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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神宮寺真春は役に立たない~探偵ごっこは全てが終わった後に~

作者: 三郷目里(みごうめさと)

神宮寺真春は役に立たない


~探偵ごっこは全てが終わった後に~


網川町天矢山(あみがわちょうてんやざん)を普通乗用車が、ゆっくりと登っている。

運転席に座る男は、目鼻立ちは悪くないが雑に生えた髭のせいで清潔感に乏しい。

薄暗い茶色のコート。その内側に灰色のワイシャツ。

紺色のズボンに黒のスニーカー。全体的に暗い配色でさらに清潔から離れている。

だが、服の印象とは違い表情はすこぶる明るい。

男はハンドルを回しながら、後部座席に話しかける。

「そろそろ旅館につくぞ」

話しかけられた少女は、ケータイから目を離さず黙っている。

男が、また話しかけようと口を開くとナビの音で遮られた。

「もうすぐ目的地に到着します」


山道沿いにある駐車場はアスファルトでしっかり整備されてる。古風な旅館とアンマッチだ。

男は車を止め、急いで運転席から飛び出ると後部座席のドアを開ける。

軽く姿勢を落とし、手を差し出す。

少女をご令嬢のように扱いたいのか、ジョークなのか。

「どいて、じゃま」

後部座席の少女は、今すぐ蹴りを入れそうな勢いで男を真正面から睨んでいた。

少しの間固まっていたが、男は諦め一歩下がり、少女が出た後に車の鍵を閉める。

しょげた顔で何かを呟いていたが、少女が先に旅館へ移動しているのに気付き慌てて駆け出した。


旅館の玄関に入ると、受付の女性が対応してくれる。

「いらっしゃいませ、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「1泊2日で予約している神宮寺です」

「神宮寺真春様ですね。部屋は1階の一番奥。鶴の間です。チェックアウトは午後6時までです。

外出する際は鍵をお預けください。それではごゆっくり」

鍵と旅館の簡易地図を受け取り、奥に移動する。

段差が緩やかな階段を下り、ドアを開き部屋に入った。

「なかなかいい部屋じゃないか」

襖をあけるとそこには広縁があり、窓は庭園の額縁のようだ。

「あかり、外を見てみろ。綺麗だぞ」

あかりと呼ばれた少女は、ケータイから目をそらさない。


真春は腰を下ろし、外を眺めた。

(あかり)が、この旅行を楽しめているのか心配になる。

いやきっと楽しくないだろう。

実のところ娘に会うのは約3年ぶりなのだ。


3年前、過度なストレスから辞職した私に、妻は離婚届を突きつけた。

「あなたと子供の面倒をみるのは無理」

スピード離婚を受け入れた私は、社会復帰のリハビリに努めた。

長く辛いリハビリでまたストレスが……と思ったが、“労働0時間“

それだけで精神が超回復していた。

真面目にリハビリしていたら、もっと疲れたのでないだろうか?

仕事を休むだけで精神は回復するはずなのに、

何が原因かと考える事は、本当に精神を休めることに繋がるのか?

もちろん精神病は、ケースバイケースなので一概にそうだと言えない。

それはさておき。

今は、精神が平常運転している。もちろん労働している。

給料は良くないし、規模は小さいが、“以前のようなストレスは感じない”。

このまま生活が安定すれば、もう一度やり直せるのではないか?

と淡い期待を抱いているのは言うまでもない。


何で旅館なのかをついでに話しておこう。

それは、一昨日の昼に遡る。


………………。

………。

ビービー。

スマホのディスプレイが、本名を表示したのは何時ぶりだろうと、

考えている間も着信音は鳴りやまない。

ブルブル…ブルブル。

自分が、狼狽えているのだとはっきり分かる。

深く、深く、深呼吸をして、ゆっくり応答ボタンを押す。

「もしもし」

我ながらたどたどしく、弱い声だと思った。

「久しぶり、用件だけ言うわね。娘を預かって欲しいのだけどお願いできる」

娘を預かる?

「…聞こえている?」

久しぶりの通話が頼み事とは…。

「いつだ?」

出来るだけ、苛立ちを隠して答えた。

「明後日の朝から」

おいちょっと待て、明後日は金曜日だ。

俺は、平日に仕事しないニートじゃないぞ。

「…お願い」

消え入りそうな声だった。

「わかった」

そう言うしかない雰囲気だ。

「ありがとう」

俺は、電話を切り深くため息をついた。

3年ぶりに娘に会うなんて、互いにトラウマ激アツボーナスタイムだ。

何か予定を立てないと確実に失敗する。

妙案が浮かぶはずもない。

「行きたい場所がないのか聞いてみてくれ」

「旅館に行きたいみたい」

「渋いな(笑)。わかった、探しておくよ」

(笑)を使うのはいつぶりだろうか。やめた方が良かったかな。

………。

………………。


そして今日が金曜日で、最寄りの駅から旅館に移動してきたのだが、

その間、娘との会話はほとんどない(正確には返事がない)。とても悲しい。

しかも娘は先ほど電話するため外に移動した。

いよいよ、同じ空間にいるのも嫌なのか。

旅館にいけば大丈夫だと過信していた。迂闊だった…夕飯までやることがない。

そもそも旅館に来たのは良いが、旅館で何がしたいのか聞いてない。

現在15:34、近場に遊べるところなし。

打開策を思策中に、娘の「えっ! ほんとに!」という歓喜の声が部屋の外から聞こえる。

悲しいことに、何が本当なのか検討もつかない。

多少の嫉妬を感じつつ、少し安心している自分が情けない。

電話の内容は気になるが、詮索するような真似はよそう。

打開策は無理に考えず、こういう時は本人に聞くに限る。

それが会話のネタになるはずだ。お茶でも飲みながら待つとしよう。

カフェインを摂取しながらゆったりしていると、足音が聞こえてきた。

ドアが開く音と娘の声がする。

「会って欲しい人がいるの」

居間に入らずに用件だけ伝えるつもりのようだ。

私が面食らっていると、「ちょっと待って」と言い残しまた部屋から出ていった。

娘に元気で待てと言われたら待つしかない。

「運転お願いします」から3回目の会話だ。大事にメモリーしておこう。


…いやまて、会って欲しい人って誰だ?


