熱血太郎は怯まない
前回の続きです。
「さあ行くぞ諸君! 依頼達成のために!」
そう言って雪山をずかずかと歩いていくモバット。 本来ならばそんなペースで歩けば後半にガタが来そうなのだが、今のモバットにはそれが微塵も感じられない。 目的地に向かってずんずん歩いていく。
「あいつ、やけに元気じゃないか?」
「昨日の料理の効果が聞いてきてるんじゃない?」
「あり得るかも。 文献でしか見たことないけど、ビミマンドラの尾って、体の奥底から力を活性化させるって書いてあった記憶があるんだけど。」
「あいつの特性も相まってってやつか。」
後ろからその様子を見ていた3人は不思議に思いながらも、早めに終わるに越したことはないと考えて、雪山を進むのだった。
氷嚢結晶は洞窟の中に出来ることが基本である。 なので冒険者が結晶を探すのならば、まずは適度な大きさの洞窟を探すのが鉄則である。
そしてこの氷山地帯には麓から頂上まで、まるで空襲でもあったかのように洞窟の穴が存在する。 なので氷嚢結晶が無くなることなど、この世界の終わりと言われるくらいにあり得ないことなのだ。
「それじゃあ、早速最初の洞窟を見てみようか。」
「はい、昨日作っておいたランタンだよ。」
マッシュはエブリィにランタンを渡す。 ただのランタンだと思うなかれ、炎の調節が出来るのは勿論、投げ付けて中身を割ることで、ガラスが化学反応を起こして、辺りは火の海に出来るくらいの火力が出るほどだ。 マッシュの昨日の夜の仕事はこのガラスを作ることにあった。 普通のガラスでは火種となることは難しいので、加工を施さなければならないのだが、エブリィは元よりガーナも鍛冶屋関係の知識を持っていないので、多少の心得のあるマッシュが徹夜で作ったというわけだ。
「中はそこそこ広いね。 それでも横並びには行けなさそうだよ。」
「ならば1列形態で行くか。 いつも通り・・・のところにモバットを入れるか。」
「任せたまえ! リーチ、火力共に比毛を取らないこのハンマーで君達の戦闘をサポートしよう!」
そう言ってモバットは大きな鎚をマジックバッグの中から取り出す。 太刀やガントレットのようにすぐに取り出せる武器の場合、腰などに装着している冒険者が多いががハンマーやボウガンは重量があったり、重心が取りにくい武器はマジックバッグに入れるのが冒険者の基本だ。 ただそれはあくまでも移動時の場合であり、敵を確認した場合は先制を取れるかがカギとなるため、マジックバッグからは取り出している事が多い。 敵と遭遇することはないと慢心していると、いざ戦闘が始まったときに命取りになる。
「使うのは良いけれど、質力は落としてよ? 熱で洞窟が溶けました、なんて洒落にならないからね。」
「重々承知している。 常に炎を纏っているわけではないが、いざ使うとなると恐ろしさを感じる。 特にこういったところではな。 まあ、そうなる前に倒してしまえば、さほど影響は無いだろうがな!」
モバットの自信に3人は「本当か?」という疑問になってしまう。 確かにこの辺りの敵は炎、もっと言えば熱に弱いのは知っているが、こうも洞窟が狭いとむしろ危なっかしくも感じるのだ。 熱血太郎はこんなに寒い場所でも通常運転であった。
「あ、ここの場所はもう取られちゃってるね。」
最初の洞窟の最奥まで来たところで、マッシュが岩の欠けている部分を見つける。 その欠けた部分のところに本来ならば氷嚢結晶があるのだが、あいにくと先客によって取られてしまったようだ。
「ここにあったのは全部取られているようだ。 仕方ない、引き返して次の場所に向かおう。」
モバットが全体を確認して、改めて無いことを報告した後、3人も頷き引き返す。 氷嚢結晶は大体一週間もすれば人が使用出来る、氷柱位の大きさになるのだが、そんなにも待ってはいられないし、新たに氷嚢結晶を産んでくれる芯を取るわけにもいかない。 なのでこうなったときの結論は「無ければ次に行く」のが最善手なのである。 自然の掟を破るようでは冒険者としては失格だ。
「ふぅ、やっと見つかった。」
