燃えよ、熱血太郎
「本日はよろしくな! 得耐性の3人!」
そういって目の前の暑苦しい少年は手を差しのべてくる。 当然エブリィ達も手を差しのべて、それぞれに握手を交わす。 彼の想いが手先から伝わってくるようで、エブリィ達は呆れながらも笑っていた。
何故このような事態になったのかと言えば、遡ること30分前。 エブリィはいつものように特殊な依頼がないか確認しに行って、その後に掲示板の張られている依頼を持っていき、改めて内容をガーナとマッシュと共に確認する。
『氷山地帯にある氷嚢結晶を採取してきて欲しい。
ランク「20以上」
報酬 20000M(移動費と宿泊費を含む)』
向かう地帯は氷山と言うだけあってかなり寒い。 それに氷山地帯は日帰りで行ける場所ではなく、最低でも往復で3日はかかる場所なので、下手な装備では凍死してしまう恐れがあった。
それは当然3人が知らないわけもなく悩んでいたところに、先程の少年、もっと言えばこの「安生の狩人」のギルドにいる同年代はほとんどが同級生のようなものなので、特性の事も分かった上で、パーティに誘ったのだ。
今回エブリィ達と一緒に行動を共にする彼、モバットは肌が焼けており、黒髪で尖っていると、まさに近所のガキ大将よような風貌をしている。 その容姿も相まってか、かなり元気が有り余ってるんじゃないかと思うくらいのハッスル具合だ。
そんなわけで、片道分の食糧と装備用の器材を整えて、氷山地帯へと馬車を走らせた。 とはいってもいつもと違い、今回馬の手綱を引いているのはガーナとモバットである。 エブリィはお休みだ。
「僕が馬車を引かなくてもいいなんて、珍しいこともあるんだね。」
「エブリィの場合は体力を温存させてもらったほうが、攻略が楽なんだって最初に氷山地帯への依頼を受けてから何回かで思い知っただろ? お前の血液は固まったら役に立たなくなるんだから、血液温度の上昇を促す薬、買ったんだろ?」
「当然。」
彼らも時に環境変化を学ぶ。 エブリィの血液に流れる毒はあくまでも「液状化」しているときに発生するもので、「固体化」してしまうと、ただの固まった血液になってしまう。 ただしそれは急激な温度低下による「凝固」の作用に基づいたもので、血液が流れ落ちてしばらくして「乾燥」した血液は毒素が発生する。 この場合は「蒸発」現象になるので、有毒ガスの方に分類される。
「はっはっはっ! そんな心配しなくても、このモバット・カワリナルが居れば、そんな問題は解決されるだろ?」
「今回はそうかもしれないけれど、いつもそうだとは限らない。 だから僕は氷山地帯に来るときは、この薬が必要なの。」
「相変わらず冷たいな君は。 もっと情熱的に考えてもいいじゃないか。」
「1人くらいエブリィみたいに感情に左右されないやつがいないと、鈍るんだよ。 判断力が。」
「なるほど、周りが狂えば、自分はむしろ冷静に対処できるというわけだね? なかなかに興味深いよね。」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくてね?」
「そっとしておけ。 モバットはこういうやつだって決めたのは俺たちだろ? 別に悪いことをしてるんじゃないんだ。 時間に任せようぜ。」
隣の友人に突き刺さるような言葉が飛んでいるが、そんなのお構いなしにモバットは自分の意見を語り始める。 エブリィの隣に寝ているマッシュがうるさくて寝づらそうにしているが、耐えてくれとエブリィは願いつつ、馬車は一向に走り続ける。
いつの間に眠っていたのだろうか。 エブリィはからだに覚えた寒さと共に目を覚ます。 叩き起こされたのではないのでトラブルなく進んでいるのだろう。 となれば確認しなければならないことはいくつもある。 その確認をするために目の前にいる、マッシュ出はなくガーナに声をかける。