まさか旅行先で恋人を紹介するなんてことはないだろう。

そんなわけないだろう。そんなわけないだろう。

大事なことなので、あと数回心の中で繰り返しておこう。

………。

お茶を飲みほし、一息つく。

娘がつれてくるのは、知り合いか、友人か、友人より親しい人物の3パターンだ。

知り合いならば…いや知り合いからの電話であそこまで楽しそうにするわけがない。

ということは、友達か。ダメだいかん。余計なことは考えず父親らしく対応だ。

まだ見ぬ「会って欲しい人」を想像し葛藤していると勢いよくドアが開く。

「お待たせ」

ど、どっちだ。玄関の方を見ると娘と女の子と女性が立っていた。

「友達の雪奈(ゆきな)と、雪奈のお母さん」

雪奈と呼ばれた女の子は、「どうも」と頭を下げた。

丈の短いジーパンに英文がプリントされたモノクロの半袖シャツ。

活発的な印象を与える服装だが、肌は透けるように白い。

背丈は小学生ぐらいで、二つ結びのお下げのせいでより幼く見える。

しかし、娘が連れてきたのだから年は近いのだろう。

あと何故か半開きの目は目尻が微かに上がっている。眠いのだろうか。


母親も続けて頭を下げる。

「娘がいつもお世話になっています」

頭を下げた拍子に落ちそうだなと思った。

それほど大きかった。

風呂上がりなのだろう浴衣をきている。

刹那、目が離れず脳内で否定(ノー)不正解(ブー)陽気な声(ラー)が聞こえる。

不味い…これ以上は、不味いことになる。

「こちらこそ、娘がお世話になっています」

辛うじて思考回路を正常化に戻し挨拶をする。

よし、父親らしいこと言ってやったぜ。

「どうぞ、どうぞ。入って下さい」

部屋のなかへ招き入れた。完璧だ。

これは、夕飯までの時間を潰す方法は考えなくて良さそうだ。


「偶然とはいえ、一緒に晩酌できて助かりました」

「一緒にお酒のんでいるだけですよ」

口を隠しながら、たれ目を更に柔らかな角度にしている。

娘は友達と一緒にお風呂に行って今は…

「すいません、自己紹介をしてなかったですね。神宮寺真春と言います」

「あら、自己紹介してなかったかしら。秋菜(あきな)です」

秋菜さんと二人で晩酌だ。

「秋菜さん、今日はどうして旅館へ」

「うーん。勘ですかね」

「勘? ですか…」

「結構当たりますよ」

秋菜さんがニヤリとしている。

「そ、そうですか」

あれちょっとヤバイ人なのか?神秘的な体験とか、神聖な壺の話を始めたらどうしよう。

「今日はなんだが、素敵でダンディーな人に会える気がしたのよ」

「第六感ってやつですか。私は勘が当たったことなんて殆ど無いので、羨ましいです。

もうお目当ての男性は見つかりましたか」

先ほどの失礼な妄想に負い目を感じながら、まくしたてるように喋る。

「ええもちろん。素敵な男性を見つけることが出来ました」

秋菜さんは、頬を朱くしながら呟くと俺をじっと見てきた。


俺は………

1.「もしかして、俺のことですか」と調子に乗る

2.「どんな人ですか?」と話を広げる

3.「秋菜さんなら誰だってイチコロですよ」と誉める

いや、冷静に考えて2.だろ。

俺は、少しお酒が入ったぐらいでは、暴走しないよう心の狼を手懐けている。

「どんな人ですか?」

浴衣美人は、お酒を一口の飲み「秘密」と言って人差し指を唇にくっつける。

最高の例ポーズである。

なんかもうありがとうございます。

俺の心の狼は、暫く骨抜きで使い物にならないだろう。


そのあとは、俺が知らない娘の話を出来るだけ引き出した。

世間話を交えつつ酒を飲み談笑し、

娘達が帰ってくるまでに俺は完全にデキあがっていた。

以前よりお酒に弱くなったかもしれない。

「ちょっと大丈夫?」

娘に話しかけられているが、蝋人形にでもなったかのように動けない。

娘が、俺を起こそうと肩を揺らす。

(それ以上、揺らされるとパージしてしまう。)

薄目で、秋菜さんが娘に話しかけているのが見えた。

「ねぇ、○○してもいい?」

「だめです!」

「別に良いじゃない」

「だめです!」

会話はよく聞こえなかったが、仲良く話している姿を見るだけで、ニヤニヤしてしまう。

「まんざらでもない顏してるわよ」

「秋菜さん!飲み過ぎですよ!」

まだ見ていたかったが、アルコールには勝てなかったよ。


薄れていく意識の中で、背の高い男性が淡々と語り出す。

「夢を追うのが男で、支えるのが女というイメージは、

男らしい、女らしいという言葉が消えない限り人々の潜在意識に有り続けるのだろう。

しかし、何故このような分け方になったのだろうか。

当てはまらないパターンなど腐るほどあるはずだ。

そもそも、人間の性格を2つで分けようとするのが無理な話なのだ。

だか、特定の2パターンとして、意識できてしまうのは、

人間を2つの特徴で分けたときの性質があるからなのだろうか。

君はどう思う?」

誰だ…この人………………。

………。

…。


厨房の一角に、倒れている男とその傍らにもう一人の男が立っていた。

時が止まったのかと思える程、二人には動きがない。

………。

立っている男は、手に持った鋭利な道具を握りしめる。

全く違う物に感じる。男は心の中で呟いた。それほどいつもと状況が違うのだ。

視界が歪み、自身の体ごと歪んでいるのではないかと思う。

「大丈夫、大丈夫…これで皆幸せに」

そうだ目的を忘れてはいけない。

あとは、元に戻す。

あるべき姿に戻す。

人影は役割を終えて、ゆらゆらとその場を離れていった。


今朝は、小鳥の囀ずりでもなく、朝食の匂いでもなく、目覚まし時計のベルでもなく

けたたましく鳴るサイレンの音で目が覚めた。

何故だか分からないが、どうやらパトカーが旅館に来ているらしい。

爆音のせいで、頭痛と吐き気が悪化して辛い。

そんな中でも娘は、布団の中でスヤスヤと寝ている。

「よく寝てられるな」

妻に似たのかな。いや、元妻か。

あくびをして、頭を少し覚醒させる。

「何かあったのか」と呟き、まさか旅館にパトロールはないだろうと思い自己解決。

何かあったのだろう。

暫くするとサイレンが鳴り止んだ。

二日酔いは、急に動くとそれはそれはダメなので、娘の寝顔を見つめるしかない。

寝ている間に見つめられる事案が勃発してしまうが、ほぼ不可抗力だろう。

「寝顔の癒しを二日酔いの緩和に役立てる」というプラシーボ効果の可能性を広げる実験を開始する。

なるほど、少しでは分からない。

まだ暫くは、この治療実験が必要だ。

飲酒の量、睡眠時間、寝顔との距離などデータを取るため

今後とも機会があれば効果の可能性を…

「あのー、すいません」

部屋の入り口から、男の声がする。

実験は一時中断しよう。立ち上がりドアへと向かう。

体が軽いことを確認。

プラシーボ博士どうやら今回の実験は成功のようです。

ドアを少し開けると切れ目で小柄な男がいた。

「突然すいません、わたくしこういう者です」

警察手帳を見せてくる。

「本日、深夜1:00頃に何か、気になることは有りませんでしたか?

