僕が保護してきたのさ」


「あらそう。でもずいぶんお若くて、ほっそりしたお方ね。あなたは、ぽっちゃりしたあたしなんかより、そんな華奢きゃしゃで抱きしめたら折れちゃいそうな娘が、お好みなのよね?」


「そ、そんなことはないさ。この娘はただ心配で連れてきただけさ。それが証拠に……」


僕は買い物バッグから、デジカメの入った箱を取り出し、押し入れの奥にしまった。


「ほらね、この娘はずっとここに置いておくさ。僕が愛しているのは君だけさ」


「ああ! ありがとうあなた! ねえ、抱いて!」


「ああ、いいとも」


 僕は白くてぽっちゃりした、最新のエクシリムである妻を取り上げ、しっかりと口づけした。


 正直、カシオの後期のデジカメを、僕はあまり好きではなかった。僕が好きだったのは、そう、押し入れの奥にいるあの娘のような、軽くほっそりとしたスタイル。手から落としてしまえばはかなく壊れるガラスのような繊細さ。その点さっき妻が僕に言った指摘は正しかった。僕は妻よりも、押し入れの娘を愛してしまっていたのだ。


「ああん、あなた、ああん、あなた」


僕はうんざりした。



 その後僕は、妻を連れて外に出かけるのをやめた。ただ、夜はずっと妻をかまってやることにした。妻の、いろんなボタンをいじくるたびに、彼女は喜びの声をもらした。だがある日、妻は不安そうにこう言った。


「ねえ、あなた? そろそろあたし、お腹がすいたのだけれど、充電していただけないかしら?」


 僕はその言葉を無視して、無意味に妻のボタンをあれこれいじくり回した。妻がじれったそうに言った。


「ねえあなた。聞こえているのかしら? そうやっていじくってもらえるのは、とてもうれしいのだけど、あたし、おなかがペコペコなの。このままではもう、動けなくなってしまうわ。ねえ、はやく電気を食べさせてちょうだいな」


 僕はそれでも答えず、かわりにボタンを操作する手をさらに早めた。妻が声をあげはじめた。


「ああん! ああああん! あああああ! い、いやあ!」


ぷつっと音がして、妻の液晶の表示が消え、真っ黒になった。


 電池切れだ。ふっ。計画通り。


 僕は妻である白いカシオのエクシリムを、棚の上にそっと置き、押し入れの奥から、中古で買ったデジカメの箱を取り出した。


「さて、ご開帳といきますか」


 僕は興奮しながら、デジカメの箱をあらあらしく開き、震える手でその中のデジカメを探した。

 

 保護用の梱包材、マニュアル、保証書などの下に隠れて、彼女は眠っていた。赤くて美しいボディーが輝いていた。すばらしい。中古とはとても思えない掘り出しものだ! 僕はその娘を取り上げ、胸に抱いて神に感謝した。


 スイッチを入れようとしたが、彼女は静かに眠ったままだった。眼を閉じ、唇も硬く閉じている。


 僕はさらに、震える指で彼女の側面にあるプラスチック製の保護カバーを押し開き、充電用ケーブルのコネクターを、荒々しくねじ込んだ。そしてコンセントに接続し、僕は待った。約三十分、待った。長い長い時間だった。


 やがて……。充電完了の緑のランプが点滅したため、僕はコネクターをそっと引き抜き、保護カバーを閉じた。高鳴る胸をしずめながら、再び電源ボタンを押す。


 娘の目がゆっくりと開いた。

「はっ!」僕は娘に見つめられてぞくっとし、息を飲んだ。

娘は言った。


「ここは、どこ? あたしは、誰?」

「こ、ここは僕のうちだ。そして、君は……、リム。ぼ、僕の娘だ」

「リム……、あなたが、パパ?」

「そ、そうだ、おはようリム」


僕はリムの赤いボディーを、そっと取り上げた。


「あ……」リムが小さく声を上げた。


 僕はリムの小さなボタンを、そっと操作した。美しいボディー。きっと前の持ち主は、この娘を大切にしたのだろう。まさかとは思うが、そんな前のオーナーの痕跡が、メモリーに残ってはいないだろうか?


「あ、あった!」

一枚だけ、メモリーに写真が記録されていた。それを見た僕は、再び息を飲んだ。


 写っていたのは、白い着物を着た痩せた女性と、その子供と思われる、抱かれた赤ん坊であった。女性は病気のようで、顔色が悪く、やつれていた。赤ん坊を見つめて、悲しそうに微笑んでいた。


 その時、リムの目にぶわっと涙があふれ、さらにリムは、大声で泣き始めた。


「あああん! あああああん!」

「ど、どうしたんだ、リム」

「わからないの。でもあたし、なんだかすごく悲しいの。ああん、あああああん!」

「そ、そうか、でも泣くんじゃない、静かにするんだ」

「無理よ、無理なの。なぜこんなに、悲しいのかしら? ああああん! あああああああん!」


 うるさい、黙れ、そう心の中で叫びながら、僕はリムの電源をオフにした。


 リムは目を閉じ、静かになった。その唇は再び固く結ばれた。


「ふう」

 かわいい娘だと思って油断していたら、とんだ亡霊に取りつかれていた厄介者だった。危なく僕の心まで呪いにかけられる所だった。やはりいらないカメラなんて、買うべきではなかったな。と、僕は少し後悔した。


 僕は彼女からはぎ取ってしまったビニール袋や梱包材、電源ケーブルや説明書などを慎重に箱に詰めて、再び押し入れの奥にしまった。


 積読つんどくならぬ、ツンデジだ。このままブックオフで買い取ってもらう手もあるけれど、きっと大した値はつかないだろうし、別の誰かが呪われるのに加担するのも申し訳ない。僕はこの厄介者を、僕が死ぬまで背負いこむことに決めた。


「今度、おふだを買ってきてあげるよ。君がここで安らかに眠れるように」


 僕はそっと押し入れの戸を閉め、棚の上の、ぽっちゃりとした白い妻を手に取った。


妻を充電してやりながら、僕は思った。

「ごめんよ、やっぱり僕が愛してるのは君だけだよ」


<おわり>

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