第8話 トラブル
◆ ◆ ◆ ◆
冒険者になる事を決断してから早一か月。
夏の暑さも少しだけ和らいでいる。
「こいつが回復薬、それと…これが足に塗る軟膏剤…」
家を出るときに最終確認を行う。
忘れ物がないように入念にチェックを行う。
「…よし、着換えの服もバッチリだ。一先ずこれで問題なさそうだ」
忘れ物が無い事を確認し終える。
俺は一か月のリハビリを終えた。
これで晴れて義足を身に着けて外に出る。
リハビリした甲斐もあってか、義足の動きも滑らかだ。
これもトレーニングの成果だろう。
冒険者としてギルドに登録する上で必要な最低ラインの運動能力を出せるようにはなった。
体力に筋力…。
持久力テストもやったが、なんとか足のほうは大丈夫そうだ。
「それでは大家さん、長い間お世話になりました」
「寂しくなるねぇ…スパーダさん、足のほうは大丈夫なのかい?」
「ええ、もう義足で歩いても問題ありません!」
「まぁ、それは良かったわ…新しい場所でも元気でね」
「ありがとうございます。では、鍵をお返ししますね」
「はいよ、また何時でも戻ってきておいで」
「ありがとうございます大家さん、今までありがとうございました」
長年世話になったアパートを引き払い、大家さんに鍵を渡してお礼を言う。
背負い鞄に詰め込めるだけの生活必需品を持って俺は冒険者ギルドが位置しているメインストリート上にある市場にいた。
市場はナズイでも一番大きな規模であり、数百店の露店がひしめき合う露店街でもある。
午前9時にもかかわらず人で凄く賑わっていた。
「へぃ、いらっしゃい!新鮮な羊肉があるよぉ!値段も牛肉の半値だよ!」
「美味しい特製ソース付きのフライドシープはいかが?!羊肉の大セールだ!」
「害虫駆除にはキン・パ・ツーダの殺虫剤がオススメだよ!当店で買えばおまけに羊肉が付いてくるよ!」
羊肉が安く売られていた。
どうも南部で野生化した羊が大量発生したために、環境保護を目的として狩られて捕獲された羊を市場に売り飛ばしているようだ。
安価で牛肉の半値で売られている羊肉。
大勢の人達が羊肉を買っている。
羊肉が焼ける匂いが市場を漂っている。
――ぎゅるるるるるる…。
「…朝食はまだ食べていなかったな、でももうすぐ時間だ…食べるのはその後でもいいか…」
待ち合わせ場所は冒険者ギルド前。
約束の時間まで残り10分。
俺は時計を見ながらフームさんが来るのを待っていた。
「へへへっ、お姉さん。ここはアンタみたいなダークエルフが入っていい場所じゃねぇよ!」
「そうだ、そうだ!ここは俺たち人間専用のギルドだ!邪教を祀っている魔法使い風情が入ろうとするな!」
「で、ですが…私はこの冒険者ギルドに入る為の正式な書類を持っております!私の種族がダークエルフだからといって拒否される筋合いはありません!…」
5分前になった時、冒険者ギルド前で騒ぎが起こった。
見に行くとガラの悪い男三人組に人が絡まれている。
だけど、人だかりが沢山できていてここからではよく見えない…。
おまけに足先を立たせることができないので、人だかりをかき分けながら近づいていく。
「いやいや、これは区別ですよ?!く・べ・つ!先王陛下によって恩赦が与えられてたった50年足らずで平等化されたダークエルフが冒険者ギルド入り?聞いたことがねぇ!」
「少なくとも西部じゃあ冒険者ギルドに入れるのは人間だけなんだよ!分かったら失せろ!」
「きゃぁっ!」
――ドン!
ローブを身に纏った女性が金髪頭の男に突き飛ばされる。
頭を隠していたフードが取れる。
フードを見て、俺は思わず目を見開いた。
絡まれていたのはフームさんだった!
「フームさん!!!ちょ、ちょっと失礼!通してください!」
人だかりをかき分けて、俺はフームさんの傍に駆け寄った。
フームさんは地面に尻餅をついていた。
「フームさん!フームさん!大丈夫ですか?」
「す、スパーダさん…はい、大丈夫です…」
「い、一体何があったんですか?」
「それが…一方的にこちらの人達が私に絡んできて…」
「お?お前の彼氏か?」
「人間のくせに…ダークエルフを庇うのか!!」
「あ、あんた達は…」
こちらを睨みつける男たち。
男たちの身に着けている制服には見覚えがある。
白色と黒色を交互に混ぜ合わせた服。
これは人間の多くが信仰しているクリシュミ―神を主体とするリフーム教の祭服だ。
リフーム教の中でも他種族に排除的で人間への宗派転換を進めているガルーダ派に属している過激な人間至上主義者。
元々平和的だった宗教を根っこから解釈を間違えて広めている厄介な連中で、特に北西部の農民を中心に支持を集めている。
その名もヒューマン・プライシーの構成員だ。