第2話 下水道の主
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―――■ナズイ水道管理局管轄下 二等区画下水道出入口■―――
ここが調査の依頼があった下水道の出入口のドアだ。
下水道の悪臭が漏れないように鉛と腐食剤を混合させた特殊な合金鋼で出来た重い扉で塞がっている。
そして扉には注意書きも書かれていた。
■許可なく立ち入る事を禁ずる
■下水道に許可なく立ち入り、破壊または損壊した者は厳罰に処される
■大雨の増水時にドアから水が溢れ出た場合は速やかに避難する事
―ナズイ水道管理局より
でかい文字で分かり易いように書かれている。
フームさんは扉で書かれている注意書きを見てこう言った。
「許可なく立ち入る人って…いるんですかね?」
「あまりいないでしょう。もしいるとしたら…」
「…したら?」
「度胸試しにやってくる少年程度でしょうな…実際に去年は9人ほど捕まえましたがね」
最近王国の各都市部の子供たちを中心に、下水道に入り込んで壁のレンガを破壊して取りにいくという『下水道チャレンジ』なるものが流行しているらしい。
水道管理局が取締を厳しくして民間の警備員や騎士団にも応援を寄こして警備に当たらせた程だ。
その結果、去年だけで9人の少年少女が逮捕されている。
彼ら曰く「仲間外れにされるのが嫌で、下水道に侵入してレンガを盗んだ」と口を揃えて自供していた。
そうしたこともあって、水道管理局は下水道に通じるドアをより強固でピッキングされにくい扉に交換したのだ。
「そんな事が流行しているのですね…私のいた村ではそういった遊びはありませんでした…」
「遊びというよりも、犯罪行為ですからね…下手すれば死んでしまう可能性も高いんですよ」
「えっ?!なぜですか?」
「考えてみてください、下水道というのは生活用水で使用されたものが行きつく場所です。汚水まみれですし下水道は暗い…足を滑らせて汚水まみれの水に溺れたら病気を貰いますよ…」
「病気…」
「ええ、下手したらそのまま悪臭まみれの場所で誰にも気づかれずにそこで溺死します…そうした死に方は嫌でしょう?」
悲惨な死に方を想像したフームさんの顔が青くなっていく。
実際に下水道の排水口でそうした悲惨な末路を迎えた少年少女の水死体が発見されたこともあった。
幸い俺はその現場を見たことは無いが、処理作業を手伝った同僚いわく飯を三日間は食べれなくなったそうだ。
「…想像するだけでも嫌な死に方ですね」
「ええ、ですのでフームさんは灯りを絶やさずに発光魔法を掛けてください。それと防臭魔法もセットでお願いします」
「分かりました…では、魔法をかけますね…」
フームさんが杖を振ると、身体の周囲から無数の白色に輝く光の胞子がポワンと浮かび上がった。
やがて胞子が合体を繰り返していき、俺とフームさんの頭上で光を照らしてくれた。
そして、次に緑色の胞子が出てきて辺りに拡散するように消失していった。
発光魔法と防臭魔法を同時に掛けてくれた。
発光魔法の灯りが頭上で照らされていて、ロウソクよりも明るい。
防臭魔法は悪臭を絶ち、ミントの香りを漂わせてくれる。
効果はそれぞれ30分前後のようだ。
「これでよしっと…フームさん、モンスターを倒した経験は?」
「いえ、殆どありませんでした…魔法学校を卒業する際にスライムを倒した程度です…」
「スライムですか…うむ、分かりました。ではまず安全第一で行動しましょう、俺から離れないでくださいね。下水道は入り組んでいますので迷うと大変な事になりますから」
「はい!!スパーダさんについていきます!」
「よし、では行きましょうか」
なるべく早めにモンスター討伐を済ませてしまおう。
討伐したらサクッとシャワーでも浴びてレストランで食事でもしようかと考えていた。
道具を一式持ち、施錠された下水道への扉を開錠する。
――ギギギィィィ…。
扉を開けると、下水道の中の空気が風に乗って顔に当たってきた。
強烈な臭いと共にやってきて思わず顔をしかめた。
――モワァァン…。
「くっ、やっぱり防臭魔法をかけていても臭いがすごいな…」
扉を開けた時に臭ってきたのは、生ゴミが腐って発酵したような強烈な酸の臭いだった。
防臭魔法をしていなければ臭いで鼻がもげていただろう。
今思えば、この臭いこそ重大なポイントだったと思う。
「本当に…すごい…強烈ですね…」
「ええ、しっかり離れないでついてきてください。このまま進んで行きましょうか」
「分かりました!!」
臭いは下水道を進むにつれて段々ときつくなっていった。
下水道は臭いがキツイ場所として知られているが、それでもこの臭いは異常だ。
もしかしたらモンスターが繁殖しているのかもしれない。
下水道を探索して10分後。
俺とフームさんは水道管理局の職員が消息を絶った地点のすぐそばまでやってきた。
周囲には湿気で出来たカビやら黄緑色の粘着質なゼリー状の物体がうようよ湧き出ていた。
ただでさえ薄気味悪い場所な上に、悪臭が漂い環境も最悪だ。
既にモンスターと遭遇していないにもかかわらずフームさんの精神と体力はかなりダウンしていた。
流石に新人研修として扱う場所じゃなかったな。
これじゃあ色々と後で問題になりそうだと思い、俺は引き返す決断をした。
「…うぐぅ…本当に…これ以上は…ちょっと…」
「…そうですね、見た限りこの先で行き止まりみたいですし…モンスターの気配もない…ここで引き返しましょうか?」
「はいっ…?!す、スパーダさん!!!う、後ろにぃ!!!!」
「後ろ?…?!なっ!!なにぃ?!」
突然フームさんが驚いた顔をして俺の後ろに指を指した。
振り返ると人間より一回り大きい巨大な蛙が、音もなく忍び寄ってきて俺の後ろに鎮座していた。
――ギョロロッ…
ぎょろっと飛び出た目玉。
毒々しい紫色と赤色を混ぜ合わせた危険色。
本来であれば密林奥深くに出現し、都市部にはいるはずのないモンスター。
つまり、この都市部の真下である下水道にいてはならないモンスターだった。
そして、騎士団でもこのモンスターに遭遇したときは戦闘を控えてやり過ごすか、戦うとしても複数人で戦うようにと教えられた程だ。
口腔内に針状に突き刺さっている牙があり、猛毒を持っていることで知られている。
危険度レベル5段階評価のうち最も危険とされるレベル5に相当する凶悪モンスター。
オオドクガエルであった。