叫び声が聞こえたとか、大きな音がしたとか」

「その時間は寝ていました。昨晩はお酒をのんでそのまま朝までぐっすりです」

「この部屋で晩酌ですか」

「はい」

「ちなみに、この旅館の利用は初めてですか」

「はい」

「そうですか、分かりました。ご協力頂きありがとうございます。

何か気づいたことがありましたら、ご連絡下さい。それでは、失礼します」

頭を下げて、歩いていく姿を見ながら

「猫みたいな顔だな」と呟いた。

人生初の事情聴取を受けた後の言葉とは思えないが

内容より何より、顔の印象的が強すぎた。

冷静に対応してしまったが、逆に怪しいと思われたらどうしよう。

仕事のせいか随分こういうのに、馴れてしまったものだ。

プラシーボ博士に提出するレポートをまとめようと思ったが、

あかりが目を覚ましていた。

「おはよう、あかり」

「おはよう……」

娘は、何かいいかけて息を吸い込み、そのまま背を向いてしまった。

もしかしたら、昨日のことを怒っているのかもしれない。

酔い潰れている俺を、布団に寝かせてくれたのは、娘なのだろうか?

「昨日はあのまま寝てしまって、ごめんな」

「…………別に気にしてないよ」

良かった、思ったより気にしてないようだ……多分。


「風呂に入ってくる」

逃げるように脱衣所に移動して、服を脱ぎ適当に体を洗い、湯船に浸かる。

「はぁ~ぁ~ぁ」

各部屋に露天風呂とは、なんて素晴らしい。

アルコールの気だるさが湯に溶けていく。

頭がクリアになるにつれ、今朝の事が気になってくる。

事情聴取の雰囲気から、恐らく誰か死んだのだろう。

しかし、なんだろうこの違和感は…。

殺人だとすると旅館の中が静かすぎる。

別に騒いで欲しいわけではないが…。

諸々気になるが、今日で宿泊は終了。

面倒ごとには巻き込まれたくない。

まさか「帰らないで下さい」なんて事にならないだろうな。

事件が起きて、すぐ帰ると逆に疑われたりするのかな。

気が乗らないが"あの人"に聞いてみるか。

風呂からあがり、浴衣に着替えて居間に戻る。

その間も首をかしげながら、警官が来た理由を考えていたら、

「あら、浴衣似合うわね」

お目目パッチリ秋菜さんと雪奈ちゃんが、部屋にいた。


「今朝のサイレンすごかったね」

雪奈ちゃんが、お茶をいれながらあかりに話しかける。

「えっ!何の話し?」

「パトカーのサイレンだよ。もしかして寝てたの?」

「………寝てたよ」

あかりは少し恥ずかしそうだ。

「真春さんは、事情聴取されました?」

「ええ、今朝されましたよ」

「お話好きの人だったみたいで、色々聞かれました。もしかして、怪しまれたのかしら?」

それは、秋菜さんだからだろう。

「色々聞かれるのは、犯人らしき人か、被害者と親しい人間だけですよ。

秋菜さんの場合は多分大丈夫ですよ」

「私の場合は大丈夫なんですか?」

「大丈夫です」

不思議そうに目をぱちくりさせている。

理由を言うのは、なんか恥ずかしいので、話題をずらす事にした。

「もしかして、警察の人って猫みたいな顔をしていませんでした」

秋菜さんは、また目をぱちくりさせて

「はい、一瞬猫が人間に化けてるのかと思いました」

適当に言ってみたのだが、当たってしまったようだ。

「確かに、猫顔でしたね」

「何か有力な情報を伝えたら、本当の姿を見せてくれるかも知れないですよ」

雪奈ちゃんは、ニヤニヤしていた。

3人で盛り上がっているとあかりが目を細めて、こちらを睨んでいた。

「あたしをのけ者にするなんて許さん!」

そういいながら、雪奈ちゃんに標的を絞り、襲いかかるように抱きついた。

今日も娘が楽しそうで何よりだ。

幸せモードを邪魔するようにケータイが鳴り出す。

液晶をみると「ボス」と書いてある。

「ちょっと外に出てきます」

応答ボタンを押しながら外に出る。

「休みに電話してこないで下さいよ」

「えー、だって暇なんだもーん」

本当にふざけた人だ。

まぁ今回は、聞きたいことがあるので良しとしょう。

「なら、暇潰しに質問してもいいですか?」

「お、スリーサイズなら上から55,45,53だ!身長は145!スーパーロリ体型だぞ

思い知ったか」

「今日出先から帰る予定なんですがね。どうやら人が死んだみたいなんです」

「おうおうおう、反応しろよ。一応自虐ネタだぞ。

ビックリして”おう”って三回もいっちゃったじゃないかよ」

「一応警察に事情聴取されました。連絡先を聞かれたぐらいで、もう帰ろうと思うんですけど、

注意した方がいいことあります?」

「しらん!そもそも、私は帰らない!春も我が"ベル探偵事務所"の一員なら

謎を目の前にして、逃げ出すとは言語道断だ!」

「私は、会計事務担当です」

「うるさーい、会計的な視点で謎を解かんかーい、レジの履歴とかみて閃かんかーい

あと、普通に帰っても大丈夫だと思うよ」