「おはようガーナ。 マッシュと手綱を交代したのかい?」
「お、起きたな。 俺がマッシュと交代した辺りにはもう眠っていたぜ?」
「ということは最低でも2時間は寝ていたってことになるのか。」
「あぁ、強いて言えばもう3時間は経ってる。」
「え!? マッシュは大丈夫なの!? 「寝不足」の効果が・・・」
「心配すんな。 お前ももう肌で感じてるだろ? この寒さをさ。 これがあれば寝たくても寝られないって。」
その意味を確認するかのように荷馬車のカーテンから外を覗く。 エブリィが見ているのは舗装された道とその脇にある積雪。 そう、ここは氷山地帯の麓の場所になる。
「ここは相変わらずだねぇ。 熱とは無縁の場所って感じがする。」
「ある意味異常気象だよな。 ここだけが寒いなんてよ。」
エブリィ達が生きるこの世界では一般的な平地では基本変化はほとんど無い。
だがそれは逆を言ってしまえば一部の地域では、異常とも言える環境下でも「普通」になるのだろう。 先人の知恵か、生き残るための本能か。 こればっかりは分からない。
「はっはっはっ! さすがにここに来れば私の特性も穏やかになるか!」
「それでも全身に暖かさがあるんでしょ? 今の環境なら羨ましいよ。」
「そういう君だって、今は特性が鈍っていることには代わりないんだろ?」
「・・・まあね。」
馬を引いている2人も心配はないようだとエブリィは思った。
「さてと、改めて依頼の内容を確認しよう。」
そういってエブリィは今回の依頼の紙を机に広げる。 エブリィ達がいるのは氷山地帯で生活をしている街の宿屋のエントランスにいる。 ここでは食事も出来るように大きなダイニングテーブルとダイニングチェアが用意されている。
「今回の依頼は氷嚢結晶を手に入れること。 ここからは馬は使えないから、氷山を登ることになる。」
「だが、それも最初のうちだろ? 氷嚢結晶がある場所は限られてるし、取られてなきゃ十分な量を確保出来るだろ。」
「だが相手は自然だ。 私達に如何なる脅威が降り注ぐか分からない。 時には予期せぬ事も起こるのではないか?」
「僕達も伊達に何回も来てないからね。 対策はとりあえずいつも通りでいいかな?」
「うん。 でも今回もいつも通りとは行かないかもしれないよ。 マッシュ、保険に人数分をもうひとつ作っておいてくれるかな?」
「分かったよ。 君たちが寝てる間が僕の仕事だからね。 任せてよ。」
体力を温存するのがエブリィやガーナ、モバットの仕事ならば、眠ることで脳を覚醒化して、彼らの裏でサポートするのがマッシュの仕事。 これは得耐性3人が、遠征するときにいつも決めていることだ。
「よっしゃ! そうと決まれば英気を養おうぜ! すみませーん!」
ガーナはこの宿で働いているエブリィ達より1、2歳ほど年上の翠のポニーテールが特徴の若い女性店員を呼び寄せる。
「はい。 ご注文ですね。 何に致しましょうか?」
「まずは霜降りウサギのピリピリ炒めひとつ!」
「それじゃあ僕もいつものドロットリーの甘辛スープ、お願いします。」
「やっぱりこういうのは定番が1番だよね。 あ、僕はスリーピー豆の彩りサラダをひとつ。」
「で、最後は当然。」
「あれだね。」
「あれだよね。」
3人は顔を見合わせてから
「「「辛味噌チャーハン4人前で!」」」
そう声を合わせて注文をした。
「かしこまりました。 少々お待ちくださいね。」
そう笑顔を見せて店の奥に引っ込んでいく。 その様子を見ていたモバットはポカンとしていた。
「あ、ごめんね。 この宿ではいつもこの調子なんだ。」
「そ、そうなのか。 てっきりなにかの奇行に走ったのかと思ったよ。」
