泣き虫涙は浄化の水
依頼のために「安生の狩人」のドアを開けるエブリィ。 ドアが開けられた方を他の冒険者も見るが、エブリィの姿はみんな知っているので、ちょっと見ればまたいつもと同じようにお喋りを始める。
エブリィも慣れたものですぐにカウンターに向かおうとした足を止めて、テーブルの方に歩みを始めた。
そして1つのテーブルに座っている1人の人物に声をかける。
「やぁ、マリダ。 今日は1人かい?」
マリダと呼ばれた人物は振り返る。 明るい水色の髪のセミロングな彼女な彼女の名前はマリダ・アリーナ。 彼女はエブリィの学校時代からの同級生である。
「エブリィ君・・・」
マリダはエブリィを見るなり泣き顔になってしまい、涙を流し始めてしまった。
「え!? マ、マリダ!? な、なんで泣き始めるのさ!?」
「ち、違うのエブリィ君。 エブリィ君が悪い訳じゃなくて・・・」
「あーあ、まーた泣いてやがるぜ「泣き虫」がよぉ。」
エブリィとマリダのやり取りに赤髪の芝生頭の男子が声をかけてくる。 エブリィはその男子を見て嫌な顔をし始めた。
「なんだよ。 またマリダを泣かすようなことを言ったのか? 「意地っ張り」。」
そう目の前の男子に言う。 ちなみに「泣き虫」「意地っ張り」も特性で、この特性は総称として「精神的特性」と呼ばれる事になる。 あくまでも大多数を総称するものなので、そこから色々な精神的特性が分かれるのだ。
ちなみにエブリィ達は「肉体的特性」と総称される。
「なんだよ。 泣き虫に「泣き虫」っていって何が悪いんだよ「毒持ち」。 お前には関係無いだろ?」
「もう特性の事で弄るのは止めなよ。 学校時代から本当に変わらないよね。 というかそっちで呼ぶなって先生にも言われてたでしょ?」
特性で呼ぶのは悪いことではないのだが、蔑称のように聞こえるので基本的にはそちらで呼ばないように先生方に言われていたはずなのだが、たまに言っている人もいるのだ。
「けっ! お前はいいよな! 肉体的特性はそれなりの理由で研究機関からお金が貰えるんだからよ! それにお前は定期的に自分の血液を提出すれば食っていけるしな!」
「そんな言い方ないだろ? 性格まで特性と一緒になることないじゃないか。」
特性「意地っ張り」は戦闘面において、敵に対して怯むことなく前に出る特性になっているのだが、それが性格にまで移ってしまったようだ。
「はん! それなら泣き虫だって同じだな! 学校に入った当初はそんなんじゃなかったって聞いてたぜ?」
「君らがそうやって見下すような言い方するからいけないんじゃないのかな? マリダだってそんなこと言われなかったら泣かないよ。」
「おい。 何を言い合っている。」
エブリィ達が言い争いをしていると赤髪のドレッドヘアーの大男が現れた。
「・・・んげっ! ダハシュール先生・・・」
「・・・なんだ? またマリダに悪口を言ったのか? 学生の時から何も変わらないな、お前は!」
状況を見たダハシュール先生と呼ばれた人物は、その「意地っ張り」の少年に怒号を浴びせた。
『ダハシュール・マルート 41歳 男 ランク50
特性 「怒りっぽい」
利点 怒り状態のとき、筋力が増強する。 また自分よりもランクが低い相手に対して、自分の意見を通しやすい。
弱点 沸点が低くなりやすい。』
彼は彼らの先生をしていたこともあって、状況はよく知っている。 ちなみにこの世界でのランクについては依頼をクリアしていくと増えていくもので、ある程度の依頼数を提出することでランクは上昇していく。 ただし未曾有の脅威や特例依頼をクリアすれば、その分のポイントが加算されて、ランクは上がりやすくなっている。 エブリィ達はよく特例の依頼が舞い込むことが多いので、ランクは高くなっている。 ちなみに上限は今のところ設定はされてはいないようだ。
「まあ、お前の性格のことだから敢えて言わないが、そろそろ控えないと、自分が苦しい事になるぞ。」
「わ、分かりましたよ。」
そう言って「意地っ張り」は去っていった。
「すみません先生。 また頼ってしまって。」
「気にするな。 精神的特性の場合は、定期的に自分の特性にあった行動をしなければ自分を生かせれなくなるのだよ。」