「いやいや、無理です。専門外です。普通に大丈夫なんですね」

「そりゃそうだろう、疑いがない人は一旦解散だ。連絡先だけ渡して、とんずらこきな」

「とんずらって、悪いことしてるみたいじゃないですか」

「悪いことしてるんだよ解決しないでかえるんだからな! ブチ………」

ボスの暇潰しは終わったようだ。

ちなみにボスとは今の職場の社長だ。

めちゃくちゃな人だが、たまに非常にめちゃくちゃな人だ。



「私たちは、これから近くにあるショッピングモールにいく予定なの。

一緒にどうです?」

あかりが「私もいくー」と手をあげていた。

部屋に戻ると予想外…でもない展開になっていた。

実は近くにショッピングモール。敢えて言わないでいたのだ。

理由は明白。娘に豪遊されると財布がペラペラになってしまうからだ。

もうペラペラ確定なのだが、打開策はある。

出来れば秋菜さん皆を輸送してもらい、自分は未来の財布問題を解決したい。

秋菜さんに耳打ちする「すいませんが、お願いしてもいいですか?」

「ええ、もちろんよ」

ニヤリと微笑み「貸しですよ」と耳元で囁いてくれた。

「好きに使いなさい」

5万円渡すと娘はびっくりして、「こんなに要らないよ!」と言ったが強引に渡した。

女の子の服の値段などわからないが、豪遊するには到底足りないだろう。


「それじゃぁ、いってきます」

「行ってらっしゃい」

駐車場まで彼女たちを見送ったあと、肩を落としてため息を吐く。

お金さえ持っていれば、ショッピングして帰るのだが、ペラペラ財布の救出が最優先だ。

ケータイが鳴り出す。またボスからだ。

「はるぅー、今暇だろぅ。 さっきまで暇潰しに付き合ってたのに

今度は自分が暇になって、今どんな気持ちー、ねーねー、どんな気持ち?」

「打開策さん、お願いがありまして……」

「スルーなのかそうなのか」

「財布の輸血をしたいのですが」

「……対価が必要なことは承知だな?」

「はい……」

「よろしい、この旅館に事件がおきてるだろう」

“何で知ってるんですか!?“を、ボスに言う必要はない。

何故か大体知ってる。

「知り合いの刑事が捜査中でな、手伝いを頼まれてる。

猫顔の刑事……って言っても分からないか」

あいつの依頼かよ。

「分かりますよ」

「まじか。ネコがいうには、事故死じゃなくて殺人らしい」

「証拠は何ですか?」

「証拠はない!」

「…無いんですか」

「バカ野郎、証拠があったら殺人事件一択だろうよ。証拠がないから事故死なんだぜ」

「そうですけど」

「それに家族からの調査依頼がないんだとよ。なんかしっくりこないから調べて下さいってさ。

刑事の勘ってやつなのかね。受けるかどうかは別として、話だけでも聞いてやれ」

「分かりました」

「あと、次に打開策さんと呼んだら、お前を消してやるからな」

電話が切れると同時に、ドアをノックする音が聞こえた。


居間の炬燵に向かい合って座り、小柄な刑事を見据える。

再度、再検討して再確認する。

やはり猫顔だ。

「旦那が、あの人の知り合いだったとは、

ホントに助かりました。これで事件は解決っす」

ネコは、安心しきった顔をしていた。

「ちょ、ちょっと待ってください。

俺は、あくまでも手伝いです。それ以上する気は無いですよ」

「‥…‥…。やる気無い系の探偵ですか。

嫌いじゃないですけど、ちょっと古くないですか」

「‥…どんな説明を受けた分かりませんが、私は会計をしてる社員ですよ」

「会計的な視点からですよね」

「違います!

というか、それで解決出来るのは殺人じゃなくて、横領とかですよね」

「‥…‥…確かに」

この人ほんとに警察なのかよ。

「とにかく、一旦話を聞いてほしいっす」

慌てふためく姿が更に猫度を増している。

「わかった、とにかく聞きましょう」

「遺体の名前は“坂下淳史”。この旅館の家主で料理長です。

厨房で頭から血を流し死亡しているのが見つかりました。

死亡推定時刻は深夜1:00頃です。

彼が最後に会ったのは、奥さんの“坂下萌美”。

彼女の証言によると、坂下淳史は酷く酔っていたそうです。

普段から仕込み前は飲んでいるらしく、昨晩は特に泥酔していた。

足元が覚束ないまた厨房に出ていった姿が。最後の姿となったわけです」

…なんとも言い難い。へべれけが最後になるとは、不本意だろう。

「その後、料理人の“今野拓也“が朝8:00頃遺体を発見した。こんな感じです」

ほう…ん?

「それって泥酔して転倒しただけでは…」

ネコは不敵な笑みを浮かべた。

「そうなんです。この事件警察の調査では事故死とされています。

ですが、上司がですね。"この山はもう終わった"と意味深な事を言ってたんすよ」

「意味深……ですかね?」

「今回のは事故と判断されています。普通"山"といったら事件の事をいうんですよ」

言うほど気になるものなのだろうか?

確かに少し気になるが、普段の単語が出てきただけでは?