「ま、ここの飯は普通の所じゃ味わえないものばかりだからな。 テンションが上がるのも当然だぜ。」
「普通じゃ味わえない?」
「あれ? モバットはこの宿は初めてなのかい?」
「あ、あぁ。 基本的に私は宿は取らないんだ。 遠征でも寝泊まりは馬車の中だ。 その方が荷物も守れるし、なにより寝心地はあっちの方が好みだからな。 君達もてっきりそうなのかと思ったから、宿を取ると言ったときは驚いたよ。」
モバットが言っていること冒険者としてはなんら不思議ではない。 特に安全の保証をしにくい街だと、じぶんの身は自分で守る精神が働き、馬車で寝ることもしばしばあるのだ。 報酬を自らの体を犠牲にして増やしたいという願望もあるが。
「さすがにこの寒さを馬車の中で寝るなんて、それこそ自殺行為だぜ。」
「君も氷山地帯は初めてじゃない筈だけど・・・パーティメンバーによっては考え方が違うか。」
「自分の命をお金の価値と考えたら駄目だよ?」
「・・・得耐性の君達から言われるとかなり説得力が感じられるんだが。」
モバットがそう言っていると、大きなお皿に盛られたチャーハンを持ってきた割烹着を来たいかにも女将と言わんばかりの人に、先程の女性店員さんがお盆に料理を持って一緒に運んできた。
「はーいお待たせ! 辛味噌チャーハンに、はい。霜降りウサギのピリピリ炒め、スリーピー豆の彩りサラダ。 そしてドロットリーの甘辛スープだよ。」
「ありがとうございます。」
「お! 女将さん! ちょっと今日は量が多いんじゃないの!?」
「サービスだよ。 どうせあんたらにしか食えないんだ。 英気を養うんだろ? 奥まで良く聞こえておったよ。 あら、あんたは見かけないね。 今回は同伴者付かい?」
「ええ、彼はモバットと言います。 僕らと同級生です。 モバット、紹介するよ。 いつも僕らが来たときはお世話になってるここのお宿の女将さん。 ここの料理を作ってるんだ。」
「経営はうちの旦那と息子がやってくれてるからね。 私と娘はもっぱら料亭担当だよ。」
「エブリィ君、ガーナ君、マッシュ君。 お久しぶり。 前に来たのは4ヵ月前だったっけ。」
「ええ、あのときは雪崩のように動くアヴァラアントの大群を処理の依頼をされたときですね。」
そんなやり取りをエブリィがしていると、女将はモバットを見ていた。
「へぇ、火耐性があるのかい。 それに血液中に炎の因子が入ってる。 あんたも物理特性組だったわけかい。」
「分かるんですか? 私の特性を。」
「女将の特性「観察眼」もとい鑑定眼を舐めちゃあダメだぜ? それがあってこそこの料亭は成り立っているといってもおかしくないんだからな。」
ガーナの説明にモバットは納得をする。 モバットが観察眼で観察された特性がこれだ。
『モバット・カワリナル 18歳 男 ランク25
特性「熱血」
利点 血液体内に炎の因子が入ってる。 そのため火耐性が高く、攻撃する際に火属性を付与することが出来る。 また自身の温度低下を防ぐ。
弱点 とにかく言葉に熱を帯びる。 暑苦しい。』
これまで元気だったのは、この特性のお陰である。 ただしもうひとつ弱点を加えるなら、暑いところにはあまり強くない。 というのも本人自体が暑さに耐えれるような体の構造をしていないためである。
「あんたにはあれを使った料理が合うかもね。 10分程待ってな。 そのチャーハンにも合う料理を持ってくるからね。」
「それではごゆっくりどうぞ。」
女将の料理魂に火がついたところで2人は奥に去っていった。
「ほほう、女将の特性メニューか。 今回のはどんなのが出てくると思う?」
「火耐性があるって言ってたから、今までのお客さんのパターンだとやっぱり辛味があるのじゃないかな?」