5つ目の洞窟にてようやく発見が出来て安堵するエブリィ。 今日は引きが悪いのか、はたまた使う人がいるときとブッキングしてしまったのか、とにかく今回は探すのに苦労をした。 おかげで帰るのが遅くなってしまったし、何よりマッシュの「寝不足」のタイムリミットだ。 これにより通常よりも移動速度が遅くなるどころか、最悪の場合マッシュが雪山で寝てしまう可能性があった。
「ごめんねみんな・・・ふぁぁ。 僕のためにわざわざこの洞窟で休むなんて事になって。」
「気にすんなマッシュ。 どっちみち吹雪いちまったから、出られねぇのは仕方ないからよ。 ランタンはあるんだ。 寒さは和らぐだろ。」
外は先程までとは違い、音をたてながら吹雪が吹いていた。 山の天気は変わりやすいのだ。 なのでこれを幸いと思い、休憩を取ることにしたのだ。
「それじゃ、10分ほど寝るよ。 おやすみ。」
そういってマッシュは丸くなって眠ってしまった。 ランタンをマッシュの近くにおいて、囲うようにランタンの近くに座った。
「しかしマッシュだけは得耐性の3人の中では不便な特性だよな。 脳が覚醒しているときに眠れば時間は伸びるのではないのか?」
「ダメダメ。 覚醒中は眠ることが出来ないって本人が言ってたぜ。」
「それに寝た分だけ覚醒する訳じゃないから、むしろ少しの休憩で十分に事足りることがあるんだよ。」
「彼が寝ない間はなにをしているのか知っているのか?」
「夜中の場合だと煩くなるからって本を読んでるって言ってたぜ。」
「お昼はボウガンの矢の整備とか、ナイフの研磨をしてるんだって。」
「マッシュは鍛冶屋になるのが夢なのだろうか?」
寝ているマッシュを尻目に3人の会話は弾む。 しかしそれも終わりを告げた。 エブリィが少しずつランタンの炎を弱くする。 そして完全に外からの光以外に明かりが無くなる前にガーナとモバットが前線に出て武器を持った。
「エブリィ、どう思う?」
「少なくとも普通の人の、靴や長靴の足音じゃない。」
小声で会話をするエブリィとガーナ。 影は分からない。 だが確実にこちらに向かってきている。 マッシュが寝てしまっているのと、後戻り出来ない状況になっているが、まずは見極めなければならない。 敵なのか味方なのか、判断を決めるのはエブリィが持っている、小さな黒い球体だけだ。
数秒後、その足音は先程までエブリィ達がいた広めの空間に足を踏み入れた。
その瞬間に「カツン」という音が床でなったそしてその後に
「ガーナ! モバット! 目を瞑るんだ!」
エブリィのその言葉を合図に、周囲が「カッ」と光った。 エブリィが投げたのは「閃光玉」で、相手を確認をすることも出来た。
茶色の毛並みに四足歩行、そして今にも突っ込んできそうな構えをしていたのは「雪猪」だった。
「なるほど、ここはこいつの住み処だったか。 どうする? こいつを倒すことは依頼には入ってないけれど?」
「まずは僕たちは敵でないことを分からせよう。 今回ばかりは僕たちが悪いからね。 マッシュは近くにいる?」
「とりあえず近くにはいるぞ。 背負うか?」
「お願いモバット。 後ランタンは使わないでね。 武器はしまって。」
そう言いながら僕たちは雪猪の隣をゆっくりと歩いていく。 雪猪は先程の閃光で目をやられている。 その間にエブリィ達がいなくなれば、追ってこないと判断したのだろう。 気性は荒いが、害獣という訳ではない。 なので気付かれずに出ていくのが一番安全なのだ。
そしてみんなが入り口近くまで歩くと、雪猪は追いかけることなくそのまま洞窟を離れようと来たときにモバットはあることに気がつく。
「あ・・・氷嚢結晶の入った鞄を回収してない・・・」
手持ちが軽いことに気が付いたモバットがそんなことを言った。
「・・・まあ、取りに戻ることも出来ないし、別の場所で採取しよう。 洞窟はまだあるから、どこか取られてない場所を見つければそれでいいでしょ。」
折角危機から脱出した状態なのにわざわざ死地に出向くこともない。 そんなわけで次の場所に向かおうとしたとき、
ゴゴゴゴゴゴ
地面からそんな音がしたと思ったら、
「シャァァァァァ!」
下から巨大な白いミミズが現れた。