「どうです? 気になりませんか?」

正直全く気にならない。

がしかし、解決すればボスからボーナスが出る。

時間もあるし、少し付き合ってみるか。

「取り敢えず、何をすればいいんですか?」

腰を上げながら、ネコに尋ねる。

「事情聴取です。それもお客としてです。

まずは、この2人に何があったら聞いてください」

ネコは、写真を俺の目の前に出した。

「聞くときは、目を見てくださいよ。プレッシャーってやつです」

「警察らしいことも言うんですね」と言おうと思ったが、

顔が自信満々だったので、水を刺すのは止めておいた。



一旦解散して、各自行動ということになった。

ネコさんは、ネコさんで確認したいことがあるそうな。

しょうがないので、1人の初捜査(?)を開始する。

旅館の入り口までいき、1人目のターゲット、旅館の女将に話しかける。

「何かあったんですか?」

何の変哲もないこの質問には、心理的な意味がある。

“何か”と言われると人間は今一番気にかけている事が頭の中に浮かぶ。

しかし、浮かんだところでそこに揺さぶりをかけられるほど、

俺のトーク力は強力ではない。

結果、急に話しかけられて戸惑っている女将さんが目の前に出来上がる。

うん、そうなるよね。

「今朝、警察がきてましたよね」

すると女将さんの瞳孔が少し広がった…ような気がする。

「お騒がせして、すいません。

事故がありまして、もうそろそろ警察の方は帰るようです」

「そうですか」

女将の顔は、笑顔だ。

身内が亡くなったのに笑顔で対応するのはおかしいと怪しむか、

商売人としての精神を讃えるか。

どちらも可能性はある。

「あの、まだ何かございますでしょうか」

「いえ、警察が来たので事件なのかと思いまして、事故なんですね」

「………………はい」

さっきそう言ったんじゃん。

何を言ってるのこの人みたいな目でみてくる。この目はきつい。

「すいません、不安だったもので」

「そんなに、不安だったら帰ってもらって構わない」

横から体格のいい青年が割り込んできた。

もう1人のターゲットである料理人だ。

「ちょっと、なんて事言うの」女将さんが間に入る。

料理人は、一見俺に怒りを向けているようで女将さんに向けた意識も強い。

仕事仲間なのかそれ以上なのかで、この"事故"の内容が変わってくる。かもしれない。

「すいません。娘と来ているもので、ちょっと心配していただけです」

「娘さんがいるんですか、それは申し訳ないことをした」

料理人は、頭を下げてきた。

いやいや、いなくても謝ってよ。

「大丈夫です。気にしてないですよ」

大人なので、大人な対応をする。

「聞き方が悪かったかもしれません。

昨日の料理が美味しかったんで、次の宿泊を考えてたんですよ。

事件が起きた場所とかだと、家族では行きづらいじゃないですか。

それで確認したかっただけなんですよ。」

「そうだったんですね」

「是非また来て下さい。今度は、俺が腕を振るいます!」

そういって、料理人は腕を見せびらかしてきた。


再び、ネコと炬燵で向かい合わせになる。

「ということで、特に怪しいことは無かったですよ」

ネコがガクっと傾く。

「いやいや、その料理人が怪しいでしょ」

「女将さんの事が好きで、殺ったんじゃないっすか」

「違う‥…と思いますけどね」

正直分からない。

探偵はこんな感じで事件解決するのか。

“最初っから、怪しいと思ってましたよ、ええ”みたいなセリフよくあるけどあれ絶対嘘だろ。

台本の犯人の名前を見ただけだろ。

自分でもアホな事を考えているのが分かるぐらい頭がアホになっている。

ネコが腕を組む。

「やっぱり違いますかねぇ。

2人ともバッチリアリバイありますし」

「おいー、バッチリ聞いてないぞ」

「あれ? いってないですかね?」

「アリバイあるのに、なんでいかせるかね」

「だって、アリバイを崩すのが、探偵じゃないですか」

「崩すべきアリバイを教えてくれよ」

確かにとネコが呟く。

「2人とも旅館の掃除です。監視カメラに写ってました」

「それは、結構な証拠じゃなかい」

旅館の人なら監視カメラの位置を知っている。

わざと写りこんだ可能性もある。

しかし------

「2人は得しないと思う。重要な料理人がいなくなると困るだろう。

ただでさえ小さい旅館なのに」

「それは、経理的な視点の推理っすか?」

「適当にいったのだが、その通りだ」

「確かに、旦那の言う通りかもしれません。けど、怨恨の可能性もありますよ」

「にしては、感情がニュートラルというか、ほとんど起伏が無いんだよなぁ。

他に怪しい人いないのか?」

「おっ、乗ってきましたね」

「娘が帰ってくるまで時間がありそうなので」

ネコは、口をへの字にして、腕をくむ。

「でも、残ってるのは宿泊客だけなんすよ。

お客に事件のこと聞くの難しくないですか?」

「刑事の台詞とは思えないな」

「肩書きが大事って話ですよ!

一般人が急に事件について聞いたら気持ち悪いじゃないですか?」

先ほどそれをやってきたんだが、とツッコミを入れたい。

「それでは覚悟してくださいね。」

ねこは、手品師のように器用な手つきで、

テーブルに3枚の写真を並べる。

1人目は、ロングヘアーの長身の女性。

「名前は、安部さおり 25歳の大学生。

夏休みを利用して、一人旅中らしいです」

アリバイはありません、1人で部屋にいたそうです。

2人目は、渋いおじさん。

「名前は、西あきのり

こちらも1人旅ですね。65歳、定年後の自由ライフ中です。」

2人とも実に羨ましい。

3人目は、日本人ではないようだ。

「年齢は20歳で出身地は、パドメールで…パド…?」

「パドメール?」

「すいません、正しくはパドゥ・メールだそうです。

アクセントは、“パドゥ”の“ドゥ”です。さぁ一緒に“パドゥ・メール”」

薄々気づいていたが、こいつは正真正銘のバカなのだろう。

「聞いたことがないって話だ。それは国名か?」

「どこかで聞いたことあるんすけど、思い出せないっす」

スマホで検索するがヒットしない。

「おい、急に怪しいぞ。他に情報はないのか」

ネコは手帳をペラペラめくる

「軽く世間話しただけですね。えーと、 旅は仲間の為に

やつを倒すために頑張ってるとか」

「旅?やつ?」

何じゃそりゃ

「格闘技大会じゃないですかね?

かなり良い体してましたからなかなかに強そうでした。

奴と書いてライバルと読む的な」

「ここには、戦うべき相手がいないだろうよ」

この山奥にまだ見ぬ達人を求めて的な?

