第3話 腐敗
「こいつはオオドクガエル…!!!フームさん、走れ!走るんだ!!」
「は、はいぃぃぃ!!!」
フームさんに走るように俺は叫んだ。
こんな最も危険とされるモンスターが下水道にいるなんて聞いた事が無い。
新人研修で戦うべき相手じゃない。
幸いにもオオドクガエルの初動は鈍かった。
俺とフームさんは全力で下水道を走り抜ける。
「いいか、絶対に振り向かないで!!!振り向いて立ち止まったら最後だ!!来た道を戻りましょう!!!」
「はい!!!」
――ドカ、ドカ、ドカ、ドカ…
オオドクガエルが動いてくる音が後ろから聞こえてくる。
間違いなく俺たちを狙っている。
一定の距離があるので、このまま走り続けて出口まで戻れば問題ない。
しかし、災難というのは連発してしまうものだ。
――ズルッ
「きゃぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
通路に生えていたゼリー状の物体に足元を滑らせたフームさんが転倒したのだ。
派手に転んでしまい、手に持っていた杖を下水に落としてしまう。
――ポチャン…
魔法使いの証である杖が下水の中に沈んでいった。
慌てて杖を取り戻そうにも、沈んでしまった以上取り戻しようが無かった。
「あぁぁ…つ、杖がぁ…」
「もう杖は諦めて!!!走るぞ!!!」
「で、でも…」
「でもじゃない!!!オオドクガエルに触れたら最後、猛毒で触れた部分が腐っていくんですよ!早く!!」
俺はフームさんの手を掴む。
フームさんを引っ張るように俺は走った。
杖を落としたショックも分かるが、それどころじゃない。
立ち止まっていたらオオドクガエルに食われてしまう。
オオドクガエルは俺たちの追跡を止めない。
距離は徐々にだが、近づいてきているようにも感じた。
走って、走って、走り続けた。
俺はともかく、フームさんは息が切れそうだ。
防臭魔法の効果も段々薄れかかってきていた。
下水道の悪臭が鼻に入り込み、走っている際に呼吸をするのも嫌になるぐらいの臭いが口や鼻に入り込んで来る。
それでも出口まで100メートル手前まで戻ってきた。
扉まであと少し…。
ここまでくればもう安全だ。
そう確信した直後だった。
――シュ、シュババババッ!!!
後ろから風を切る音がして、後ろに顔を振り向いた。
オオドクガエルがフームさんに向けて口の中に収納していた舌を飛び出して巻き付こうとしていた。
咄嗟にフームさんを守るために、俺はフームさんを壁に押し付けた。
壁に押し付けた事で、舌先がフームさんに向かわずに済んだ。
その代わり俺の胴体がオオドクガエルの舌に巻かれることになったけどな。
「す、スパーダさん!!!」
「俺の事はいい!!外に出て助けを呼んできてください!!!こいつは騎士団数人がかりで戦わないと駆除できない凶悪なモンスターだ!!!早く!!!」
俺の言葉を素直に聞いてくれたフームさんは扉から出て、外に出てくれた。
よし…少なくとも研修目的は達成できたな。
新人を無事に安全な場所まで届ける…。
外に出ればもう安全だ。
あとは、目の前にいる化け物を倒すだけだ。
――ジュゥゥゥ…ジュゥゥゥ…
鎧に巻き付いた舌から煙が出ている。
鎧がオオドクガエルの舌先の酸で溶かされていた。
幸いにも鎧は持ちこたえてくれた。
直ぐに腰に仕込ませていた黒色短剣で舌を突き刺す。
―ザシュッ
【ギュワァァァァァァ!!!!!】
オオドクガエルの悲鳴が下水道にこだまする。
そこまで手強い相手ではないと判断していたのか、それとも今まで痛い思いをした事が無かったのか、舌先を引っ込めていく。
「効いたか?」
すると、オオドクガエルは再び舌を飛び出してきた。
だが向きがおかしい、俺ではなく俺から見て左側の方向に飛ばしていたからだ。
だが次の瞬間にオオドクガエルが変な方向に飛ばした意図が分かった。
舌で俺を叩きつけるつもりだったからだ。
マズイと思い身体を構えたが、オオドクガエルは優しくはなかった。
――ベギベギベギベギィィィィ!!!!!
強烈な力で舌が腹部にめり込んだ。
身体の内側が砕けた感触…。
その感触が脳に伝わると同時に、鎧は砕かれて壁に思い切り叩きつけられた。
――ドガァァァン!!!
壁のレンガが崩れて落ちてくる。
それと同時に腹部を中心に激痛が走る。
体中に痛みが伝播した。
「うがああああああああああああ!!!!あああ………あああ………」
あまりの痛みで叫ばずにはいられなかった。
痛みが全身を襲いかかる。
おまけに肺も痛めたらしく、途中で声が出なくなっていた。
そして、オオドクガエルが俺の左足に食らいついた。
ガブリと食い込んでいく。
―グシャァッ…ゴシャシャ…グチョグチョ…
食われていた…。
俺の脚が…。
気が付けば膝から下の部分が引きちぎられていたんだ。
足先の感覚が無くなっていく。
反撃しようにも倒れている俺からは短剣が届かない。
チェスでいう所のチェックメイトという状態だった。
左足の半分を食ったオオドクガエルは、今度は俺の身体ごと踊り食いしようとしている。
口を大きく開けて、口腔内の無数の針の矛先が俺に向いていた。
俺は死を覚悟した。
「も、もう駄目だ…ここで俺は………死ぬんだ………」
そんな絶望感が思考を鈍らせていた時。
一筋の閃光が差し込んできた。
閃光がオオドクガエルの目に当たり悶絶していく。
【ギョワアアアアアアア!!!!】
「閃光魔法命中!!」
「よし、オオドクガエルが怯んでいる今がチャンスだ!斬り込め!!!一斉攻撃だ!!!」
「うおおおおおおお!!!」
まさに紙一重のタイミングであった。
フームさんが助けを呼んできてくれた。
やって来たのは魔法協会と騎士団員達だ。
魔法で相手の動きを封じ込めてから、騎士団員総出でオオドクガエルに斬り込みを敢行する。
――ザシュッ!!!ザシュッ!!!ザシュッ!!!
団員達が斬り込みを行い、オオドクガエルは反撃ができずに一方的にダメージを受けていく。
そして、騎士団でも腕利きのエースとして名を馳せているアカサキがオオドクガエルの頭に剣を突き刺した。
【ガアアアアアア………】
オオドクガエルの断末魔が下水道にこだまする。
耳の中で反響するほどの恐ろしい叫び声だった。
トドメを刺されたオオドクガエルは白目を向き、紫色の血を噴き出しながら仰向けに倒れた。
「オオドクガエルの撃破を確認!!!」
「まさか下水道にこんな化け物がいたとは………どっから入り込んできたんだ?」
「わからん………ところでスパーダは何処だ?スパーダ!!!何処にいるんだ!!!」
仲間が俺を呼んでいる。
だが、声が出なかった俺は力を振り絞り、手を挙げた。
魔法使いの人たちが下水道の暗闇で瀕死寸前の俺を見つけてくれた。
「スパーダ!!!今助けてやるかな!頑張れ!!!」
「彼に催眠魔法をかけてください!痛みでショック死したらマズイ!!」
「わかりました!」
駆け寄ってきた団員達から切断された左足の止血処置を施される際に、魔法使いの人が痛みを抑えるために催眠魔法をかけてくれた。
痛みに耐えるより、遥かにショック症状が起きないようにするためだ。
催眠魔法にかけられて、俺はその場で眠るように意識を失ったのだ。