エブリィの問いかけにダハシュールは答える。 先程までとは性格がまるで違うが、これはエブリィだけの性格ではなく、ダハシュールの「素」の性格はこちらなのだ。 「怒りっぽい」という性格があるにも関わらず、先生として慕われる理由はそこにある。
「そうだ。 ここにいる理由はそうじゃない。 マリダに特例の依頼があってな。 それを渡そうと思っていたんだ。」
「私に・・・ですか?」
泣き止んでいたマリダにダハシュールは依頼書を差し出した。
「僕も見てもいいですか?」
「おう、構わないぞ。」
『新種の毒沼の発生。 毒沼の毒特性を調べてきて欲しい
ランク「―」
報酬 6000M』
「新種の毒沼?」
「おう、なんでも今まで感じたことのない毒沼らしくてな。 近付いただけで気分が悪くなるんだそうだ。」
「気化性の毒でしょうか? いや、致死性のない毒ならいくらでもあるから・・・」
「そうだ。 だからこそのマリダなんだよ。 だが場所が場所でな。 厄介なことにその毒沼の発生場所がコレント密林なんだ。」
「コレント密林!? 樹木が伸びきって光が差し込まないほど暗くなって、モンスターの生態が把握しきれていない、あの場所ですか!? 危険すぎます! いくら彼女の特性を生かすためとはいえ・・・」
「あぁ、かなり危険な作業になる。 俺も簡単には行かせられない。」
ダハシュールは首を横に振った後にエブリィの方を見る。
「そこでだエブリィ。 お前達3人で、彼女の護衛をしてやってくれないか?」
「え?」
「心配するな。 護衛料くらいで渋るような機関じゃねえよ。 大事な特性持ちの命を守るなら、それぐらいの金額は出すだろ。 後からの追っかけ依頼になるかもしれないが、そこは俺が話をつけといてやるから。」
あまりの展開に思考が追い付かないエブリィだが、要するにマリダを守ってやれと言うことだけははっきりと分かった。
「それにお前達の実力は折り紙つきだ。 いつもみたいに力あわせて行ってきてくれないか?」
エブリィ自体はいいと思っているが、マリダはどうだろうか? そんな思いでエブリィはマリダの方を見ると、少しもじもじしていた。 そしてエブリィの方を見て、
「エブリィ君達が、いてくれるなら、安心です。」
そう笑いかけてきてくれたのだった。
「それで、この依頼を受けたって訳か。 ま、丁度良かったんじゃね? お前の力だって普通に必要だったかもしれないし。」
事の顛末を知ったガーナは隣で馬を操っているエブリィにそう返した。 ちなみにマッシュは何時ものごとく寝ている。 その隣にはマリダも乗っている。
「エブリィ君。 私の依頼なのだから、君が馬車を引くことなんてないんだよ?」
「僕の善意でやってるだけだから気にしないで。」
「それにしてもコレント密林かぁ。 また新種が出たら、解体して課金して貰おうぜ。」
「今回は敵に遭遇はしたくないものだけどね。」
そんな感じで、今回も目的地に向かって馬を走らせるのだった。
コレント密林。 この辺りでは昔からある密林ではあるが、その生態系は未だに全貌を掴みきれておらず、今でも冒険者や研究者で、密林の生態系観測を行っている場所である。 そのためベテランの冒険者でもなかなか立ち入らない場所でもあったりする。
そんな密林の中を、エブリィ、ガーナ、マリダは歩いていく。 今回マッシュは荷物番をすることになっているため同伴していない。 中だけが危険なのではないのだ。
「・・・2人とも、支給されたマスクを着用して。」
「分かった。 お前は大丈夫か?」
「僕は平気。 それにこっちの方が毒性が分かりやすい。」
そして木を掻き分けて、1つの開けたところにつくと、そこにあったのは確かに普通の毒沼とは明らかに違う白色の液が広がっていた。
「これが言っていた毒沼か・・・」
「エブリィ君。」
「待って、僕が先に行くよ。 それに僕なら直接触れるからそこである程度検討をつけてくるよ。」
そう言って白色の液の端に近付いて、指先で触れるエブリィ。
(この臭いはクロロホルムのような催涙系の毒、そして触って分かる。 この毒は溶解毒だ。 普通の人が迂闊に触ったら即アウトだ。 そして溶解性となると、おそらく容器類はダメか。)
そう結論付いたエブリィが言った言葉は
「マリダ、来てくれないか?」
マリダを呼んでエブリィの近くに来てもらう。 マリダも呼ばれて大体察することが出来た。 ここからが自分の仕事なのだと。