「この青年は違うと思うっす」

「それも刑事の勘かい?」

「いや、調べるのめんどいっす」

「おいおい」

「外国の人を調べるのは難しいっすよ。

最終的に引っ込みつかなくなって

犯人にしちゃおう的なこともあるぐらいっす」

「ありえないほどの闇が聞こえてきたんだが」

「なんで、他の2人を攻めましょうぜ旦那!」

ネコは親指を突き出し、口の端を釣り上げて悪い顏していた。

一旦頷こう。そしてパドメール人は最後に確り調べよう。


「旦那、慎重にお願いしますぜ。警戒されたらお仕舞いなんで」

そう言い残し、ネコは調べものの為別行動となった。

まずは、ロビーをうろうろした後、

喫煙所でタバコを吸い、風呂に入り帰りの支度をして、

30分は過ぎたころ、飲み物を買うために再びロビーに出たところでネコに会った。

「完全に忘れてるじゃないっすか」

「忘れてないよ、ただ意識の外に少しずつ移動して、違うことを考えてただけだよ」

「それを忘れるって言うんですよ」

素人の俺には、ハードルが高いことを正直に伝えると、

ネコの後ろをひっそりと付いていき、

犯人を探すという保護者同伴のおつかい気分を存分に味わえる作戦となった。

「先ほど事情聴取した件ですけど、

調査の結果、事故だと判断しましたのでご安心ください」

「そうですか、わざわざありがとうございます」と深く礼をした。

1人目のターゲット「安部さおり」は写真で見るより大人びており、

寝起きなのか表情がアンニュイだ。

俺が何もしないでいるとネコが咳払いをする。

「お騒がせして本当にすいませんでした。

本日お帰りでしたら、何も気にすることはありませんので、それでは失礼します」

相手の目を見ながら、出来るだけ軽い感じで言葉を投げ掛けた。

終始、安部さおりの表情はかわりなく、目線から少しの動揺も見えない(気がする)。

俺たちは、早々に切り上げて次のターゲットの部屋へと移動し始めた。

そして「あれは白だな」と根拠なくハモった。


「先ほど事情聴取した件ですが……」

「わざわざご苦労様です」

2人目のターゲット西あきのりは、質素な浴衣を着こなし渋い声で答えた。

顔の深いシワと筋肉質で威厳ある姿は、何かしらの職人のようだ。

「お騒がせして……以下略」

前回の経験を活かして、すかさず台詞を放つ。

「そうですか。事故ですか。物騒な話はあまり好きではないもので、

これで安心して旅を楽しめそうです」

顔のシワを増やしながらそう言うのだった。


再び部屋へと戻り、タバコを吹かしながら、

ターゲットである「旅館の従業員」「宿泊客」の写真を見つめる。

どれも怪しくそして、どれも怪しくない。

わからねぇーーーー!

探偵ってこんな感じで事件を解決するの?

なんなの?

本当は人の心読めるんじゃないの?

超能力じゃん、無理じゃん、不可能じゃん。

深くたばこを吐き、頭を整理する。

暫く考えていたが、犯人が分かるわけなく、時が過ぎていく。

何を伝えるために木は揺らぐのだろう、

何を思って葉っぱは色を変えるんだろう、

と頭の中が人生を諦めた哲学者気取りのニート色に変わり始めた時、

スマホを見ながら、ネコが口を開いた。

「旦那!ターゲットのおじさん元警官っす」

「なんだって………………。それってどうなんだ、怪しいことになるのか」

「そうですね、少なくとも一般人より慣れてはいると思いますよ、そういうことに」

「そういうことって」

いくらなんでも極端な考えだろ。

元警官ってだけで疑われていたら可哀想だよ。

困惑する俺を無視して、ネコは小さな声でなるほどと繰り返し、自分の世界に入り込んでいる。

これは、まずい傾向だ。

昔やらかした事をネコ科の人間と重ねて心臓がぎゅっとなる。

気の効いた言葉を選定していると、胸ポケットに入れていた電話が鳴った。

「もしもし、こちらハル、例の件は現在調査中です」

「私好みの応答だが、今は取り敢えずおいておこう。ネコは何してる?」

「自分の世界に入り込んでます」

「携帯の通知を見るように伝言よろ」

「りょ」

「ネコさん、ボスからの連絡だよ」

ボスという言葉に反応して、ビクッっと背中が真上に引っ張られたようになる。

ドタバタと鞄からスマートフォンを取り出しまたビクッっとなる。

頭上から肩に向かってどんよりとした3本線が見えるほど落ち込んでいる。

肩の上下運動のあと、静かになったので何が書いてあるか覗こうとした瞬間

「旦那!」とネコが大きな声を出した。

俺は「どうした!」と間髪知れずに白々しく答えた。

「ボスからの情報です。あのおじさんこの旅館に50回も足を運んでいます。

しかも2ヶ月の間に48回です」

この旅館の売り上げは、西さんが支えているのか?

「今日はヘビーローテーションから、2ヶ月ほど間があるみたいです」

「怪しい動きではあるけども、それだけで攻める理由になるかな」

「事実怪しいのだから、攻めるっす。シッシッシッシ」とネコが口元を手で押さえながら、

体全体を揺らして笑う。

変な奴だと思ったが、彼もまたボスの愉快な仲間たちの一員だと忘れていただけだった。

そんなわけでネコと作戦会議中だ。

Q.情報は大事だ、どう使う?

A.そうだお店の人をゆすってみよう!