「な・・・! アヴァランチワーム!?」
「馬鹿な!? 生息地はもっと上だろ!?」
「どうする!? もう敵は俺達を狙ってるぞ!?」
一瞬の怯みは自然界では命取り、その事を忘れていたわけではない3人だったが、それが出来ないくらいの出来事で反応が遅れた。 そして敵はその隙を逃さない。 アヴァランチワームは上から大きな口を開けてエブリィ達を食べようとした・・・瞬間に何かがぶつかり、アヴァランチワームが仰け反っていた。 何事かと思ったら先程の洞窟にいた雪猪の姿だった。
「な、なんで雪猪が・・・!?」
「縄張り意識によるものなのか?」
エブリィ達が困惑を極めていると、雪猪がエブリィ達の方を向く。 モバットはまだ眠っているマッシュを背負っているので武器が構えられないのでエブリィとガーナが前に出て戦闘体勢に入ったが、雪猪は口に咥えている物を目の前に差し出した。 それはモバットが回収をし忘れたと言った鞄だった。 中には当然持ち帰る為の氷嚢結晶が入っている。
「もしかして・・・わざわざ届けに来てくれたの?」
エブリィがそう聞くと雪猪はブルブルと体を揺らした。 動物の言いたいことは全く分からないが恐らく肯定の意を示したのだろうとエブリィは思った。
そんな事をしていたからだろうか。 アヴァランチワームが復活をした後にその大きな頭を振り払い、雪猪をおもいっきり吹き飛ばした出来事をすぐに理解が出来なかった。 雪猪は飛び、30メートル程のところで二度三度体が地面から跳ねたのをエブリィ、ガーナ、モバットは目で追っていた。
「・・・モバット、マッシュを起こしてくれないかな?」
「もう僕は起きてるけど・・・どうしたの?」
起きたてのマッシュは3人の目の前の敵に対する闘争心、そして殺意を感じ取ったが、状況までは理解していなかった。
「・・・一応アヴァランチワームって害獣扱いだったよね?」
「ああ、この氷山地帯の度々起きる雪崩の原因らしいからな。」
「それなら駆除もかねて倒してもいいということなのだな?」
「・・・なんだかよく分からないけれど、君たちが戦うなら僕は後ろから援護するだけだよ。」
皆がそれぞれの武器を構えて目の前の敵に立ち向かう。 先陣を切ったのはモバットだった。
「これはただの害獣駆除ではない。 心優しかった自然動物への、弔いの戦いだ!」
そんな想いを乗せた戦いでアヴァランチワームを、ものの十数分で討伐したのだった。
「そんなことがあったとはねぇ。」
そして全てが終わったとき、昨日泊まった宿屋にいた。 しかし依頼完了の条件が揃っているにも関わらず、4人の心は晴れてはいない。 その原因は4人の机の下にいる、今や細切れで馬車の荷台に乗っているアヴァランチワームが凪ぎ払って絶命させた雪猪の存在だった。 雪猪はただ忘れ物を届けてくれただけだった。 だが、戦いに巻き込まれ絶命した。 しかしそのままにするにはあまりにも可哀想になったので、こうして持って来たというわけだ。
「女将さん・・・」
「なにも言うんじゃないよ。 お前達がなんでこいつを持って帰ってきたのか、言わなくても分かるさ。 あたしゃ料理人だよ?」
「・・・すみません。 こいつを使った料理を、お願いします。」
「分かったよ。 本当なら依頼達成おめでとうの祝杯として使うんだろうけど、今回は事情が違うからね。 声はかけないよ。 その代わり、こいつのためにも残すのは許さないからね。」
そういって雪猪を引きずって厨房に入っていき、30分ほど経った頃に、女将は大鍋で現れた。
「猪なら雪鍋が一番食べやすいんだ。 しっかり味わって食べてあげな。」
女将が離れ、4人は鍋とそれぞれの顔を交互に見合わせて、お皿によそいはじめた。 そしてみんなに行き渡ったところで、
「食材としていただくことに、感謝いたします。」
4人は手を合わせ、食材に対する感謝の意を込めた後、ゆっくりと、しっかりとその雪鍋の味を噛み締めて、そしてアヴァランチワームを乗せた荷馬車と共に氷山地帯を後にしたのだった。
後半からの急展開ぶりに困惑しているかもしれませんが、少しくらいしんみりした話を書くのも悪くないかなと感じた作者の独断です。