「僕は肉料理だと思うね。 ほらお肉料理って香辛料とか使うこと多いし。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
話についていけないモバットは3人の話を止める。
「その、女将さんの特性メニューとは一体なんだんだい? 私は何を食べさせられるんだい?」
不安が募っているモバットに「そういえば説明してなかったね」と3人は顔を見合わせた。
「ここの女将さんは冒険者時代に様々な場所の、様々な「特異食材」を集めてたんだよ。 それを使ってお客さんの特性に合わせた料理を提供しているんだ。 女将さんの観察眼あってこそのメニューだよ。」
「当然普通のメニューもあるが、基本的にここの宿を利用する人が夕食に食べるのは特性メニューなんだよ。」
「僕らの運ばれ来た料理だって特異食材を使った料理なんだよ。」
そう言われモバットは改めて彼らの料理を見る。 真ん中の大皿に乗っているチャーハンは至って普通だが、個々に頼んだ料理が少し異質を放っていた。
ガーナの料理は肉の炒め物なのだが、何故か表面に黄色の斑点が見えた。 チーズか何かだろうとモバットは考える。
次のマッシュのサラダはシーザードレッシングのかかっている至って普通のサラダだ。 様々な豆の中に一際色のおかしい豆があることを除けば。
そして最後にエブリィのスープ。 もはや色が赤ではなく紫に近い色になっていた。まだ熱いのかグツグツと煮えていて、気泡が出来ては弾ける様を見ると、魔術師の研究に使われる特殊な液体に見えなくなくもない。
「んじゃ、それぞれ説明するぜ。 まずは俺の「霜降りウサギのピリピリ炒め」はこの辺りに生息している霜降りウサギの肉に一粒食べるだけで1日は体の痺れが取れない「麻痺胡椒の実」で味付けした炒め物だ。 舌が痺れる上手さってやつだろうな。 女将さんから出されてから、ここではいつもこれなんだぜ。」
「僕のスリーピー豆、あ、この青緑色をした豆ね。 本来は睡眠促進剤として使われるんだけれど、豆自体の味も抜群だから1日寝ちゃうっていう副作用がなければ美味しい豆だよ。 本当なら細かく砕いたりして成分を和らげるんだけど、僕はそのままの方が好みだね。」
「最後に僕のドロットリーは毒性のそこそこある植物なんだけど、カズラのような部分に入ってる液体がその溶解毒なんだけれど、それを香辛料と煮詰めることで香辛料が完全に溶けきって最後まで楽しめるんだ。 一応中和食材として中和鶏が入ってるけど、僕には関係無いかな。」
「だ、だから君達にしか食べれないと言ったのか・・・」
改めて得耐性組の恐ろしさを知ったモバットだったが、彼にも料理は訪れる。
「ほいよ。 あんたにはビミマンドラの尾を使った辛味ラーメンだよ。」
そう言ってモバットの前に置かれたのはこれでもかというくらいに目を見張るほどの赤色をしたラーメン。 鼻に来る辛味の成分が脳まで痺れそうなくらいに刺激が感じられる。
「へぇ、ビミマンドラですか。 中々お目にかかることのないモンスターですよね。 見つけることが困難なくらいに。」
「今となっちゃそうだが、私が冒険者をやっていた時代にはわんさかいたもんだよ。 んじゃ、料理を楽しみな。」
そして女将は奥に引っ込んだ。
「それじゃあ、料理も揃ったし、食べようか。」
「だな。 もう目の前に料理を出されてから腹ペコなんだよ。」
「あはは。 じゃあこれを作ってくれた女将さんに感謝して。」
「・・・いただきます!」
みんなそれぞれの料理にありついて、英気を養った。 ちなみにモバットは食べた瞬間に、辛さからか上手さからか雄叫びをあげたそうな。
宿の中の料理について語っていたら行数が増えていました。 自分でもびっくりです。
次回に続きます。