「2ヶ月で48回も宿泊した客を忘れると思いますか」

「いや、忘れない。“ご存じですか”の質問に対して、なんて答えるのだろう。」

「“誰ですか”と惚けたら確実に何かあるっすね。

もし知ってると答えた場合はどうしましょうか」

「ご主人とは知り合いでしたか?……なんてどうかな」

ネコは、腕を組み眉間のシワを深めていた。

「それ自分が言ってもいいっすか?」

「好きにしろ」


ネコと二人で受付へと移動。

前をいくネコの顔はきっと自信満々なんだろう。

見えなくても、腕の振り幅で大体わかる。

まるでしっぽを振っているようだ。

受付につくと同時にネコが

「女将さん、この男性を知っていますか?」

何故か得意げに西の写真をだした。

女将さんは目をパチクリさせて

「知ってますよ。一時期は毎日のように旅館を利用されてましたよ、

そうだ、今日も来てるはずです」と淀みなく答えた。

今度はネコが目をパチクリさせ

「西さんとご主人は、面識がありましたか?」

更に質問する。

女将は首を傾げながら「多分あると思いますよ」と答えた。

暫く沈黙が流れたあと

「あの……お食事の時間は昨日と同じでよろしいですか?」

不安に聞く女将にすかさず、

「もちろん!」と元気に答えた。


旅館1階鶴の間にて………。

「旦那、自分自信無くなってきたっす」

「人間自信がなくなったら終わりだ」

「だってーわかんないっすよー」

「確かになー全然わからない」

そもそも、事件だという証拠がないのだ。しかし、報酬は貰いたい。

誰かを無理やり犯人にしたい気分だ。

「こうやって冤罪が生まれるんだろうなー」

つい口に出てしまった。

脳みそが機能してない証拠だ。仕方ないので、ボスにTELする。

「私だ、何か用か」

「手詰まりで犯人分からないですけど、報酬は下さい」

「初対面の時とは、比べ物にならないほど利己的になったな。ボスは、ビックリだぞ」

「現状はですね…………」

西について女将と話したこと、女将の淀みない答えにネコが、ノックアウトされたことを伝えた。

「女将の回答速度に注目するといい。内容は問題なくても、速度が速いのなら十分に怪しいといえる。

ただし、もうそいつに聞くのは止めた方がいいな。他を当たってみるといい」

流石は、ボスだ。観点が違う。

思い返すと、女将の回答速度は怪しいといえる程に早かった。

「それはさておき、ボスってこっちから電話かけると何時もぶっきらぼうですよね。

もしかして、ツンデレですか」

「はっ!はったおすぞー!」

ブチッ……プープー。

ボスをからかって満足した俺は、ネコに電話の内容を話してあげた。

「ふむふむ、なるほどっす!」

ボスからの助言を受けて、完全復活したネコと次のターゲットを決定する。

旅館の人はまだ残っている。あの料理人を狙ってみよう。


女将に居場所を聞くと、厨房か休憩室にいるとのこと。

厨房には入りづらいので、休憩室で待つことにする。

「あれ?ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」

「すいません、ちょっとお聞きしたい事があしまして、この男を知っていますか?」

西の写真を見せると、今野は嫌な顔をした。

「この人がどうかしたんですか?」

突っぱねるような言葉に、会話をぶったり切る気満々の顔。

これは不味い。どうにかして、苛立ちの原因を探らないと…

「この人強盗の疑いがあるんですよ」

ネコが、横からぬるっととんでもない事を口にした。

「マジですが」

今野は、先ほどと変わって話を聞いてくれそうだ。

本当はダメだが、ネコの台詞は効果抜群だったようだ。

「何か西について……」

「あの男は、女将さんのストーカーです」

今野が発した言葉に、ネコと二人で固まってしまった。

「西がこの旅館に通いずめだったのは……」

「女将さんに会いに来る為ですよ」

「西が最近来てなかったのは……」

「一回俺が脅したからですよ」

「今日も西が…」

「来てるのは知ってますよ」

全部食いぎみで答えてくれる。

なんていい奴なんだ

今朝はごめんな。心のなかで悪態をついて。

「今日は西さんに会いましたか?」

「あのやろう全然懲りないんですよ。もう1回シメてやる!

刑事さんたちあいつ捕まえて下さいよ」

「勘弁してくださいよ、今は非番なんですから」

と俺は片手を軽くふる。めっちゃわざとらしい仕草だよねこれ。

「西は具体的に何をしたんですか?」

今度はネコが質問をする。

「覗きです」

わぁお、刑法に引っ掛かリング

「女将さんは、気にするなっていうんですよ」

「なるほど」

他に2,3度質問をして、今野拓也と別れた。


再び部屋に戻る。

ネコは、人差し指をくるくる回しながら、語りだした。

「えぇーこの事件、犯人がわかりました!

旅館に通い詰め男。そう“西”です。彼は女将に好意を持ち。

主人が邪魔になり、犯行を行った。これでどうですか!」

「動機は合ってるかもしれないが、証拠は?」

「証拠は………………。ないっすね」

「しかし、揺さぶりをかけることはできる。

行こうかネコ、これが最後の事情聴取だ」

自信がないので、かっこ良く言ってみただけだが、ネコの心には響いたようだった。

「旦那超かっこいいっす!」

俺の耳が赤いのは、武者震い的なアレだと思ってくれてありがと照れ臭い。


部屋に行くと、西は満面の笑みで快く招き入れてくれた。

まるで、孫を迎い入れる祖父のようだ。

「西さん、確認したいことがあるのですが」

質問を思案したが、どれも回りくどくパンチが弱かった。

「どうかされましたか?」

「西さん、あなたは先日女将さんのご主人を殺しましたね」

場の空気が凍るとは、まさに今の状況を言うのだろうか。

直球すぎたか、でも他に思い付かなかったんだよ

西は怪訝な表情でゆっくりと口を開き「その通りですけど」と答えた。

先よりもピリリとしてしまった空気に中、更に問いかける。

「動機は、女将さんですか?」

西は「そうです」と答えた。


……この人犯人だ。


長い(半日なので体感だが)道のりだったが、努力の甲斐があったというもの。

素人が、迷宮入りの事件を解決したんだ、胸をはってもいい。

西の反論を想定していたが、かなり素直な人のようだ。

何はともあれ“ボーナスGET“だ!

俺は、意気揚々とスマホを取り出す。

「あなたたち本当に警察ですか?」

西の言葉にネコがビクッっとなる。

いやいや、君は本当に警察だろうが。

「彼は本当に警察です」

「私は探偵です。騙していて、すいません。探偵だと正直に言うと事情聴取すら出来ないもので」

「そうですか。大丈夫ですよ特に気にしていません。

ただ、私が自首した事をご存じないようで、不思議だと思いまして」

えっと…………どういうこと?

ネコの顔は、“(=゜ω゜=)”こんな感じになってた。


西の話によると、富士という警察に「犯人は私だ」と伝えていたようだ。

それも今朝俺たちが事情聴取に来たより前らしい。

俺は知らなくて当然だが、ネコがその事をしらないのは、何故だろう。

ネコはすぐさま、スマホを取り出し電話をかけ始めた。

「先輩お疲れ様です。今ですか?旅館ですよ。いやいや、なんで教えてくれなかったんですか。

いやそうですけど……はい分かりました」

ケータイを内ポケットにしまうと深いため息を吐き

「西さん、後程警察にお連れします」

と弱々しく呟き。

俺には「一旦部屋に戻りましょう」と囁いた


部屋に戻るとネコと対面で座り、俺は完全視聴モードで正座していた。

「この事件、今朝の段階で解決してたらしいです。

ですが、ちょっとややこしい上に面倒なことがありまして…。

ややこしいことってのは、捜査した結果はあくまで事故死なのに犯人が自白してきたところです。

しかも西は元警察で現在認知症を患っている。

自白の信憑性は極めて低いと判断されました。

ここからが面倒なことです。

西の隣に宿泊していた女子大生が記者の卵、見習いらしいです。

西が元警察という話をしましたよね。

元警察が殺人者という話をばらまかれると警察の信用が落ちます。

世間の批判は時として警察捜査を妨げるもんですから極力避けたい

そこで隣の子にバレないよう、しばらく放置したらしいです。

また後で来るからと、自白のことは誰にも言わないで欲しいと、念を押してです。

それで僕たちにも言わなかった。

…というわけです」

俺は足を崩し、天井を見上げ目を閉じた。

今朝、あかり達を見送ったあとの出来事を思い出す。

女将さん、板前に事件について聞いた時

(既に西は自白していた)

ネコと二人で事情聴取している時

(既に西は自白していた)

ボスからの情報に奮起した時

(既に西は自白してた)

西を、犯人を追い詰めた気でいた時

(既に西は自白していた)