「これを一度体の中に入れればいいんですね。」
「そうなんだけど、溶解性がそこそこあって、普通の人が触ったらまず間違いなく溶かされちゃう。 だから僕の指についた分だけ、体内に取り入れてくれればいいから。」
そう言ってエブリィは白濁とした指をマリダに差し出す。 するとマリダは急に顔を真っ赤に染めるが、エブリィの真剣なその眼差しにマリダも覚悟を決めて、エブリィの指についた毒液を舐める。 そして「コクン」という音と共に毒液を飲んだ彼女はそのあとすぐに涙が頬を伝う。 その涙が頬から離れたとき、エブリィは用意していたシャーレに涙をいれた。 この涙こそが今回の目的の物であり、彼女の特性が現れた結晶なのである。
『マリダ・アリーナ 18歳 女 ランク24
特性 「泣き虫」
利点 体内に入った異物を涙として排出する。 その時余分な成分は涙と共に消滅する。
弱点 辛いことがあると涙が出てしまう。』
この浄化のような特性のお陰でマリダは基本的には異物は入らない構造の体になっている。
ただしそれはあくまでも「涙が出た場合」に限られるのでなかなか涙が出ないときもあるということだ。
「よし、目的の物は取れた。 あとはとっととここを去ろう。」
コレント密林は危険。 それは学生時代に先生達にいやと言うほど教えられているので目的が無くなれば去るのが一番懸命である。
「マッシュのやつ、大丈夫だろうかな?」
「まだ2時間は経ってないし、僕らで対処できない敵じゃなきゃ上手くやってくれてるんじゃない?」
「曖昧だなぁ。 まあ、とりあえずさっさと」
ズゥゥン・・・
「・・・去った方がよさそうだぜ?」
「・・・もしかしたらさっきの毒沼はモンスターの体液だったのかもしれないね。 それにあの毒はきっと獲物を捉えたって事で、なにかの信号が発せられてたのかも。」
「い、急ぎましょう!」
そのマリダの合図と共に3人は走り出す。 そして密林を出た辺りでマッシュを視界に捉えるとすぐにガーナが叫んだ。
「マッシュ! すぐに馬車を動かし・・・」
ドゴォォン!
ガーナが言い切る前に後ろで木々がなぎ倒される音が聞こえて、振り返ると全長3メートルほどの真っ白な蜘蛛が現れていた。 蜘蛛の複数の目が彼らを捉えると、すぐに口のような場所から糸のようなものを吐き出した。
その速さに避けるのが困難だと判断したエブリィは、自分の自慢の業物の剣先を自分の指の先に当てて、そこから流れた血を自分の剣の溝に染み込ませると、自分の前方の地面に半分の弧を描いた。
「現れろ!「毒血壁」!」
そう叫ぶと先程弧を描いた地面からまるでドームを半分に切ったかのような膜が出来上がった。 そしてその膜が糸のようなものを弾いている。
「早く馬車を出して!」
「お前はどうするんだ! エブリィ!」
「もう一回毒血壁を作って、攻撃を防いだら馬車に走って追い付く!」
そういうかいなや、蜘蛛はまた同じ攻撃を繰り返してきた。 馬車は走りだし、エブリィも先程と同じ行動を取る。
「もう一度現れろ! 毒血壁!」
しかし膜が出る前に糸がエブリィの剣に絡まった。
「しまっ・・・!」
そのあとすぐに毒血膜が上がり、その勢いで糸が切れて、剣に糸が絡まったままだが、馬車まで走り、なんとか事なきを得た。
「ふぅ、危なかった。 でも別の拾い物も手に入ったから、まぁいいか。」
「エブリィ君・・・良かったです・・・ 生きて・・・帰ってきてくれて。」
「大袈裟だよマリダ。 ちょっと想定外の事があっただけ・・・」
そう安心させようと語るエブリィの目に飛び込んできたのは、涙を流していたマリダが見えた。 その様子を見てエブリィはマリダに「ごめん」と謝った。 馬車を引いていた2人は別の会話を始める。
「ねぇガーナ。」
「なんだ? マッシュ?」
「マリダって「泣き虫」って言われてるけど、涙を流しているのを見せるのって、研究機関の施設以外だとエブリィにしか見せてないって知ってた?」
「・・・マジで?」
「エブリィは気がついてないようだけどね。」
そんな不思議な事実を語りながら依頼完了の報告をするために馬車を走らせるのだった。
一応彼女がこの小説のヒロイン枠になるのですが、ヒロインが泣き虫って・・・流石に属性が強すぎますかね?