そうか、西は自白していた。

迷宮入りなんてあり得ない何故なら自白していたのだ。

俺は、釈然しないままボスに連絡をした。

「事件は、解決しました」



暫くすると、パトカーが来た。

先ほどの電話の相手、富士が運転席から出てくる。

富士は、すぐに西とネコを連れて警察署に戻るらしい。

何故か西より、ネコの方が犯人みたいに車にぶちこまれてた。

警察の真似事なんてして、怒られるかと思ったが「ご協力感謝します」とお咎めなしで一安心。

車を見送るとすぐにネコからメールが届いた。

「旦那、今日はお付き合い頂き本当にありがとうございました。

このご恩は一生忘れません、おいら一生旦那に付いていきやす」

バカにされているのか、してないのか

微妙なラインだったので、念のため削除しておこう。

補足だが、富士の顔はゴリラそのものだった。

動物警察シリーズのNo2に登録しておこう。


更に時間がたち、娘たちが帰って来た。

「お帰りなさい」

「だだいま」

大量の荷物を持っているのを見て、身震いをする。

お金足りたのかな…………。

車に荷物入れるのは面倒だが、そのおかげで、娘は助手席にいる。

ごちゃごちゃした後部座席には、乗りたくないそうな。

なんにせよ、楽しい帰り道になりそうだ。


秋菜さんたちは、もう1泊していくそうな。

「だって、もったいないじゃない」だそうだ。

娘が本当は残りたかったのか、真意のほどは分からないが、俺たちは館を後にする。

こうして、この事件(事故)は、誰の活躍も無く無事に幕を閉じたのだった。


★後日談★

旅館の事件(事故)から3日後。

休み明けの仕事ほど、精神がやられるものはない。

しかも、うるさい上司つきだ。

「はるぅぅぅぅ~、暇だよ~。なんか面白いことないのか~」

ボスが暇をモテモテにしてアマアマにしてる。

「ないですね。そんなことより、旅館の事件を解決したので、

報酬を頂戴つかまつりたい所存であります候」

「日本語バグってんぞ。ほらよ」

ボスが、封筒を渡してくる。

俺は、受け取ったあとすぐに中身を確認して、深く礼をする。

「はる。今から、クイズをやらないか」

「没収がないなら、やりましょう」

「ちっ……」

舌打ちは聞こえないふりをしよう。

「第1問デテン。 旅館での事故は本当に事故だったのでしょーか?」

「事故ですよ」

「即答かよ。では、根拠は?」

「根拠って……。犯人らしき人が自白しましたが、信憑性が低すぎます。

他の人は皆アリバイがありますし、遺体には横転して、頭をぶつけたダメージしかないですし、

事件としての前提が成り立ちません」

「くそ真面目かよ」

「では、真面目でない考えをきいてみますか」

「よかろう、話してみたまえ」

俺はボスの目を真っ直ぐに見据える。

「この事故は、計画倒れの殺人未遂なんです」

「ほぅ」

女将…良いかい2人とも明日は私のために頑張っておくれ

今野……女将さんのためなら

西……女将さんのためなら

「あの日の前にこんな会話があったのかもしれません」

「計画の詳細はこうです。

女将さんは、主人にいつもより強い酒を飲ませる。

ふらふらになった主人を殺すのは、板前見習いの役目です。

後ろからブスリです。

そして、罪は一番年長の西が被る。

だが、計画と違って殺す前に勝手に転んで死んだもんだから、計画は滅茶苦茶になりました。

殺してないのだから、西は自白する必要がない。

だがしかし、このタイミングで密に連絡を取るのはまずい。

という訳で、西は事故死のことを知らずに自白してしまい逮捕される。

あべこべに見えた事件もスタートさえ整理してしまえばなんと分かりやすい」

オーバー身ぶり手振りで説明したが、ボスはしかめっ面だ。

右手を頬杖して、人差し指でぽっぺをトントンしている。

納得してないかつ考え事している時のボスの癖だ。

ちなみに、頬杖が納得してないこと、トントンが思考中を表している。

「実は、昨日その旅館に行ってきたのだ」

そして、件の女将に会ってきたぞい」

ボスの語尾はいつでも変幻自在だ。

「あれは、ヤバイ女だ。今まで見てきた女の中でもトップクラスだ」

「あの女将さんがですか?そんなふうには…」

「そんなふうには見えなかったのか」

とんでもなく、ニヤニヤしながら

ボスは頬杖を顎おきにかえる。

「さっきの春の推理に、私の見解を上乗せしてこの事件は解決としよう」

俺は軽く頷き、同意する。

「女将が煽ったのは、板前見習いの若造、西、そして夫の3人だ。

若造と西には、夫の殺害を依頼して、夫には、酒をひたすら飲ませる。

どれかが当たればいいんだ。

しかも高みの見物なんて、こんな楽しいことはない」

ニヤニヤが止まらないといったご様子。

探偵より殺し屋をやった方が良いんじゃないのこの人。

「そして、見事大穴が当たったという訳だ。

西はそれを知ってなお自分が殺したのだと言い張った。

そうまでして、かぐや姫に選ばれたかったのだ」

女将を3人の男に無理難題を言いつけるかぐや姫に例えたのか。

「というのがこの事件の真相だ」

俺は乾いた拍手をしながら、仕事に戻ろうとしていた。

「よし、春、私の推理も追加したレポートをだせ」

「嫌ですよ、春オンリーバージョン出したばっかりじゃないですか」

「良いじゃんかよー」

ボスの“良いじゃんかよー”は死ぬほどしつこい。

半年続けられたときは、気が狂いそうになった。

「わかりました。けど、明日でいいですか」

「もちろんだ」

仕事を片付けながら、ふと旅館の事を思い出す。

何とか美化しようとしたが、探偵ごっこは2度とごめんだと、改めて決意しただけだった。

(面白い経験だったとは思うけど)

今度は、普通に娘とどこかに遊びに行きたい。普通が一番だ。

そうだ、こちらから誘うのはどうだろうか。

遊園地なら、一緒に楽しんでくれるのでなかろうか。

来週……いやもう少し間隔をあけて、来月にしよう。

なんかワクワクしてきた。


しかし、この後事務所にかかってきた電話で俺の気持ちはどん底に落ちる。

もちろんボスは満面の笑みだ。

電話の相手はあのネコ刑事で、誘拐事件がどうとか言ってきて、また巻き込まれるのだ。

会計の仕事をほったらかして、駆り出されるのだが、それは、また別のはなし。



どうも、一流よりも三流系主人公が大好きな三郷目里です。

読んで頂きありがとうございます。

特別なトリックなど、なくて申し訳ない。

どうしても探偵物を書きたくて、やっちゃいました。


今作が、初投稿です。めちゃめちゃ苦労して作りました。

次回は、ハルとボスをメインに何書こうと思います!


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